穴からの出口


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三日もご無沙汰していたら、ハクモクレンがきれいに咲きはじめた。

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さくらも満開、どんどん時が過ぎていく。

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よほど気を確かに、日々を意識して生きていかないと、すぐに御名御璽だ。

そう思って、けさは6時に目が覚めたのを幸い、二度寝をせずに起き上がって、大掃除やら洗濯をする。
日々を意識する、と利いた風なことを言っても、やることは別段変りなしの凡々たる日々なのだ。
変化のない凡々たる日々を、きちんと意識して、最後の日まで過ごす。
これができたら、と思う。

「ハリケーンの季節」(フェルナンダ・メルチョ―ル)を読了。

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メキシコの鄙びた架空の村、近所の町からも10キロ以上離れていて、サトウキビ畑と精糖工場のほかは、道路沿いにある食べ物や飲み屋売春宿しかない。
少年たちが水路でみつけた腐乱した顔、うようよと蠢く無数の黒い蛇のあいだで揺れ、微笑んでいる浅黒い仮面が、話の始めだ。
それは母親と同じく魔女>と呼ばれていた。
恐れられ、しかし密かに、女たちに治療やまじない、堕胎もしてやり、愚痴を聞いてやる魔女の正体ははっきりしない。
鉄格子のある家に引きこもり、そこには金や宝が隠されているとも噂されている。
魔女、魔女と恋愛関係にあったとされる青年ルイスミ、その従姉のジェセニア、ルイスミの母親チャペラ、その夫ムンラ、ルイスミが家に連れ帰った十三歳の少女ノルマ、ルイスミの遊び仲間ブランド、彼らが、汚い言葉で、その悲惨にして、欲望にまみれた人生を語るうちに、徐々に魔女の正体と、誰が彼女を殺したかが見えてくる。
貧困、虐待、無知、迷信、麻薬、酒、セックス、ゲイ、暴力、性暴力、罵詈雑言、、。

遺体安置所の職員が、運んできた、全身が揃ってない、頭も性器もない、断片だけのもの、全身がそろった最初の死体は、人生の半分を無慈悲な太陽に焼かれてさまよい歩いて来たと見えるホームレスのもの、あわれな少女のバラバラ死体、、、そういった死体を、じいさんは切り株に坐って、タバコを吸いながら、数える。
穴に投げ込まれた死体を見つめて、かぶせるのに必要な砂と石炭の量を計算している。
一体一体、隙間なくきっちり並べて寝かせないと、おさまりが悪くて死体が動き、そうすると、人びとは彼らを忘れることができなくなり、死者たちはこの世に取り残され、墓の中からよろよろさまよい出て、人びとを驚かし、いたずらをするのだ。
じいさんは、埋葬するときに遺体に話しかける。
そうすれば死者たちは、自分に向けられた声、話しかけてくる声を聞いて、いくらか慰められ、生者を煩わすのをやめるのだ。
安心しな、じいさんは、猫の喉の音ほどの小声でささやき続けた。あんたたちは怖がることも絶望することもない。そこでゆったりかまえていればいい。空が稲妻で一瞬明るくなり、耳をつんざく雷鳴が大地を震わせた。雨はもうあんたたちに何もできないし、暗闇は永遠には續かない。もう見えたかね、遠くに輝く光があるだろう、星のような小さな光が。そっちのほうに行きな、じいさんは説明した。そっちの方に、この穴から出る出口がある。
小説の最後の文章だ。

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(きもちの悪いことを書いたので、口直しにどうぞ)

宇野和美 訳
早川書房

Commented by 20070707open at 2024-03-02 13:52
花々が春を告げていますね🌸
私、よく人から「魔女っぽい」と言われます。
顔?雰囲気?なんでかな・・・
話が悍ましくて怖い分、最後の「星のような小さな光」の一言にとっても安堵しました。
Commented by eblo at 2024-03-02 14:36
「きもちの悪いこと」とは思いませんでした。
むしろ「そっちの方に、この穴から出る出口がある。」に小さな感動が。
穴は必ずある、探し続ければ見つかる、そんな勇気に対する感動です。
穴なんか無い、そう信じてきたので。
Commented by テイク25 at 2024-03-02 15:46
「すぐに御名御璽だ。」何のことだかわからず調べました。
なぁんだお終いということだったんですね。
勉強になるけれど、私のレベルに合わせてもうちょい簡単にしていただければなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2024-03-02 18:12
> 20070707openさん、魔女の宅急便とか、親しみやすい魔女も増えているのではないですか、ちょっと謎っぽい不思議な雰囲気の人。
私もこのラストで救われた気持ちになりました。
Commented by saheizi-inokori at 2024-03-02 18:14
> ebloさん、過酷なやり切れない物語の、最後のこの言葉に、私もホッとしました
Commented by saheizi-inokori at 2024-03-02 18:20
> テイク25さん、すみません。オシマイを御名御璽つて、若い頃からよく使った言葉です。
「そんなことしたら、もう御名御璽だね」などと。
ときどきわざと古い死語になりかかつている言葉を使いたくなるのは、悪いクセなのかな。
Commented by at 2024-03-03 06:36
最近、西部邁の本を読んだら、
西部も盟友・談志も晩年はヘロヘロなのに耐えていたことが解りました。
西部は例によって中江兆民やら、チェスタトンやら、
様々な人物を引き合いに出して老いの日常を装飾的に語っています。
その装飾的な感じは驚嘆に値します。
Commented by saheizi-inokori at 2024-03-03 10:14
> 福さん、コメントに誘われて、Wikipediaで西部についておさらいをしました。
最後のころは手の指が利かなくなっていたそうですね。
私も指先に力を入れる仕事をすると、しびれて攣ったようになります。
こんなところが似なくてもよかったのに。

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by saheizi-inokori | 2024-03-02 12:53 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori