読んでも読んでも
2023年 06月 19日
身体に負担になるからと、控えていたトリミングを医者の許可を得て済ませたサンチがすこぶる元気だ。
反応が早くなって、若返ったようだ。
やはり毛むくじゃらは鬱陶しかったのだろう。
空いていたマンションの下の部屋に新しい人が入ってきた。
五戸のうち賃貸の二戸のその一軒だ。
ほとんど挨拶しかしない付き合いの、このマンションだが、それでも何となくその挨拶に親しさの濃淡があらわれる。
前に住んでいた若いカップルとは、わりと親しく、ときどき向こうから「あら、おしゃれですね~」みたいなお世辞もいただいた。
引っ越してから、しばらくして祐天寺を歩いていたら、旦那にあって「やあ、この辺にいるの」と言ったら「お~!こんなところまで来られるのですか」「いいや、ちょっと今日はバスで祐天寺を見に来たんだ」。
それからまたしばらくして、こんどは近所で、むこうから手を振って「やあ、こんにちは、きょうはね、上の坊や、タケちゃんとデートです」と笑う。
三階のタケちゃんのことだ。
ママがいない、と泣きながら我が家のピンポンを鳴らしたは幼稚園にも行ってない頃、いまは中学生、もう昔みたいに親し気に挨拶をしなくなった。
タケちゃんのお母さんともかなり親しい僕なのだ。
長野のゴールドとかいう、とてもうまいトウモロコシを、おすそ分けしたら、翌年に「あの、トウモロコシの名前、なんて言いましたっけ」と尋ねられて、こんどは僕がお裾分けをいただく程度の親しさ。
こんどの若い二人とも気持ちよく「おはよう」「おかえりなさい」といえる間になるといいな。
「流れは、いつか海へと」、読了。
早朝のマンハッタンへむかう地下鉄のなか、隣の若い娘が、ヘッセの「東方巡礼」を読んでいる。
二十代はじめ、会社勤めの恰好をしているが、中間管理職っぽいきどったところのない、学生アルバイトか、いかにも気さくな感じがしたので、私立探偵は声をかける。
でも、この娘、再登場はない。
南北戦争の前に奴隷を逃亡させるための組織があって、地下鉄道と呼ばれていた。
それを題材にした本を読んだことがある、ノンフイクションだったかフイクションだったかは忘れた。
(子供の頃の手裏剣)
反応が早くなって、若返ったようだ。
やはり毛むくじゃらは鬱陶しかったのだろう。
空いていたマンションの下の部屋に新しい人が入ってきた。
五戸のうち賃貸の二戸のその一軒だ。
ほとんど挨拶しかしない付き合いの、このマンションだが、それでも何となくその挨拶に親しさの濃淡があらわれる。
前に住んでいた若いカップルとは、わりと親しく、ときどき向こうから「あら、おしゃれですね~」みたいなお世辞もいただいた。
引っ越してから、しばらくして祐天寺を歩いていたら、旦那にあって「やあ、この辺にいるの」と言ったら「お~!こんなところまで来られるのですか」「いいや、ちょっと今日はバスで祐天寺を見に来たんだ」。
それからまたしばらくして、こんどは近所で、むこうから手を振って「やあ、こんにちは、きょうはね、上の坊や、タケちゃんとデートです」と笑う。
三階のタケちゃんのことだ。
ママがいない、と泣きながら我が家のピンポンを鳴らしたは幼稚園にも行ってない頃、いまは中学生、もう昔みたいに親し気に挨拶をしなくなった。
タケちゃんのお母さんともかなり親しい僕なのだ。
長野のゴールドとかいう、とてもうまいトウモロコシを、おすそ分けしたら、翌年に「あの、トウモロコシの名前、なんて言いましたっけ」と尋ねられて、こんどは僕がお裾分けをいただく程度の親しさ。
こんどの若い二人とも気持ちよく「おはよう」「おかえりなさい」といえる間になるといいな。
「流れは、いつか海へと」、読了。
早朝のマンハッタンへむかう地下鉄のなか、隣の若い娘が、ヘッセの「東方巡礼」を読んでいる。
二十代はじめ、会社勤めの恰好をしているが、中間管理職っぽいきどったところのない、学生アルバイトか、いかにも気さくな感じがしたので、私立探偵は声をかける。
