あゝ神保町

虎ノ門で用が思いがけず早く終わったので、久しぶりに神保町に行こうと思った。
スマホで調べると御成門から都営三田線で行くコースがある、いいね、変った道を歩いて行こう。
運動神経が鈍いのと方向音痴には相関があるのか、反対方向に向かって途中で気がついた。
落ちついて考えてみればわかるのに、思い込みで日比谷公園も見られるなあなんて考えていたのだ。

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愛宕神社、都内23区の最高峰愛宕山にあり、寛永三馬術(サンバじゃないよ)の一人、曲垣(まがき)平九郎がここの急な石段を馬に乗って上り、山上の梅を手折ってきた(家光のために)、それで曲垣が出世したという、講談で僕は小学校の頃から知っている。

ここには日本ではじめてNHKが放送を始めたところでもあって、放送研究所があった(今は放送博物館になっているのか)。
僕が今は亡き鉄道会館の社長をしているとき、東京駅構内の待合室に、全国各地の「今」を写す大画面を設置したいと思って、この研究所に山下所長(あの五つ子のお父さん・僕が千葉にいたときに彼も千葉支局長をしていた)を訪ねたことがある。
故郷の訛りが聞きたくて上野駅に行った石川啄木のような地方出身の東京人に、吹雪けぶる北国の駅前とか、ツクシが生える小学校の裏の川の土手などを、簡単に見られるようにしたい、それにNHKも力を貸してくれないか、と頼んだのだ。
まあ、ダメだったけどね、楽しい夢をみていたのだ。

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青松寺、「天皇の世紀」にもその名は出てきたような気がする。
反対側の歩道を歩いていたため、ちょっと寄ってみることもせずにスルーしてしまったが、境内に「獅子窟学寮」という学寮があって、それが駒込の吉祥寺の「旃檀林」などと統合されたのが(我が家の近くの)駒澤大学になったという。
こんどこそ、中に入ってみよう。

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芝公園があって、そこから公園=日比谷公園の近くという錯覚をしたのだった。

近くの日比谷線などを使わずに御成橋まで歩いたのは、変ったところを歩きたいというのと、もうひとつ、都営地下鉄だと身障者の無料乗車パスが使えるというケチ精神もあった。
せっかくの無賃パスも都営に乗らないからずっと使わないままでいた。
勇んで自動改札機にいれると、「この乗車券は使えません」だと。
係員に尋ねると「33・2・28」という有効期間は平成33年という意味だって、ああ、がっかり。
2033年まで、なんて思いこんでいた僕が頓珍漢なのだ。

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神保町も久しぶり、やはり大学に入ってすぐにナップサックを背負って「安い」本を買い出しにきたことが想い出される。
白川静関連の本を探して歩くと、ああ、古本屋ってこういう古典とか新刊では手に入らないような稀覯書を探すところなんだと改めておもう。
新刊本で簡単に手に入る、それも安易な通俗本をひたすら安く買おうなんてことばかりで、神保町を彷徨っていた自分がとても卑小に思われて古典書のズラッと並んだ書棚に気圧されるようだった。

「字訓」「字解」が、ともに3000円ちょっとで出ていたのに、そのどっしりと、物理的だけでなく重い字書を手にして、こんどはその3000円が惜しくて、これを買っても置くところがあるのかとか、これから何回利用するのかなどと消極的なことを考えて、古池や、かわずに出てしまった。
かたや白川静は僕と同じ年頃に一人でこの字書を作ったというのに、古本でも買おうとしない僕、つくづく縁なき衆生だと思う。

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神保町といえば、カレーライスをはじめ、ランチの聖地なのだが、手っ取り早く、立ち食いそばに毛の生えたような小さな店に入った。
石挽とあるし、うまそうだし、なにより腹が北山だった。
鴨せいろ、700円、これこれと自販機に千円札を入れてお釣りのボタンを押すと500円玉が二個出てきた。
そうか、鴨を押すのが先だったとコインを入れると、鴨が点灯しない。
あ、品切れかとかき揚げ150円を押す、そうか、コインをもう一個入れなくちゃ、と入れる、鴨せいろが点灯、後ろの客がイラつくように感じられて気も転倒、慌てて鴨も押す。
というわけで、鴨せいろとかき揚げという妙ちくりんな取り合わせになって、さらに「無料ワカメ」もケチだから乗っける。
鴨肉も蕎麦もかき揚げも、それぞれうまいといっていい水準だったが、それをごちゃごちゃにして食うのはまったく「粋」とはほど遠い。
これこそ62年前にナップサックを背負ってきた下駄ばきの僕の姿なのだ。

