他山の石
2024年 06月 07日
10年後の領収書、それも黒塗りOK、の公開を政治資金を透明化するための手立て、しかも「重要な」、として、国政を預かる政党の代表同士が、素面で(たぶん)密議を凝らす。
あまりにも非現実的、非理性的で、破廉恥で、不真面目で、無責任で、ほんとに、この日本であったこととは思えない。
しかし、それが、あの修学旅行で目を輝かせて見学した、白亜の国権の最高機関・国会議事堂で、大勢の、とてもそんなにたくさん必要とは思えないほど大勢の、カネクイ虫の国会議員の賛成多数で成立してしまった。
嘘だろ、冗談だろ、夢なら早く覚めてくれ。

新日本風土記だったか、釜石線の旅をみた。
駅舎の上の安い宿泊施設、ファミリーオだったかフオルクローロだったかを遠野駅につくったときに開業前に見に行った。
カッパには会えなかったけれど、小さな山からみた町は、とても人懐っこくて優しかった。
花巻にも行った。
どこも駆け足の旅だったことが悔やまれる。
賢治の「星めぐりの歌」を聴いて、釜石線の列車が走るのを見て、それを沿線の人たちが「見送り隊」を結成して手をふって見送る。
つくづく、汽車はいいなあ、日本もいいなあと思う。
こんないい国を壊して、ピカピカの背広に身を包んで黒塗の車を乗り回している連中を心底憎む。
そう思うと、見送り隊の姿が哀しくみえてきた。

「見ることの塩」、第一部「イスラエル/パレステイナ」を読了。
第二部「セルビア/コソヴォ」もほとんど読了。
分厚い読書もあと90ページほどだ。
イスラエルは、無法な暴力によってアラブ人の命と財産を奪って、そのあとに建国し、そのごも癌細胞のようにアラブ人の土地に入植地を増殖していった。
イスラエルに生まれ育った多くのユダヤ人は、ガザや西海岸を侵略することに罪の意識を持たず、18歳で徴兵された若者は、ためらうことなくアラブの子どもに銃口を向け、引き金をひく。
そういうイスラエルという国は、世界中の多くの人から、まちがっていると思われている。
それなのに、イスラエルの人々は、そのことを知らず、アラブはナチスとおなじ人でなしであると、本気で思い込んでいるのだ。
日本でも、亡きアベに象徴される日本会議などの歴史修正主義者たちは、何も知らない子供たちに、間違った日本の歴史を刷り込もうとしてきた。
日本会議の幹部でもある小池都知事が、まいとし行われている関東大震災時に虐殺された朝鮮人にたいする哀悼の行事に、哀悼の言葉をおくることをやめたのも、その一環、できることなら朝鮮人虐殺という事実を歴史から消そうという気持ちの現われだ。
残念なことに、その成果は、かなり上がってきているのではないか。
これからの日本人が、日本が、世界から見て、間違った人たち、国と見なされても、平気になるような事態もリアルに近づいているような気がする。
鬼畜米英を倒すために、人間魚雷や神風特攻隊になった前歴がある。
沖縄最後の牛島満司令官の自決前の辞世を陸上自衛隊第15旅団のHPに大きく掲載したのは、つい最近の出来事である。
あまりにも非現実的、非理性的で、破廉恥で、不真面目で、無責任で、ほんとに、この日本であったこととは思えない。
しかし、それが、あの修学旅行で目を輝かせて見学した、白亜の国権の最高機関・国会議事堂で、大勢の、とてもそんなにたくさん必要とは思えないほど大勢の、カネクイ虫の国会議員の賛成多数で成立してしまった。
嘘だろ、冗談だろ、夢なら早く覚めてくれ。

新日本風土記だったか、釜石線の旅をみた。
駅舎の上の安い宿泊施設、ファミリーオだったかフオルクローロだったかを遠野駅につくったときに開業前に見に行った。
カッパには会えなかったけれど、小さな山からみた町は、とても人懐っこくて優しかった。
花巻にも行った。
どこも駆け足の旅だったことが悔やまれる。
賢治の「星めぐりの歌」を聴いて、釜石線の列車が走るのを見て、それを沿線の人たちが「見送り隊」を結成して手をふって見送る。
つくづく、汽車はいいなあ、日本もいいなあと思う。
こんないい国を壊して、ピカピカの背広に身を包んで黒塗の車を乗り回している連中を心底憎む。
そう思うと、見送り隊の姿が哀しくみえてきた。

「見ることの塩」、第一部「イスラエル/パレステイナ」を読了。
第二部「セルビア/コソヴォ」もほとんど読了。
分厚い読書もあと90ページほどだ。
イスラエルは、無法な暴力によってアラブ人の命と財産を奪って、そのあとに建国し、そのごも癌細胞のようにアラブ人の土地に入植地を増殖していった。
高い壁を作り、人や水や食べ物の出入りを規制して、アラブ人たちを飢えに追い込み、土地を捨てて逃げ出すことを望む。
そういう建国の真実は、美しいオリーブの木とともに跡形もなく消されて、若いイスラエル人が習う歴史には載っていない。
そういう建国の真実は、美しいオリーブの木とともに跡形もなく消されて、若いイスラエル人が習う歴史には載っていない。
イスラエルに生まれ育った多くのユダヤ人は、ガザや西海岸を侵略することに罪の意識を持たず、18歳で徴兵された若者は、ためらうことなくアラブの子どもに銃口を向け、引き金をひく。
そういうイスラエルという国は、世界中の多くの人から、まちがっていると思われている。
それなのに、イスラエルの人々は、そのことを知らず、アラブはナチスとおなじ人でなしであると、本気で思い込んでいるのだ。
日本でも、亡きアベに象徴される日本会議などの歴史修正主義者たちは、何も知らない子供たちに、間違った日本の歴史を刷り込もうとしてきた。
日本会議の幹部でもある小池都知事が、まいとし行われている関東大震災時に虐殺された朝鮮人にたいする哀悼の行事に、哀悼の言葉をおくることをやめたのも、その一環、できることなら朝鮮人虐殺という事実を歴史から消そうという気持ちの現われだ。
残念なことに、その成果は、かなり上がってきているのではないか。
これからの日本人が、日本が、世界から見て、間違った人たち、国と見なされても、平気になるような事態もリアルに近づいているような気がする。
鬼畜米英を倒すために、人間魚雷や神風特攻隊になった前歴がある。
沖縄最後の牛島満司令官の自決前の辞世を陸上自衛隊第15旅団のHPに大きく掲載したのは、つい最近の出来事である。
saheijiさん こんにちは。
私も遠野のフォルクローレに泊まったことがあります。
あの頃は車でどこへでも行ったものです。
義父が亡くなったときは、松島のフォルクローレに泊まりました。
82歳まで泳ぎ続けて人でしたが、戦争のことは話したがりませんでした。
戦争前後は、夫の家族にとっては言葉にならない辛い記憶があったのです。
でも、夫が義父に頼んで、つらい話を聞き取りました。
時には、往復書簡でやりとりして、貴重な記憶を書きとどめることができました。
私の父は、とうとう戦争の話はしないで旅立ちました。
おまけに大切な資料も焼き払い、何も残しませんでした。
他人の幸せを奪って、その上に砂上の繁栄を築いて、
人は幸せになるのでしょうか?
イスラエルもロシアも、数十年たった時、あの戦争はなかったことにしようとでも
信じているのでしょうか?
韓国の人が靖国神社や対馬の神社で、礼儀を欠いた所業をしたと
騒がれていますが、事程左様に恨み骨髄なのですね。
10年後に開示される裏金の資料って何なのでしょうね。
バカ丸出し、笑っちゃいますよ。
私も遠野のフォルクローレに泊まったことがあります。
あの頃は車でどこへでも行ったものです。
義父が亡くなったときは、松島のフォルクローレに泊まりました。
82歳まで泳ぎ続けて人でしたが、戦争のことは話したがりませんでした。
戦争前後は、夫の家族にとっては言葉にならない辛い記憶があったのです。
でも、夫が義父に頼んで、つらい話を聞き取りました。
時には、往復書簡でやりとりして、貴重な記憶を書きとどめることができました。
私の父は、とうとう戦争の話はしないで旅立ちました。
おまけに大切な資料も焼き払い、何も残しませんでした。
他人の幸せを奪って、その上に砂上の繁栄を築いて、
人は幸せになるのでしょうか?
イスラエルもロシアも、数十年たった時、あの戦争はなかったことにしようとでも
信じているのでしょうか?
韓国の人が靖国神社や対馬の神社で、礼儀を欠いた所業をしたと
騒がれていますが、事程左様に恨み骨髄なのですね。
10年後に開示される裏金の資料って何なのでしょうね。
バカ丸出し、笑っちゃいますよ。
9
> unjakuさん、泊まっていただけたのですか。素人ばかりの経営で失礼がなかつたらいいのですが。
恥になることや都合の悪いことこそ、しっかり後世に伝えることが、ほんらいの愛国者の義務ですよね。
もう一度鬼畜米英をやろうというのでなければ。
恥になることや都合の悪いことこそ、しっかり後世に伝えることが、ほんらいの愛国者の義務ですよね。
もう一度鬼畜米英をやろうというのでなければ。
言いたいことを全部言ってくださりありがとうございました。まったく同感です。ことばが悪いけど、どの面下げて国会議員?こっちが恥ずかしくなります。
釜石線の旅、見たかったですね。まだバリバリ(でもないけど)仕事してた頃、前夜盛岡に泊まって次の朝早く列車に乗って遠野に行ったことがあります。小さな町なのに和菓子屋さんがたくさんあって、若い女店員さんに「写真撮らせて!」なんてカメラを向けるとナイーブな表情で応じてくれたっけ。豆銀糖とかあけがらすなんて言うお菓子、おいしかったなあ。そのころ出来て間もなくの駅舎の上のフォルクローロ日帰りしたので泊まりませんでした。恥知らずな議員とあまりにも対照的な汽車のある風景です。
釜石線の旅、見たかったですね。まだバリバリ(でもないけど)仕事してた頃、前夜盛岡に泊まって次の朝早く列車に乗って遠野に行ったことがあります。小さな町なのに和菓子屋さんがたくさんあって、若い女店員さんに「写真撮らせて!」なんてカメラを向けるとナイーブな表情で応じてくれたっけ。豆銀糖とかあけがらすなんて言うお菓子、おいしかったなあ。そのころ出来て間もなくの駅舎の上のフォルクローロ日帰りしたので泊まりませんでした。恥知らずな議員とあまりにも対照的な汽車のある風景です。
> norakoubouさん、曲家、語り部も懐かしいですね。
私は、あの破廉恥な連中がイスラエルのネタニエフにつながつているようにみえます。
頑是ない子供たちを平気で虐殺するイスラエルを正当として、そこから利益を得ようとしているのです。
とっぴなようですが、よく考えると一筋の線でつながつていると。
私は、あの破廉恥な連中がイスラエルのネタニエフにつながつているようにみえます。
頑是ない子供たちを平気で虐殺するイスラエルを正当として、そこから利益を得ようとしているのです。
とっぴなようですが、よく考えると一筋の線でつながつていると。
by saheizi-inokori
| 2024-06-07 12:33
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
Trackback
|
Comments(4)