良心は回れ右ができる

雨が降らないのは洗濯爺さんにはありがたいことだが、散歩で出会う草木の塩垂れた様子をみると、ちいとは、できれば夜の間に、節度を保って降ってくれないかと思う。

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晩酌の友は、録画「新日本風土記」、山形の四季歳時記。
ぶっきらぼうな口を利く女性が、庭に草花を育てて草木染をする。
根っこをつかうんだけど、きれいな花が咲いていると、かわいそうで抜く気にならない。
自分で草木を育てて、それで好きな染め物を作るのは、「最高の贅沢」だという。
そういう母を信じて娘夫妻が共に染め物をする。
一足す一はニではない、天地人の組み合わせで変幻きわまりない、微妙な色合いに染まる。

東京駅の地下街の運営をしていたときに、まいつき各地の名産をイベントで通行人に配った。
名産物を無償で提供してもらう代わりに、こちらは無償でスペースを提供し社員たちで配布作業を手伝う。
青森・横浜町の菜の花などとともに、山形の紅花は毎年来てくれた。
どかっと送られてくる紅花を小さな花束にするのは、僕たちと手すきのテナントスタッフだ。
朝早くから、ワイワイ、バカをいって大笑いをしながら、山のように花束をつくる。
配布するときは、山形から「ミス紅花」や観光課の人も来て、僕も一緒になって「さあ、山形県村山からきた紅花ですよ」と声をかけて配るのだ。
国内外各地の老若男女が集まる東京駅地下街の特色を活かして「共生」を店舗運営のコンセプトにした、その一環だ。

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自分の手で草木を育て、染め物を作る。
東京にいるみんなの手でひとつひとつ花束を作り、地方の人と笑いあいながら、道行く老若男女いろんな人に手渡す。
手から手へ、伝わるのは「共に生きる」という「心」、そういうつもりだった。

テレビでは手作りの味噌を作り続ける会社の女性社長のドキュメントも続いた。
代々続いた味噌会社を、姉の結婚に際して「父を助けるために」手伝うことになったのは、高校のときだという。
数少ない従業員に手伝ってもらい、自ら先頭に立って味噌を作り続けて何十年かになる。
この映像も心に訴えかけるのは、手をつかって味噌を作る、人の思いだった。

AIにはない、人間の手の温かさと「心」が、心を打つのだ。

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ケストナー「終戦日記一九四五」を読了。
ケストナーはナチ政権下で作家活動を禁止され、作品は焚書の対象になったが、亡命はせずにドイツにとどまり、しかもナチズムに迎合はしなかった。
こういうケースを「内的亡命」というそうだ。

ケストナーが見た、平均的な市民の変化・「独裁体制下における人間の可変性」。
独裁政権の激しさを増す圧力による変化の第一段階。
破産や投獄への不安、殴られたり蹴られたり、鞭うたれりすることへの恐怖、飢えや疫病への怯え、家族の生命や自分の死への心配、不安が高じて嘘をつき、裏切ることへの不安。
それらの不安によって、一時的に眠れなくなったり、食欲が減退するのが第一段階だ。

第二段階では、不安と言えるものはひとつだけになる。
なにかを聞かれたとき、違うことを言ってしまうのではないかという不安だ。

そして、第三段階では、圧力による変化が完了し、不安は消える。
支配者となった犯罪者と自発的に同じ考えを持ったから幸せになる。
良心は回れ右が可能なのだ。

回れ右可能な良心とつながっている時代の輪ははずみ車ではなく、ただの歯車であって、確実に動くが、ひと歯ひと歯の動きは緩慢であり、無理に回転速度をあげようとすれば、機械自体が壊れる。

ヒトラーも1933年のユダヤ商店ボイコットは空振りに終わったけれど、五年後の1938年の「帝国水晶の夜」に暴動を起し、親衛隊や警察がやったことを民衆のせいにすることができ、このときをもって異議申し立てや抵抗の機運は消えた。
ケストナーは、この夜タクシーに乗って帰宅する途中に、親衛隊の連中が「整然と計画的に」ショーウインドウを叩き壊しているのを目撃している。
タクシーを三度も止めようとして、その都度木の陰から現れた刑事警察にタクシーから降りるのを止められ、最後には運転手が「国家権力に楯突くことになる!」と叫んだ。