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二階に「小さなカフエ」があるという看板に誘われて階段を登ると、なるほどいい感じの店だ。
一人だからカウンターにかけてブレンドを頼むと、おや、煙草の煙が、喫煙オーケーの店だった。
えい、62年前なら僕もヘビースモーカーだった、と腹を決めて「自民党政治の変容」を読んだ。

1994年、細川が小沢一郎に同調して小選挙区比例代表並立制を導入して、日本型多元主義の時代は終わりを告げる。
そのあと、短期に終わった羽田内閣のあとをうけて出来た、自社さによる村山富市政権のときから橋本内閣を経て小渕内閣の途中までが、自民党がもっともリベラルな人々が力を得た時代だった。
自民・社会両党の若手を中心に「リベラル政権を創る会」が創られ、小沢一郎の強権的手法に反対し、「日本国憲法の精神を尊重」「近隣諸国との友好を深める」「軍事大国主義はとらない」を設立趣意書に書きこんだ。
そのメンバーには、自民党からは逢沢一郎、安倍晋三、衛藤晟一、小川元、川崎二郎、岸田文雄、熊代昭彦、白川勝彦、二田孝治、村上誠一郎、谷津義男が、社会党からは金田誠一、中尾則幸、伊東秀子などがいた。
あの衛藤が河野総裁の自社政権構想に賛成演説をぶった、それほどに野党でありつづけることに耐えられなかったのだろう。
しかし、自社さ政権も小選挙区比例代表並立制を覆すまでには至らなかった。
自民党内の保守派の揺り戻し、新進党(小沢)の進出などにより新進との保保連合を進める勢力と自社さ派の激しい対立が生じ、新民主党の結成は、小選挙区制において左との対決に舵を切らせる。
戦後50年の国会決議など、かずかずのリベラル派の実績は党内右派の不満を募らせる。
自自公連立・森内閣の不信任決議案をめぐって、党内リベラル派の中心となって自社さ政権の切り盛りをしていた加藤紘一が不信任案に賛成する(欠席)行動をとったことが、加藤の政治生命を閉じさせ、そのあと小泉の新自由主義政権を経て、党執行部は小選挙区制を武器に反対勢力を許さない。
加藤の側近だった岸田も大平以来の伝統をかなぐり捨てて軍国主義に邁進している。

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「自民党政治の変容」を読了して、さあ帰ろうと思ったが、車内で読む本がなくなったので、もういちど古本屋に戻って、文庫本を物色する。
ニーチェ「愉しい学問」、立花隆の本を読んでニーチェを読もうと思っていた、1200円、高いけれどそれだけのことはありそう、そうしたら福原麟太郎「命なりけり」も目に留まる。
福原も誰だったかの本で、読もうと決めていた、850円。
二冊もってレジに行くと、クレジットカードは三千円からです、といって、僕の顔をみて「でも、お持ちでなかったら結構です」というではないか、「うん、細かいカネ、、」もごもご言ってたらカードでやってくれた。
よほど金欠老人に見えたのだろう。

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(ミロンガの場所が変わっていた。神保町も再開発とやらがあるようだ。寂しい)

車内で、福原の「椰子林の中の学生たち」を読みながら帰った。
戦争末期、つぎつぎに学徒動員で召し出されていった教え子たちを偲ぶ、心にしみるエッセイだった。
850円、高くはなかった。


Commented by eblo at 2023-05-13 17:01
小銭なんか持たずカード決済だけの裕福なダンディーに見えたのでしょう。
20代の頃古本屋さん通りの、道路を挟んだ向かい側に勤めていました。
ドーナッツ、ショートケーキ、吉野家牛丼、パチンコ、田舎には無かったお店で初体験をしました。
今は、何であんなに美味しく感じたのが不思議です。
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-13 18:15
> ebloさん、優しい女性でしたよ。
職場が神保町なんてちょっと羨ましいです。
横浜で中華街の前で働いていたときはランチが楽しみでした。
名古屋では丸善書店の前、これも楽しかったです。
Commented by k_hankichi at 2023-05-13 19:17
あ、saheiziさんが神保町に来られた!
いやあ、そばの嵯峨谷は気になっていましたが、入ったことがありませんでした。システムが複雑そう。
喫茶店は、古瀬戸でしょうか。
ミロンガは、以前の場所の方が風情があってよかったですね。今のお店は昔の渋谷の風情です。
Commented by rinrin1345 at 2023-05-13 21:08
神保町に行ったら私は何の本をみて廻るのかなぁーあのお店と本に圧倒されて何も買わない様な気がします。
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-13 22:09
> k_hankichiさん、古瀬戸には入らず初めての二階の店に入りました。
ミロンガの通りが再開発されそうでがっかりです。
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-13 22:12
> rinrin1345さん、たしかに何か目標設定していかないと、疲れておしまいの可能性が高いですね。
でも心地よい疲れではあります。
Commented by stefanlily at 2023-05-14 01:48
神保町行きたいなあ
丸善の洋書の上に檸檬爆弾置く勇気は無いけども。
長崎の街でお洒落なマダムがタクシー乗ってはるなあ…思ったら佐田怜子さん(まさしさんの妹)でした。
芝公園は藤澤清三が凍死したのでしたね。没落弟子の西村賢太はタクシー内で編集者も同行…でしたっけ? 彼を高く評価した石原慎太郎の死去と近い時期でしたね。

村上君ホームラン! 本来の彼に徐々に戻ることでしょう。
バウアー投手はMLBで190試合かな?出場停止及び所属球団から違約金払ってお引き取り願ったとか。アメリカの方がピューリタン気質だからか、厳しいみたいですね。
Commented by at 2023-05-14 06:38 x
神保町で古本を買い、喫茶店で珈琲を飲みながら頁をめくる楽しみ。
それを新しい消費生活として確立したのが植草甚一でした。
私もときどきプチ植草しています。

Commented by saheizi-inokori at 2023-05-14 09:49
> stefanlilyさん、神保町は東京にしかないですね。
芝公園の凍死、西村の小説で読んだのだったか、晴天の五月の公園にはそんな陰はなかったけれど。
村上も、周りもほっとしているのでしょう。
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-14 09:50
> 福さん、それにはトートバッグが似合いますね。
Commented by ikuohasegawa at 2023-05-15 05:48
懐かしい神田。
3~4年行っておりません。
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-15 09:45
> ikuohasegawaさん、私もそれくらいぶりでした。
神田祭の映像をみて遠い昔を思い出します。
Commented by jyon-non3 at 2023-05-15 10:49
古書店好きです。(^^♪

たまに上京すると神保町に行きたいと娘達に言って行ったことがあります。

もし東京在住だったら年に何回かは行ったかもです。

もうずっと以前に鹿児島市内にある古書店を偶然見つけ、何故今まで気づかなかったのだろうと

ガッカリしたのを覚えています。

そこの店主の人もいい感じで味のある人でした。

そうそう、横浜時代、丸善でアルバイトしルミネだったでしょうか。

仲良くなったお友達に三渓園の近くに住んでいる方がいて、彼女はアテネフランセに通って

フランスへ行く資金を得るためにバイトしていました。

自民党はもう極右化していますね。

韓国の統一教会なしには当選しないという恥ずかしい事も受け入れ、リベラルの風も

止みましたね。

やはりこれからの人達には、心をしっかり持って見極める力を得て欲しいと思いますが。・・
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-15 12:04
> jyon-non3さん、その自民党にも自社さ政権のときのようなことがあった、そう思って絶望は止めです。
横浜のルミネは、はじめて駅ビルの仕事をすることになったとき、社長に教えを乞いに行きました。
それまでの駅ビルにない素敵な駅ビルに感嘆しましたよ。
古本屋、新本屋、どっちもどんどんなくなっていくのが淋しいの一語につきます。
旅先で小さな本屋に入る喜びなんてもう味わえないです。
Commented at 2023-05-16 21:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2023-05-17 09:31
> 鍵コメさん、どんどん変化していくのは日本らしいといえばそうなんでしょうが、淋しいですね。
無理せず更新してください。
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by saheizi-inokori | 2023-05-13 14:28 | こんなところがあったよ | Comments(16)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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