死を殺す
2024年 03月 28日
憲法との関係が全く議論されないままの戦闘機輸出容認決定。世論調査を引き合いに出しているが、「世論調査で賛成過半数なら憲法違反も許される」ということになり、超絶滅茶苦茶な記述だ。日本の法の支配は崩壊した。 https://t.co/ZoKyB1s8En
— m TAKANO (@mt3678mt) March 26, 2024
大谷騒ぎにかまけているうちに、一平よりあくどい連中がつぎつぎに亡国のたくらみを成し遂げている。
世論調査を尊重するなら、とっくに岸田は退陣せねばならないのに。
大谷といえば、彼の子どものころにつくった「曼荼羅」が有名だ。
人生の目標をきちんと「ドラフトで8球団から一位指名をうけること」とさだめて、そのために必要なことを、野球の技術面だけでなく、人間性や運の掴み方、メンタル面まで具体的に図表にしているのは、そこら辺の経営者が漫然と対前年比120%の業績を目標にして、意味もなく部下の尻を叩くよりは、はるかに優れて見事を通り越して、なんだか末恐ろしさを感じさせる。
しかも、チャートどおりに実行して今の地位に上り詰めたのは奇跡的人物だとも思う。

問題は、到達した「ドラ1 8球団」の目標を、今現在、どう書き換えるかだろう。
メンタルのなかに「ピンチに強い」とある、その真価が問われる。
子ども時代には予想もできなかった大ピンチを乗り越えるために、より大きな目標を立てることができるか。

きのうも載せた写真。
目黒総合庁舎を入ったところ、幼い兄妹が遊んでいた。
お兄ちゃんが妹を両手で抱きしめて持ち上げると、妹が喜んで大声で笑っていた。
その声を背中に聞いて歩きながら思ったことは、この子たちが僕の年になるくらい生きていたら、70年以上も前に、ここでこうして遊んだことを覚えているだろうか、ということ。
映画の終わりに次々に出てくるような、過去の大事なシーンを今の二人は演じているのかもしれない。
爺さん婆さんになった二人が、そのことを思いだして笑いあうことを祈って、ふたたび雨の中に出て行ったのだ。

韓国文学の翻訳者である斎藤真理子、彼女とくぼたのぞみの往復書簡に登場した本だ。
韓国の現代文学を産み出した韓国現代史といってもよいかもしれない。
植民地・朝鮮で生まれた身として、いささかの罪悪感ももち、すこしは現代朝鮮のことに関心をもっているつもりだったが、じつは何にも知らないことを教えられた(日本のこともよく知らないのだけれど)。
軍に服務した人には公務員採用試験などで加算点が与えられていたのが、女性や障がい者などの権利を侵害するとされた、そのことが「女はずるい」という意見につながっている。
大韓民国の男と女の間には、大きな一つの契約が存在してきた。それは全男性が全女性と子供、老人、弱者を共産主義の脅威から守り、全女性はそれを全力でサポートする、というものだ。「82年生まれ、キム・ジョン」(チョ・ナムジョ)は、そういう大きな契約・物語の土台に匕首をつきつけたから、強い指示を得たし激しいバッシングも受けた。

2014年のセウォル号沈没は、セウォル号以後文学を産み出した。
この事件は単なる沈没事故ではなく、「新自由主義の体制矛盾が集中し、凝縮して発生した事件」であった。
老朽化した船を日本から買い入れ、違法な改造を施し、より多くの貨物と乗客を積めるようにし(バラストのひとつも空にしてあった)、過積載、書類の偽造、船長は非正規雇用、操縦していたのは新人の三等航海士、海洋警察が救助しなかったのは、民営化によって人命救助が私企業に譲渡されていたと説明された。
事故直後、政府など「上の方」から下りてきた言葉は、時制は不明、動詞や主語、固有名詞はほとんどなく、「責任」と言う言葉は盛んに使われても、誰が何に対してどう責任を取るのか、わからなかった。
まるで今の日本の政治家たちの言葉と同じではないか。
こういう事態に韓国の作家たちは大きな衝撃を受け、何か月も文章が書けなくなった人も多かった。
その時期を経て産み出されたのがセウォル号以後文学と呼ばれている。
キム・エラン「立冬」ファン・ジョンウン「デイデイの傘」パク・ミンギュ「目の眩んだ者たちの国家」など。
パク・ミンギュはセウォル号を解放後の大韓民国のメタファーとしてとらえている。

そして、そのセウォル号沈没は、1997年のIMF危機にその淵源を辿ることができる。
大学出の二人に一人は非正規、15歳~29歳の若者の失業率は10パーセント、主要財閥企業10グループの総売り上げがGDPの75%を占めるのに、それらの企業の全求人に占める割合はわずか1パーセント。
苛烈な格差社会になったのは、IMF危機で、コスト・人員削減による新自由主義への適応が強制されたためだ。
セウォル号はIMF危機に対する答え合わせだった。

1980年光州事件も、いまなお忘れられない、生きている事件だ。
ハン・ガン「少年が来る」は、この事件を描いた小説の決定版だという。
斎藤真理子に案内されて、僕は読まなければならないリストが長くなる。
歴史家の韓洪九は、韓国現代史は「死を殺す」という行為を積み重ねてきた、と語っているという。
「ソウルの人民軍」に描かれた朝鮮戦争、済州島の「四・三事件」、そして光州事件など、死が死であると認められない、追悼の前に、なかったことにされた死をあったことにしなければならない。
日本でも「主戦場」の輩がそのお先棒をかついでいる。
いちいち日本と較べながら読みつづけている。
すばらしい解説とご紹介を感謝します ぜひ読みたいと思います!
この数年ですが韓国の方と機会あり、想像力、すつと議論に入れるプラグマティズム。
依存症は脳機能のある部分の弱体化、依存させるもの依存させられるものが存在の疾患と
4年前の動画でコメント「涙でる。奇跡は。。。」を目にしました 戻らない日々
https://www.youtube.com/watch?v=bf5gL1fhhuk