「ヘッセの小説のなかに『ガラス玉演戯』という作品があって、読もうとしたんだが、結局おっぽりだしてしまった」地下鉄を降りるまでに、若き学究の電話番号を教えてもらう。
娘は顔をあげ、人違いかと思っているような目でわたしを見た。
「えっ?」
「『演戯名人』という副題がついている」
「ヘッセが好きなの?」
「『東方巡礼』と初期の『クヌルプ』を読んだ」わたしは言い、それから娘の目のなかの質問に答えた。
「わけがあって何か月か本が読めなくてね(注・冤罪で刑務所に入っていた)。それまでそんなに本が好きだったわけでもないけど、また読めるようになると、それからの五年間は本の虫だった。もちろん今も読んでいるけど、以前ほどじゃない」
「どうしてヘッセを読むようになったの」
「たぶん実存主義者の著作に影響されたんだと思う」
でも、この娘、再登場はない。
南北戦争の前に奴隷を逃亡させるための組織があって、地下鉄道と呼ばれていた。
それを題材にした本を読んだことがある、ノンフイクションだったかフイクションだったかは忘れた。
シテタン島のその地下鉄道の駅だつたところで悪党を拷問する。
凶悪な友人の手を借りて。
それで、その本のことを書いた記事を探そうとしたら、「流れは、いつか海へと」の記事に出遭った、去年の二月に読んでいる。→https://pinhukuro.exblog.jp/29831962/
「半日で読み終えるのに適したミステリだった。」と書いている。
どうりで後半は活字を追いかけるより先に、その内容が浮かび上がってきた。
この記事のなかに、煎餅の詰め合わせの写真が出ている。
じつは昨日も、似たような煎餅の詰め合わせを食べながら読んだのだ。
閉店する和菓子やが、カミさんにくれた煎餅を。
「半日で読み終えるのに適したミステリだった。」と書いている。
どうりで後半は活字を追いかけるより先に、その内容が浮かび上がってきた。
この記事のなかに、煎餅の詰め合わせの写真が出ている。
じつは昨日も、似たような煎餅の詰め合わせを食べながら読んだのだ。
閉店する和菓子やが、カミさんにくれた煎餅を。
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stefanlily at 2023-06-21 03:22
こんばんは、
ヘッセはシッタールダ(割と好きかも)を読んだかなあ。他にもいくつか。そんなに印象に残ってないのは、フランス、ロシア文学が強烈過ぎるからかもしれないです。真面目過ぎるからかな?
トーマス・マン「ヴェニスに死す」は好きです。映画も。
小説家が音楽家に脚色されてたけど、視覚的音楽的にわかりやすいですからね。
ヘッセはシッタールダ(割と好きかも)を読んだかなあ。他にもいくつか。そんなに印象に残ってないのは、フランス、ロシア文学が強烈過ぎるからかもしれないです。真面目過ぎるからかな?
トーマス・マン「ヴェニスに死す」は好きです。映画も。
小説家が音楽家に脚色されてたけど、視覚的音楽的にわかりやすいですからね。
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saheizi-inokori at 2023-06-21 10:05
> stefanlilyさん、子供の頃、「くるまわの下」と読んでずいぶん笑われた思い出があります。傷つけられたなあ。
「飽くまでも」を「悪魔でも」、「刻下の急務」を「国家の急務」と書いた時と同じくらい。
「飽くまでも」を「悪魔でも」、「刻下の急務」を「国家の急務」と書いた時と同じくらい。
by saheizi-inokori
| 2023-06-19 11:18
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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