乙夜の覧
2023年 08月 29日
「乙夜の覧」
乙夜(いつや)は午後9時ないし10時からの2時間、なお甲夜(初更、午後7時から9時)、乙夜 (いつや) (二更、午後9時から11時)、丙夜(三更、午後11時から午前1時)、丁夜(四更、午前1時から3時)、戊夜 (ぼや) (五更、午前3時から5時)。
(昔、中国で、天子は昼間政務で忙しいので乙夜になってから読書をしたところから)天子の読書。乙覧 (いつらん) 。
僕は天子でも天使でもないから、昼下がりの読書、乙夜にはそろそろベッドに入る。
天子よりも恵まれた暮らしをしているのだ。
大泉黒石「俺の自叙伝」の最終章「文士開業時代」は、流行作家になってからのことが語られる。
つぎつぎにいろんな、ろくでもない人が訪れてくる様子の描き方は、漱石の「猫」のそれを想起させる。
流行作家になって、立派な借家に住んでも金はない。
母代わりになって育ててくれた祖母が亡くなって、その骨を故郷の長崎に埋めに行く、その旅費の算段などで苦心する。
中学時代に、社会主義者を自任して、古くからの水車小屋の敵である精米工場に投石した仲間の島田に金を借りようと思う。
旅館に訪ねてきた島田は刑事になっていて、卑屈に「日本有数の社会主義作家先生」(彼の来長を報じる新聞の見出し)の機嫌を取りながらも、彼の帰省の目的を探るのだ。
このあたりもロシアの小説を思わせる。
解説を四方田犬彦が書いている。
その冒頭が、せんじつ僕が紹介した文章の冒頭と同じ、つまり四方田もこの自叙伝の冒頭を引くことから始めている。
そして四方田はこういう。
その背後には、日本社会における混血児排斥運動と国粋主義運動が影を落としている。
面白かったなあ、その一語につきる。
乙夜(いつや)は午後9時ないし10時からの2時間、なお甲夜(初更、午後7時から9時)、乙夜 (いつや) (二更、午後9時から11時)、丙夜(三更、午後11時から午前1時)、丁夜(四更、午前1時から3時)、戊夜 (ぼや) (五更、午前3時から5時)。
(昔、中国で、天子は昼間政務で忙しいので乙夜になってから読書をしたところから)天子の読書。乙覧 (いつらん) 。
僕は天子でも天使でもないから、昼下がりの読書、乙夜にはそろそろベッドに入る。
天子よりも恵まれた暮らしをしているのだ。
大泉黒石「俺の自叙伝」の最終章「文士開業時代」は、流行作家になってからのことが語られる。
つぎつぎにいろんな、ろくでもない人が訪れてくる様子の描き方は、漱石の「猫」のそれを想起させる。
流行作家になって、立派な借家に住んでも金はない。
母代わりになって育ててくれた祖母が亡くなって、その骨を故郷の長崎に埋めに行く、その旅費の算段などで苦心する。
中学時代に、社会主義者を自任して、古くからの水車小屋の敵である精米工場に投石した仲間の島田に金を借りようと思う。
旅館に訪ねてきた島田は刑事になっていて、卑屈に「日本有数の社会主義作家先生」(彼の来長を報じる新聞の見出し)の機嫌を取りながらも、彼の帰省の目的を探るのだ。
このあたりもロシアの小説を思わせる。
俺は作家には違いないが、日本有数の社会主義者でもない。昔はそうだったが、貧乏をやりぬいて年をとるとそんな面倒臭いことは真っ平だ。俺は絶望主義者だ。何もかも絶望だ。いや、そんな主義があるものかと言うだろう。俺のようなヤケ糞な男には几帳面な主義や窮屈な文壇なんかありゃしない。
解説を四方田犬彦が書いている。
その冒頭が、せんじつ僕が紹介した文章の冒頭と同じ、つまり四方田もこの自叙伝の冒頭を引くことから始めている。
そして四方田はこういう。
いったいこんな素っ頓狂な書き出しの自叙伝を、これまで日本人が書いたことがあっただろうか。大正時代である。文学とは篤実にみずからを内省し、日常に体験したことを素材として文章を練り上げるところにあるという文学観が素朴に信奉されていた時代のことである。読者は驚嘆し、ある者は拍手をもってこの混血児の饒舌を歓迎した。別のある者は、こんな人物などありえない、すべて巧みな虚構だと怒りを露わにした。毀誉褒貶の嵐のなかで、作者である大泉黒石はあっという間に文壇の寵児となった。中央公論の滝田樗蔭に見出されて流行作家になったが、既成の既得権を守ろうとする作家たち、久米正雄、村松梢風などから、バッシングされて、樗蔭が亡くなった後は文壇から追放されてしまう。
その背後には、日本社会における混血児排斥運動と国粋主義運動が影を落としている。
面白かったなあ、その一語につきる。
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by
ikuohasegawa at 2023-08-31 05:59
「面白かったなあ、その一語につきる。」
といわれれば、読まざるを得ません。
といわれれば、読まざるを得ません。
0
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by
saheizi-inokori at 2023-08-31 09:43
> ikuohasegawaさん、残暑をしのぐにはもってこいの一冊です。
by saheizi-inokori
| 2023-08-29 09:54
| 今週の1冊、又は2・3冊
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Comments(2)