不憫

木内昇「万波を翔ける」、半分ほど。

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幕末の、幕府外国奉行たちの苦悩と、その下で働く主人公・田辺太一の成長が語られる。

水野忠徳、貧乏人上がりで、極度に金に細かい。条約における外貨との交換比率で日本が莫大な損失を蒙りそうだと、必死になって計算に明け暮れ打開策を考えている、気難しや。太一は彼の下についた。

異国とは戦いを起さない、しかも日本の内情を明かさないことという信念のもと、井上とコンビで柔軟かつ機略に富んだ交渉でハリスと条約締結にこぎつけた、切れ者の岩瀬忠震、切れすぎるから周囲に理解されないことが多い。

偉人の懐に飛び込んで巧みに懐柔する井上清直、岩瀬は井上にしゃべらせておいて、重要なポイントでNO!をいう。

長崎伝習所や長崎製鉄所など組織作りに抜きんでた才能をみせる永井尚志(三島由紀夫の高祖父)。
温容で地味、厄介な仕事を引き受け、横浜港を見事に開港させた堀利煕。
その五人が、ひとの嫌がる外国奉行を押しつけられながら、身の危険すらあるなかでなんとか諸外国との交渉を進めていく。

やることとてない安穏な日々に保身のみをこととして生きる多くの幕臣のいるなかで、苦労ばかり多くて報いられることのない仕事だ。
しかし、太一は安穏組を羨むどころか、自分には耐えられない生き方だと思う。
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後継将軍を誰にするかで、慶喜派が敗れて家茂派の井伊直弼が大老になると、安政の大獄とともに慶喜派の一掃が行われ、そのなかで岩瀬、井上、永井、水野が左遷されて、堀だけが残る。
あとから補充された奉行は、太一からするとものたりず、だいいち最初からやりなおさなければならない。
素直に前任者のやったことを引き継げばともかく、反対の事をやりたがるのが多い。

老中も安藤信睦(のぶゆき)となる。
進んで異人との折衝の場をもうけ、過去の資料にも積極的に目を通すから、前任者の間部よりましかと思うと、奉行たちには厄介な上司らしい。
下の意見に耳を貸さず、己の意を通すべく、奉行たちの一挙手一投足に目を光らせ、事細かに指示する。

こういうのを読んでいると、僕は自分が小さな会社の社長になって、しゃかりきに会社改革をやっていたときのことを思いだす。
僕にもあったなあ、そういうところ、何でも自分で考えて、自分の思うとおりに出来ないと我慢できなかった。
それまでの会社のやり方にまったく信用をおいてなかったのだ。
古くからの幹部たちを老中・安藤に使われる外国奉行たちのような気にさせたかもしれない。
いまさら、謝っても遅い、でも済まなかったね。

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(ときどき寄る「こだわりの八百屋」昨日はもうオシマイ)

ひとりだけ残っていた堀はプロシャとの交渉を担当する。
堀をはじめ、外国方の意見は、いまはプロシャとの条約締結をすべき時ではない、少しでも延引すべしだ。
しかし、プロシャ公使・オイレンブルクは、交渉相手の堀の人柄には信を置きつつも、手ぶらでは国に帰れない。
英国・オールコックと米国・ハリスに口利きを依頼、ハリスが老中・安藤に話す。
安藤はそれを認めるようだ。
そんな折、御用部屋で、温厚な堀が老中と激しくやり取りする声が聞こえたかと思うと、堀が城を下がったという。
胸騒ぎのした太一が、それを水野に告げると、水野は即座に太一と同僚・平三を連れて堀邸に向かう。
堀邸で出迎えた堀の息子は「父は身まかりました」という。
帰宅して、妻に「いままで世話になった」と言って、自室にこもり、変に思った妻が行ってみると自害していた。

水野(と太一と平三)は、遺児に「心当たりはないか」と尋ね、それから、日ごろの父と子の関係や、疲れているように見えた父の事をどう思っていたのかなど、話しはかなり踏み込んだ内容となる。
そして、亡き父・堀が内心どのように思って最期の日々を送っていたのかを、語り合い、つまるところ「次々に起る難題を引き受けて、誇りと喜びをもって仕事をしていた。工夫を厭わぬという才があった。」という結論に至り、水野は「その才を頼みにするばかりであった」と遺児に詫びるのだ。

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なかなか感動的な言葉がいろいろ出てくる、重要なエピソードである。
が、やはり、僕は違和感を覚えてしまう。
自害したばかりの遺体が横たわる家のなかで、遺された遺児とそういう話をするのだろうか。
せめて通夜とか一周忌の話題ではないか。
もうひとつ、遺児の言葉のなかで「父を不憫に思った」というのがある。
これもちいとばかりおかしな言葉遣いだと思う。
初出は日経新聞連載、日経の編集者は何をしていたのか。

でもまあ、もう少し読むとしよう。

Commented by stefanlily at 2023-07-24 14:50
こんにちは、
遺児が周囲の人間に不憫に思われるのならば分かりますけどね。
唐津城は領主が頻繁に変わっていたとか。色々あったんでしょうね。その一人が水野…誰だっけw
熊本城は築城の天才、加藤清正の系譜が領主の座を追われて、細川氏の代となります。
その後はずっと細川氏なので…まあ安泰だったのでしょう。
永井路子も細川ガラシャについて書いてますが、三浦綾子作品の方が良いですね。英訳も出てます
Commented by umi_bari at 2023-07-24 16:37
暑中見舞い申し上げます。
本を書けるって凄いですよね。
時代物面白いですよね。
外は暑いから部屋でゆっくりの読書にバグースです。
角川書店から出ている「光秀の定理」と言うのを読んでみたいんです。
アラック、今日は休みにしてもらい、ランニングの後、大学の成績処理をしました。
Commented by saheizi-inokori at 2023-07-24 19:33
> stefanlilyさん、細川ガラシャの墓を見たような気がします。
ドラマになりやすい人ですね。
外国奉行の水野は旗本で唐津城主とは関係がないと思います。
偏屈ですがなかなかの人物、小笠原諸島に行って日本領土であることを宣言したり、最後は幕府の不戦に反対して憤死したとか。
Commented by saheizi-inokori at 2023-07-24 19:36
> umi_bariさん、暑いですね。
我が家は今日23歳のオンボロエアコンを新品に取り換えました。
涼しくて天国のようです。
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by saheizi-inokori | 2023-07-24 12:37 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(4)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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