カントは天才ではなかった

すばらしい秋晴れ、起きるとまず寝具をベランダに干して、タオルケットやシーツの洗濯をした。
秋になってタオルケットを重ねてかけ布団にして、あたたかさの具合はいいのだが、冷える足元に重しのように何枚もかけたケット類の重さも加わって、血のめぐりが悪くなるのか、夜中に足がつる。
それで薄い羽毛布団に変えようと思った。
ベランダ、風呂場、日の当たるリビング、いたるところにいろいろ干した。
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きのうの夕方の散歩で、子供たちがハロウインの仮装をして嬉しそうに歩いてくるのにであった。

変身願望、とくにお化けになるのってわくわくするのだろうな。
高校の文化祭で、仮装行列で僕のクラスが優勝して、カリントを賞品にもらってみんなで食った。
企画は僕で、出し物は「世界名画全集」、僕はドガの踊り子になった。
事務室の若いお姉さんに靴下を借りて、お化粧をしたら、ちょっとわくわくした。
今これを書いていて、あれは一年生だけの競技だったのか、細かいことをすっかり忘れている。
「風神雷神」には柔道部の猛者を起用した。
最後に出てくるのは、Vネックのセーターを着てテニスラケットをもった皇太子で、ゴールに設けた水車小屋にいくとなかから美智子さんが現れる「美しき水車小屋の乙女」(名画じゃないけれど)、彼女が粉屋(日清製粉)の娘だったから、それが拍手喝采だった。
だんだん思い出すのは、モナリザに「その笑いは?」と聞いて「おへそにノミが」と答えさせたこと。

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ハイネの「ドイツ古典哲学の本質」から。

論争の天才、レッシングをハイネはルターにつぐ二人目の解放者であると高く評価する。
彼はうそをつかず真理を愛し、その敵は凡庸でもレッシングに殺されたおかげで不滅となった。
しかしレッシングは不幸だった、天才だからである。
天才は自分自身が偉大であるために、自分自身のあり方があまりにも偉大であるために、自分は凡俗を超越していて、周囲の愚劣な見せかけ、下品な微笑に不快を感じるために苦しむだろう。この不快の念がこうじてくると天才は自然に脱線して、たとえば芝居小屋へいったり、ばくちをうちにいくようになる。あわれなレッシングもこうしたことになった。(略)レッシングにとっては、うつくしい喜劇女優の方がハンブルク市の牧師らよりおもしろかったし、だまっているトランプのカードの方がしゃべりまくるヴォルフ派の哲学者らよりもたのしかったのである。

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カントの「純粋理性批判」が味気なく、ひからびた包装紙のような文体であることについて。
もしも軽快な、やさしい明るい文体で述べられたら、哲学はその威厳をいく分損ずるだろうと考えたのだろう。だからカントは哲学にしゃちこばった、抽象的な形式をあたえた。それは思想の低い階級には、とうていしたしめない冷たい形式である。カントは、きわめて下世話な、はっきりした表現をねらっていた当時の通俗哲学者とは自分をいばって区別しようとして、自分の思想を宮廷くさい、冷えきったお役所言葉でよそおった。この点にカントの俗物根性が、はっきりあらわれている。けれどもまた一面から見れば、カントは自分の丹念にきめられた精確な考え方をあらわすためには、やはり丹念にきめられた精確な言葉が必要だったろう。
しかし、カントはそのために紋切り型のお役所言葉よりもすぐれた言葉はつくり出せなかった。
天才だけがあたらしい思想に、あたらしい言葉をあたえる。ところが、イマヌエル・カントはけっして天才ではなかった。カントはあのまじめなロベスピエールとおなじように、自分は天才ではないと感じたからこそ、天才にたいしては一そううたがいぶかかった。カントは「判断力批判」という著書で、こういいきっている。
「天才は学問には用がない。天才の活動は芸術の領域にかぎられている。」
カントによってドイツの哲学革命が引き起こされたのは、その著作の内容によるよりも、むしろその著作を支配している批判精神によってであるとハイネはいう。
容易なことではうごかないドイツ国民は、いったん何かの道をとってすすむとなると、きわめてしつこく辛抱づよくその道を、とことんまでつきすすんでいく。
宗教革命も、哲学革命も、政治運動も。

Commented by Solar18 at 2023-11-01 22:14
容易なことでは動かない、いったん決めたら極めてしつこくとことんまで?今のドイツ人はそうでもないような、、、。
Commented by at 2023-11-02 06:32
古いコントに「愛読書は『純粋理性批判』!」というのがありました。
学生服の中年芸人が真面目くさって言うため、とても可笑しいのです。
「んなわけないだろ!」と客が心の中でつっこみを入れやすい。
これをマジで実践していたのが田中小実昌でした。
私は、昔読んでみて挫折した経験があります。
Commented by tona at 2023-11-02 09:26
こんにちは。
文化祭でやはり仮装行列があったのですね。
以前書きましたが私の方もありまして、クラスの男子44人がフラダンサーをやって万雷の拍手を浴びました。
ということを思い出し、ドガの踊り子を見たかったです。
Commented by saheizi-inokori at 2023-11-02 10:12
> Solar18さん、そうですか、フランス人との比較においても?
そのあたりの印象をおたずねしたかったのです。
Commented by saheizi-inokori at 2023-11-02 10:14
> 福さん、このコント、いまの客にはうけないでしょうね。
昔はレベルが高かったのだとおもいます。好き嫌いは別にして。
私は手に取りもしなかったようです。それさえおぼろになりました。
Commented by saheizi-inokori at 2023-11-02 10:16
> tonaさん、以前このことをブログに書いたときはもう少し記憶がはっきりしていたような気がします。
女装願望は多くの男性にあるのじゃないかな。潜在的かもしれないけれど。
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by saheizi-inokori | 2023-11-01 09:49 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori