みどりの窓口廃止に異議あり
2024年 04月 24日
しかしそれにしては、そういう顔をしていない、、なんだかダメ自民議員の仲間のような顔ではないか。
ひとを顔で判断してはいけないな、と思ったら、なんと女性問題で辞めるんだってさ、がっかり。
せめて、しゃべりつくして辞めてほしいものだ。
JRのみどりの窓口がどんどんなくなっている。
飛行機のようなシンプルな行程ではないから、乗り換えや経路変更、途中下車などいろいろあるし、割引も様々、券売機で買うのは分かりにくいし、できないことも多い。
わざわざ遠くの駅のみどりの窓口まで行って、長い行列に並んで切符を買っている人が多いという。
“こうなると、今更だが、国鉄民営化は失敗だったのではないかと思わざるを得ない。国鉄民営化で期待されたことは、サービスの向上であった。確かに、民営化直後はサービスの向上が図られた。しかし、現在のJRの駅では国鉄時代を遥かに超えるサービスの改悪が行われている実態がある” https://t.co/nERGwQSbCT
— ガイチ (@gaitifuji) April 21, 2024
僕は30年近く前にJR東日本本社で営業の責任者をやった経験がある。
今僕があのポストにいたら、みどりの窓口の廃止を進めただろうか。
先般、京葉線の通勤快速を減らした問題で、地元に反対の声が高まったことがある。
かつて僕が千葉支社で仕事をしていた時の仲間から、佐平次さんだったらこんなことをしないと思ったと(新年会の席上で)いわれて、そうかな、そのポストにいないと分からない事情があるけれど、やりそうもないかな、と答えた。
みどりの窓口廃止については、お客様第一、現場第一を至上命題として働いていたから、お客様が不便になり、そのしわ寄せで現場職員が苦労するような施策を進めることはやりたくない。
僕は、だから自ら積極的にこの施策をすすめないだろうと思う。
しかし、人手不足とか経費節減を理由に社長に命じられたらどうか?
反対して、聞き入れられなければ辞表を出すのだろうな。
辞表を出しても、会社の方針は変わらないだろう、いままでもこれからも。
つまるところは、僕がJRの営業の責任者になったのが、間違いだった、身の程知らずだったということかもしれない。
僕が入った国鉄では、駅の出札係は花形だった。
切符を買いに来たおばあちゃんに、少々乱暴な方言ではあったけれど、親身になって相談に乗ってあげた。
駅に来るお客様の表情をしっかり把握する窓口がなくなって、見たところは美しく清潔そうでも、人情の気配もない、無機質な店ばかりの駅構内になってしまって、いったいJRは、どうやって、生のお客様の声を集めようというのだろうか。
今は、みどりの窓口も委託社員が担当しているのだ。
「砂漠の教室」(藤本和子)を読みつづけている。
砂漠のべドウインにテントでお茶を振る舞われる。銀行の窓口の不可解不条理な会話。安息日の深い意味。料理のさまざまなどが生き生きと語られ、とつぜん、彼女の不妊治療(アメリカや日本における)の手術のことが読む方がドギマギするほど具体的に、怒りとともに思い出される。
藤本が畏敬する、朝鮮生まれで朝鮮に育てられた責任を背負って生きる森崎和江の著作が引かれて、産むことや女になることの連帯の気持が示されるのだ。
朝鮮を異族として認め、理解することはできないのか、と彼女(森崎)はわたしたちに問い続けてきた。「差別」などという手軽なあいまいな言葉の次元を出て、他者に他者の正当なる顔を与えよと。それは朝鮮に対する「同化政策」の本態を、日本にきてより明確に理解したことが、きっかけになっていた。森崎における朝鮮のごとくにイスラエルの正当な顔を知ること、そのために藤本はヘブライ語を学んだのだ。
ヨーロッパ文明と一まとめにして呼ばれるものの中に異族の確固たる、べつの流れがあることを認めたとき、わたしの中には、それまでの西洋のものとして受け取ってきたさまざまな思想に、それぞれ正統な歴史の場を返してやらなければならない必要が生まれた。一度、しぶんが馴れ馴れしくしてきたものから身を引き離さなければならないと感じた。引き離すナイフはヘブライ語であると、わたしのあまり頼りにならない直観がいった。なぜ、イスラエルに正統な他者の顔を与えなければならないと考えるのか。
それは、また明日。
私にも一応は一般旅行主任資格を所持しいるものの、もはや使いものにならず・・・。
現代文明論の一視座ですね。
フェイス・トゥ・フェイスの温もり・・・
何かの問いあわせの際に「音声ガイドに従って」なんて言われると、どうもなあ!
歩きながらスマートフォンでとってらっしゃる?私は最近ようやくブログにとった写真をアップできるようになりましたが、スマホからパソコンに送ることができないので、愛用のニコンで取ってます。
でもはるかに佐平治さんのほうがきれいです。
案の定旅先で体調悪化。ちょうど定期券購入で長蛇の列が途切れない時期でした。
オンラインや券売機などで完結できない手続きがたくさんあるのに窓口だけ減らすとはあまりにも乱暴なやり方です。働いている方は一生懸命やっておられるのがわかるのでどうにも気の毒で・・・
それでも私の最寄り駅にはまだみどりの窓口があるだけましです。
JRには乗客へのサービスの基本に立ち返っていただきたいです。
外出先からルンバに掃除を命じる必要なんてないですよね^^。
私もかつてはデジカメで撮ってパソコン経由でブログに載せていましたが、いまはずっとスマホでそのまま撮ります。
散歩の荷物にならないし、わたしは芸術写真を撮るつもりもないので、セールで一円で買ったソニーのスマホです。
野羅さんのブログを教えてくださいよ。
こんなにきれいに撮れるならやってみない手はない。
今日の記事にもとても共感を感じました。
ブログブログとなんか騒いですみません。私のブログは訪問者がほんの二、三人でひっそりとしてるのでついうらやましく思いました。よろしかったら気が向いたとき覗いてくださいませ。
「野羅工房より・ノラは想う」です。
まあ、自分にはお出掛けは関係ないからお気の毒と思って眺めています。
佐平次さんはスマホなど機械に強いからいいですが、私は何かやろうとすると、ノートに書いてあるパスワードが違うと出てきて入り込めない・・そこからみそがついてもうこの世の中で暮らすのに、ついていけないなあと思うこの頃。セルフレジが出来るだけ由としなければ。まあ、私が居なくなる頃、銀行なども無料で通帳を発行しなくて済むから胸をなでおろし、出来ない婆さんがいなくなったと喜ぶ世の中になるでしょう。