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一方でケストナーは、勝利者である連合国も、私たちと並んで被告席に座らなければならないと云う。
わたしたちのところで死刑執行人が大手を振って歩いていたとき、ヒトラーと手を結んだのはだれだ。わたしたちではなかった。政教条約はだれが締結したのか。調印された通商条約も数々あった。祝賀会に使節を送り、ベルリン・オリンピックに選手を派遣したのはどこだ。犠牲者でなく、犯罪者と握手したのはいったいだれだ。わたしたちではないぞ、偽善者諸君!(略)
(内的亡命者である)わたしたちに暗殺する能力がないと言って非難するのか。わたしたちの中のもっともすぐれた人たちを、言語道断な大量殺戮者の中のアマチュア殺人者だと言うのか。それはある意味、正しい。だがわたしたちに向かって最初の石をふりあげる権利はない!石はあなた方の手には属さない。それがどこに属するのか知らないのか。その石は歴史博物館でガラスごしに陳列されるものだ。ドイツ人によって殺されたドイツ人の数を示す、きれいに描かれた数字の横に。
本書の原題は「四五年を銘記せよ」だという。
銘記すべきことは山ほどあると思う。

訳 酒寄進一
岩波文庫


Commented by jyon-non3 at 2023-07-19 21:57
「新日本風土記」のご案内、心がしっとりと落ち着きました。

見逃しましたので、またいつか再放送でもあれば拝見出来ればと思いました。

私の大好きなケストナー・・について取り上げてらしたのですね。

反ナチスでいながら国外へ逃れなかったケストナー、強い人だなとは思っていました。

あのヒットラーに逆らって国内にとどまったなんて。

興味深いお話ご紹介ありがとうございます。
Commented by jyon-non3 at 2023-07-19 22:06
あ、チロルへ疎開していたことが在ったのですね。

その時に児童書なども書いたのかもしれませんね。
Commented by stefanlily at 2023-07-20 02:21
こんばんは、
ヒトラーはクリムト、エゴン・シーレと同じ美術学校を受験して3回落ちたとか。
もし才能があったならば…なのかどうかは分かりませんが。
ミラン・クンデラも亡くなりました。
映画の「存在の耐えられない軽さ」を公開当時に見てから、原作読んだのはつい数年前だったけど。
チェコスロバキアは旧ソ連、ロシアに相当痛めつけられてるけども、主人公2人が「アンナ・カレーニナ」を読んでいて、犬に「カレニン」と名づけるのは良いなあ、と。
ロシアの作家はあんな国だからこそ、出てきた才能でもあるので。
ところで熱中症かと思いきや、担ぎ込まれた内科でまさかのコロナ検査で陽性(白目)
皆様も猛暑の中、ご慈愛なさいませ
Commented by saheizi-inokori at 2023-07-20 14:21
> jyon-non3さん、どちらも面白かったです。
新日本風土記は好きな番組でたいてい録画して酒の友です。
Commented by saheizi-inokori at 2023-07-20 14:26
> jyon-non3さん、ああ、彼の年譜も載っていましたが、本を返してしまいました。
チロルでも正体がばれやしないかと小さくなっていたようです。
ベルリンからくるエライサンにバレないかと心配すると、相手が、敗戦後の事を考えて知らんふりをするだろうと答え、じっさいに知らんふりをしたことも書いてあります。
Commented by saheizi-inokori at 2023-07-20 14:28
> stefanlilyさん、ロシアの小説も読みたいけれど、手がまわりません。
つぎつぎに「こんどは俺の番だ」と新しい(出版されたのは古いけれど)本が登場します。
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by saheizi-inokori | 2023-07-19 12:52 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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