ユダヤ人はすごい
2023年 10月 25日
けさもどっさり洗濯物を干した。
午後から不安定な天気という、でも午前中には乾かないな。
鬼無里会の夜の集いは幹事の部屋でやったのだ。
二時から金婚式祝賀会で、飲み放題でコース料理を食ったので夕食は抜き。
7時からというので、行ってみると、テーブルの上に酒、焼酎、ワイン、ウイスキー、お握り、イワシのゴマ漬け、サラミソーセージ、蜜柑、チョコレート、乾き物などが乱雑におかれてある。
子供の運動会や遠足のおやつのようでもあり、山賊の酒盛りのようでもある。
どこかとちゅうで仕入れてきたらしい、ビニールの袋入りの氷は、手づかみで焼酎やウイスキーのコップにいれる。
一番若いひとが60歳、傘寿が4人なのに、若者たちのような酒盛りなのだ。
会費から買ったもの、誰かが差し入れたものの区別はつかない。
こんなお菓子袋、よくみるとどなたかが、きれいな袋を用意して一袋づつ、お菓子をとり合わせていれて持ってきたらしい。
ハイ、と渡されたのをそのまま家に持ち帰って、昨日読書のお供にした。
ひとつづつ袋にいれて、きちんと封をした人のことを考えながら食べた。
(錦糸町駅前)
午後から不安定な天気という、でも午前中には乾かないな。
鬼無里会の夜の集いは幹事の部屋でやったのだ。
二時から金婚式祝賀会で、飲み放題でコース料理を食ったので夕食は抜き。
7時からというので、行ってみると、テーブルの上に酒、焼酎、ワイン、ウイスキー、お握り、イワシのゴマ漬け、サラミソーセージ、蜜柑、チョコレート、乾き物などが乱雑におかれてある。
子供の運動会や遠足のおやつのようでもあり、山賊の酒盛りのようでもある。
どこかとちゅうで仕入れてきたらしい、ビニールの袋入りの氷は、手づかみで焼酎やウイスキーのコップにいれる。
一番若いひとが60歳、傘寿が4人なのに、若者たちのような酒盛りなのだ。
会費から買ったもの、誰かが差し入れたものの区別はつかない。
こんなお菓子袋、よくみるとどなたかが、きれいな袋を用意して一袋づつ、お菓子をとり合わせていれて持ってきたらしい。
ハイ、と渡されたのをそのまま家に持ち帰って、昨日読書のお供にした。
ひとつづつ袋にいれて、きちんと封をした人のことを考えながら食べた。
ハイネ「ドイツ古典哲学の本質」で、ライプニッツのモナド説、スピノザの汎神論、超越神論であるユダヤ人の肉に対する軽視、キリスト教徒の肉の罪悪視などについて読む。
六世紀ヨーロッパの東部に突如出現した騎馬民族・ハザールはトルコ系言語を話し突厥文字を使用し、近隣の民族を圧倒し、七世紀中頃王国を築いた。
カスピ海沿岸草原、クリミア半島に覇を唱え、キリスト教のビザンツ帝国とイスラム教のアラブ帝国の狭間に立ってユダヤ教を受容して国教とする。
マホメットの死後、強大化したアラブ勢力が北進するのを食い止めたのはコーカサス山脈だけではなく、ハザールの防衛軍だった。
ハザールの一世紀余にわたる抵抗がなければ、東ヨーロッパのみならず、中央ヨーロッパ、ロシア、ポーランド、ハンガリア、チェコなどもイスラム化していたかもしれないのだ。
それほどの「功績」があったハザール帝国なのに、その成立過程や内情についてはあまり知られていない。
totiさんのブログで本書の存在を知り、さあっと目をとおした。
なぜハザールがユダヤ教を国教としたかについての推測も述べられているが、そのひとつはこの地に住んでいたユダヤ人の富の集積も一因であるようだ。
辺境のキエフにもユダヤ人が住んでいた証拠が発見されている。
現在イスラエルにいるユダヤ人をふくめ全世界にいるユダヤ人の大部分は、旧約聖書に登場するユダヤ人とはまったく関係がなく、10世紀末ルシ(ロシア)に滅ばされた後、東欧に離散したハザールの末裔であるという説が広まっている、と訳者の城田俊は「訳者まえがき」で書いている。
だけど、ハザールのユダヤ人はどこから来たかについては、書いてなかったような気がする。
キリスト教は世俗的な物質は世俗の皇帝とその皇帝のおつきの下男のユダヤ人の手にまかしてしまった。そして、皇帝の至上の権利を否認し、そのおつきのユダヤ人を世論ではずかしめるだけで満足していた。—ところが見たまえ!そのきらわれていた皇帝の剣と、あなどられていたユダヤ人のぜにとが、ついに至上権をにぎって、たましいの代表者たちは皇帝やその下男のユダヤ人と妥協しなければならなくなった。いやそれどころか、この妥協は連帯責任の同盟にまでなってしまった。ローマ帝国だけではなくて、イギリスでもプロイセンでも、どこでも特権をあたえられた僧侶はすべて皇帝やその一味と同盟をむすんで人民を抑圧してきた。ユダヤ人に対するヘイトと、いまなら言われかねないハイネの言葉だ。
六世紀ヨーロッパの東部に突如出現した騎馬民族・ハザールはトルコ系言語を話し突厥文字を使用し、近隣の民族を圧倒し、七世紀中頃王国を築いた。
カスピ海沿岸草原、クリミア半島に覇を唱え、キリスト教のビザンツ帝国とイスラム教のアラブ帝国の狭間に立ってユダヤ教を受容して国教とする。
マホメットの死後、強大化したアラブ勢力が北進するのを食い止めたのはコーカサス山脈だけではなく、ハザールの防衛軍だった。
ハザールの一世紀余にわたる抵抗がなければ、東ヨーロッパのみならず、中央ヨーロッパ、ロシア、ポーランド、ハンガリア、チェコなどもイスラム化していたかもしれないのだ。
それほどの「功績」があったハザール帝国なのに、その成立過程や内情についてはあまり知られていない。
totiさんのブログで本書の存在を知り、さあっと目をとおした。
なぜハザールがユダヤ教を国教としたかについての推測も述べられているが、そのひとつはこの地に住んでいたユダヤ人の富の集積も一因であるようだ。
辺境のキエフにもユダヤ人が住んでいた証拠が発見されている。
現在イスラエルにいるユダヤ人をふくめ全世界にいるユダヤ人の大部分は、旧約聖書に登場するユダヤ人とはまったく関係がなく、10世紀末ルシ(ロシア)に滅ばされた後、東欧に離散したハザールの末裔であるという説が広まっている、と訳者の城田俊は「訳者まえがき」で書いている。
だけど、ハザールのユダヤ人はどこから来たかについては、書いてなかったような気がする。
Commented
by
k_hankichi at 2023-10-25 16:17
まったく知らなかった歴史です。これは興味津々。読んでみたいと思います。
1
Commented
by
saheizi-inokori at 2023-10-25 19:19
by saheizi-inokori
| 2023-10-25 11:21
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
Trackback
|
Comments(2)