アメリカの人種問題は解決できない

曇っていた空から日が射して来た。
思わず太陽に手を振る洗濯爺さんだ。
ゴミ出しのとき、マンションの掃除のおじさんが草むしりをしていたので、背中に、「おつかれさま」と声をかけると、「むむ」聞き取りにくい声、「もういいんですか」と尋ねると怪訝な顔をしてふりむいた。
前に見た時、ステッキをつきながら掃除をしていたのだ。
「杖をついていたから」というと「私じゃない」、なるほど、顔をみると違う人だった。
でも、なんだか嬉しそうな笑顔になった。
そうすると僕もなんだかさっきより明るい気持になった。

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O・J・シンプソンが亡くなったという。
彼がほんとは元妻殺しの犯人だったか、それとも黒人差別思想の捜査官による冤罪だったかは、とうじの僕には、読むものによって有罪だったり冤罪だったりで、はっきりしなかった。
享年76、漠然と僕より年上だと思っていた。
元横綱・曙も亡くなった、54歳だったという。
こちらも若かったのに驚く。
有名人、とくにスポーツ、なかでも相撲で一流の地位についている人は、なんとなく自分より年上に見える。
それは、写真くらいでしか姿をみていない、または遠くから見ているからかもしれない。
隠居してテレビで相撲を見ていると、横綱といえども笑った時などの顔が、可愛いくらいに見えて実際の年齢がわかるようになった。

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「アメリカーナ」を読みつづけている。

インフェメルは、裕福な白人カートに愛され、それまでの暮らしがウソみたいな豪華な生活をする。
カートは常にあらかじめ予定を立てようとし、どうしたらインフェメルを喜ばせるかと考える。
海外旅行もするし、欲しいものも買ってくれるし、知性と教養もある。
そのカートが、インフェメルの持っていた女性雑誌を指して、「ここには黒人女性しか載っていないから人種的に偏っている」というのだ。
インフェメルはカートと本屋に行き、何冊かの女性雑誌を買う。
二人でカフエにいき、それらを片っ端から調べると、およそ二千ページの女性雑誌に黒人女性はたったの三人しか載っていなくて、しかもその三人は全員混血か、人種的には曖昧で、一人として彼女のように黒く見える人はいない。
これらの雑誌が「だれにでも」というのはブロンド、ブルネットに赤毛で彼女の髪は入らない、色を選ぶために頬をつまんでも彼女はヒントを貰えない。
ピンクの口紅が普遍的というけれど、彼女が使ったらゴリウオグみたいになる。

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その夜、イフェメルは、これらのことを、掘り下げ、自問し、問題点を明らかにして長いメールにして、大学の友人である、アフリカン・アメリカンのアフリカ人学生協会(ASA)の会長・ワンブイに送った。

ワンブイは「これはとってもきわどく、しかも真実」であり「もっと多くの人が読むべきだ、ブログを始めるべきだ」と勧める。
数週間後に、イフェメルの衝動的な一回限りの浮気を知ったカートが「売女」と呼び、いくら謝っても許さず、二人の間が破局を迎えたのち、彼女の「人種の歯、あるいは非アメリカ黒人によるアメリカでの黒人性をテーマにした興味津々の考察」というブログが誕生する。
スポンサーになりたい人が増え、有料広告を載せ、各地に職業・ブロガーとして講演に招かれ、コンドミニアムを購入するに至る、そのブログの最初の記事の締めの言葉は次のようなものだった。
アメリカにおける人種の問題を解決するもっとも簡単な方法は?
ロマンティックな愛だ。友情ではない。両者ともに快適であるようにすることを目標とする安全で、浅い愛ではない。そうではなくて、本物の、深い、ロマンティックな愛、あなたをねじ曲げて、あなたを絞り出して、あなたが愛する人の鼻孔を通して息をするような愛だ。
そんな本物の深いロマンティックな愛は、きわめて稀有なものなので、アメリカ社会はそんな愛がアメリカ黒人とアメリカ白人のあいだで生まれることをさらに稀有なものにするようにできているので、アメリカぜぜおける人種の問題は絶対に解決することはない。
このことばを、フランス人とアメリカ人カップルが開いたデイナーの席で暗誦してみせると、「おお!なんてすばらしいお話かしら!」とフランス人ホストはいい、手のひらをドラマチックに胸にあてて、反応はどうかとテーブルを見まわした。
だが、だれもが押し黙ったまま、目をそらし、自信なげだった、とある。

Commented by unjaku at 2024-04-12 22:09
こんばんは。
私はsaheijiさんのような難しい本は読めないし、考察もできません。
でも、ぼんやりと考えることはできます。
昔「ピンキー」という映画を見ました。思春期の頃だったと思います。
私の勘違いでなければ「ピンキー」というのは、黒人と白人の間に生まれた
女の子です。見た目は白人ですが、彼女の中には黒人の血がまぎれもなく流れているのです。
そのためか、ピンキーとして生まれついた女の子は、どちらの社会からも蔑視され
受け入れられることはありません。
そんな難しい役を「ナタリー・ウッド」が演じました。
結末がどんなものだったかは覚えていません。
でも、自分の属する社会がないということは、より悲惨な差別だと子供心に感じたのは確かです。

私の暮らす家の近くに「部落」出身の家族がいました。
我が家も貧しかったけれど、その一家はより貧しかったと思います。
私の弟が時々その家族の男の子と遊んでいました。
ある日、私の母親が「あの子は部落の子だから遊んではいけない。」と弟に言っているのが聞こえました。
「部落」の意味を知らなかった私は、猛然と母に抗議をしました。
母は、きちんと子供に分かるように話してはくれませんでした。
大人になって、初めてその意味を知りました。
でも、私の胸には「それが何だっていうのよ!」という激しい怒りが生まれました。

その一家が暮らした家が今でもあります。
半ば朽ち果てようとしているその建物が、家の中から叫んでいるように思える時があります。
「私たちとあんたたちの何が違うの?体の中を流れる血は同じ色をしているんだよ!」
あの家族は、その後どうしたのでしょう?
何処へ移り住んだのでしょう?
私の胸に刺さったままの一本の鋭い棘です。
Commented by stefanlily at 2024-04-13 01:53
こんばんは、
OJシンプソンの刑期は54年(=一平)どころではなかったような…(唖然)
妻はいわゆる「Trophy's wife」でしたっけ。
黒人男性が白人女性と結婚することをそのように呼ぶそうですが。
黒人女性に「読む?」と雑誌を渡されたことがあります。ファッションや芸能中心の軽めの雑誌でしたが、黒人女性中心の紙面でした。雑誌でも「住み分け」が出来ている、とカルチャーショックでしたね。
アフリカのアパルトヘイトの活動家だったスティーブン・ビコのことを歌った「ビコ」
ピーター・ガブリエルが原曲ですが、私はロバート・ワイアット(伝説のプログレバンド、ソフトマシーンのドラマーでしたが、事故で脚を切断)のバージョンが大好きです。
「イラマジョ、イラマジョ、man is dead, man is dead♪」

ロバート・ワイアット「ビコ」
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Biko_(song)
Commented by saheizi-inokori at 2024-04-13 09:49
> unjakuさん、私の小学校にも部落の子供がいました。
給食の茶碗は持ち寄りで、日々それを誰が使うかはわからないのです。
部落の子の持ってきた茶碗が当たった子はきゃあきゃあ騒ぎました。
私もあまりいい気持ちはしなかったことを覚えています。
熱湯消毒してあるのにね。
母は差別を嫌いましたが、クラスの空気、先生がむしろそれを面白がっていることに影響されたのです。
Commented by saheizi-inokori at 2024-04-13 10:00
> stefanlilyさん、ビコもロバートワイアットも知りませんでした。
今聴きながら書いています。
切々と呼びかけているような歌、ありがとう。
Commented by jyon-non3 at 2024-04-13 13:12
部落・・ありましたね。

どうしてそういう階級に同じ人間に生れながら陥れられたかというのが長年の疑問です。

相当昔からですね。

半面、古代から卑弥呼やその他、歴然と上に立つ人種がいるのかも分かりません。

皆 血の通う人間属なのにね。
Commented by saheizi-inokori at 2024-04-13 15:06
> jyon-non3さん、見かけはなにも変わらないのに差別する。
黒人は見かけだけで差別する。
差別する対象について学ぶ必要があると思います。無知が敵!
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by saheizi-inokori | 2024-04-12 11:38 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori