必需品はなに?

きのうは早起きして少々手抜きで洗面所とトイレの掃除をして病院に、循環器内科の定例だ。
クレアチニン、ck、中性脂肪が高い。
血圧もじりじり上昇傾向、成人病の悪循環だ、憂鬱なり。
皮膚科の薬のせいかもしれない。

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病院の帰り、いつもと違うバスで等々力に出て、区役所出張所で都営交通の無料パスを更新してもらう。
新しい庁舎で、あっというまに用が済んで、出張所内のカフエでランチをとることにする。
メニューの数は少ない中でチキンピラフを食べる。

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飲物付きで750円、世田谷pay(7パーセント還元)も使える。
期待していなかったけれど、べたつかずさっぱりした味付けでうまかった。
ピラフなんて何年ぶりだろう。

隣りに小さな女の子を連れたママが来て、自分はビーフシチュウを食べながら、パソコンを操作し、向かい側に坐らせた子と話もしている。
女の子はいろんな色の粒々をカップからスプーンですくっては「おいちい」と、とてもかわいい笑顔、ママは、「そう、よかったね」といいながらビーフシチュウをすくう。
アップルジュースを飲みながら「孤児列車」を読み、立ち上がると、僕が入ってきたときにコーヒーを飲んでいた老人が、じっとまっすぐに座っていた。

ほんとのカフエによって、「孤児列車」を読了。
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モリ―のアメリカ史の授業で、課題が出る、その評価が三分の一の点になるのだ。
”陸路輸送”が重要なテーマだ。

その昔、ワバナキ族は、カヌーと、ほかの持ち物をすべて、水路から水路へ、陸を渡って運ばなければならなかった。だから、何を残して何を捨てるか、慎重に考える必要があった。彼らは身軽に旅するすべを身につけた。リード先生は生徒たちに、誰かにインタビューしなさいと命じた―両親でも、祖父母でもいい―自分の”陸路輸送”について、人生のなかで、文字どおりでも比喩的な意味でも、旅をしなければならなかったときのことについて、テープレコーダーを使い、先生が言うところの”聞き取り”をおこなう。
次の質問をして答えを年代順にまとめて物語に仕上げるのだ。

何を次の場所に持っていくことにしましたか?何を残してきましたか?大切な物についてどう考えるようになりましたか?
モリ―はヴィヴィアンにインタビューすることにする。

最初の質問は「あなたは魂の存在を信じますか?あるいは幽霊の存在を?」、「まあ、すごい質問ね」ヴィヴィアンは、そう言って血管の浮いたきゃしゃな手を膝の上できつくしめ、窓の外を眺める。
答えてくれないだろうと思った、その時、椅子から身を乗りださなければ聞こえないほど静かな声でヴィヴィアンが返事をする。
「ええ、信じるわ。わたしは幽霊の存在を信じます」
「幽霊は、、、わたしたちの暮らしのなかにいると思いますか?」
ヴィヴィアンは、はしばみ色の瞳でモリ―を見つめ、そしてうなずく。「彼らはわたしたちにつきまとっているわ」と言う。「先立っていった者たちなのよ」

小説の後半は、モリ―が聞いたヴィヴィアンの物語だ。
ヴィヴィアンはそれまで誰にも話したことがない、話そうとは思わなかった、孤児としての半生を語る。

里親の家で、食べるものもほとんどなく、水道も電気も家のなかのトイレもない家で、ひたすら4人の小さな子供たちの世話をして、ただ遠くまで歩いて通う学校とやさしいラーセン先生だけが救いの日々、雨漏りがする凍えそうな寝室で、シーツもかかっていない、さながら骨ばったスプリングの絨毯のようなマットレスに子供たちと寝ている9歳のヴィヴィアンは、7歳のころ故郷アイルランドでおばあちゃんの家に遊びに行ったときのことを思いだす。
その様子を読んでいると、胸が熱くなってくる。
その一部。
わたしは三本足のスツールにすわり、オーブンのなかで鴨肉の皮がたてるバリバリ、ジュージューという音を聞いている。そのあいだ、おばあちゃんはパイ皿の縁からはみ出した生地を切りとって、残った生地で中央に乗せる十字をつくり、全体に溶き卵を塗ってから、仕上げにフォークで刺して模様をつけ、砂糖をまぶす。タルトが無事オーブンにおさまったら、おばあちゃんが”いいとこ”と呼ぶ居間に移動して、ふたりだけで午後の紅茶を楽しむ。砂糖をたっぷり入れた、濃くて真っ黒なお茶に、スライスして温めたレーズンパン。おばあちゃんは、ガラス張りの戸棚に並べたバラ模様の磁器のコレクションから、ティ―カップを二個選び、おそろいのソーサーと小皿を取りだして、糊のきいたリンネルのテーブルマットに丁寧に並べる。窓にかけられたアイリッシュ・レースから、午後の日ざしが洩れてきて、おばあちゃんの顔のしわを目立たなくしている。
磁器のコレクションをこうして楽しむようなことは僕にはなかったなあ。

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優しい微笑と愛情でつつんでくれたおばあちゃんはヴィヴィアンの母とは喧嘩ばかりだった。
夫、おばあちゃんの息子が酒飲みで働かないことが直接の原因だったが、母自身も弱い人だった。
いつまでこの一家を養わなければならないのか、祖父は祖母を責め、けっきょく一家はアメリカに渡るのだ。
船のなかで死ぬ思いをして上陸したNYで、彼らの家は火事になり、三つの妹、6歳の双子の弟、父親が死に、母は病院に行って戻ってこない。
そこでヴィヴィアン、ほんとの名前はヌ―ヴは、孤児列車に乗せられたのだ。
そしてミネソタ州の小さな町で、労働力としてしか見てくれない里親の二軒目で、主人に襲われかかり、それを見つけた、寝ているばかりの女主人に追い出されて、夜の雪のなかを四マイルも歩いて学校に逃げ込む。
なけなしの持ち物をほとんど置き去りに、おばあちゃんはのくれたアイルランドのお守りと、さいしょの家で一人だけやさしかったファ二―が持たせてくれた裁縫道具だけを身につけて、100歩まで数えて、また最初から数え始めるようにして歩き続ける。

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ラーセン先生に救われてからのヴィヴィアンは、一転してすばらしい人々に出会う。
そして衰弱しきった体と肺炎を癒す。
体が回復するにつれて、心配になってくる。こんなことは続かない。そのうち追いだされるのだ。なんとかここまで今年を乗りこえてきたのは、そうせざるを得なかったから、ほかにどうしようもなかったから。でも、安らぎと慰めを知ってしまったからには、どうして元に戻れるだろう。そんなふうに考えると、絶望の崖っぷちに立たされる。だから意志の力で――無理やりにでも――考えないようにする。
この気持ち、僕にはよくわかる。
いいことがあったり、幸せが続くと、これはうたかたなのだ、すぐに元の生活に戻るのだ、と考えていたもの。

離れ離れになった母親や親せきがどうなったかを突き止めようとしないヴィヴィアンだが、モリ―は彼女がくりかえし立ちもどるのは、
人生において大切な人たちはずっと離れることなく、ごく当たり前の瞬間にもそばにいるという思いだ。食料品店にいるときも、どこかの角を曲がるときも、友だちとおしゃべりしているときも、彼らは一緒にいる。歩道から立ちあがってくる。わたしたちは、その存在を足の裏から喫いこむ。
持っていくのは、それだけでいいようだ。
毎朝僕が仏壇に手を合わせて、亡くなった人たちの名を呼んでいるのは、そういうことなのだ。



小説のなかでおばあちゃんが、バーンズの詩をアイルランドの古いメロディーにのせて、よく歌ってくれたアフトン川の歌、とあるけれど、これはスコットランド民謡(詩はバーンズ)ではなかったか。
僕はいつ覚えたのだろう。

訳・田栗美奈子
作品社
Commented by jyariko-2 at 2023-05-17 14:44
大切な人はずっと離れることなくそばにいる
誰も彼も大切な人が一人はいますよね
その一人に温められ助けられ暮らしているんですよね
誰にも知られたくない自分だけの大切な人
誰にでもいるんですよね誰にでもいて欲しいです
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-17 18:08
> jyariko-2さん、そういう人たちがそばにいると思えば辛くても生きられるのです。
Commented by jyon-non3 at 2023-05-19 07:55
とてもいいお話を朝から聞かせていただいた・・そんな思いがします。

この世の中は、様々な人生を生きる人たちでいっぱい。

私もさへいじさんの様に毎朝両親のお仏壇に手を合わせ、寝るときも両親は勿論、

色々だった義理の両親にも手をあわせ、逝ってしまったアントンにお休みを言うのが日課です。

動物たちも両親も何だかいつも傍にいてくれてる気がします。

私の心をぽっと暖かくしてくれるお守りです。(^^♪

さへいじさん、今日もいい日で在りますように。💐
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-19 09:47
> jyon-non3さん、ありがとう。
仏壇に手を合わせることで心が落ち着きます。
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by saheizi-inokori | 2023-05-17 13:09 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(4)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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