大江健三郎をもう一度

祖母の歌から。
吾が病めば水仕に荒るる吾娘の手を取りて嘆かむ人もあらなく
生涯独身で、盲聾唖の子どもたちの教師をした伯母と二人で暮らした祖母だった。
正義感が強い伯母のことを
心清き人を吾が娘とよぶことをこよなき幸せと世に生きてあり
ともうたった。
笑ったときはなんともいえない優しさが子どもの僕にも伝わった伯母だが、神経質で自分にも人にも厳しい人だった。
深夜、祖母の言うこと為すことが嫌で嫌で堪らないように、口喧嘩をして、寝たふりをしている僕はいたたまれなくなることがあった。
「告知」をしない時代だったが、誰かの不注意で自分がガンだと知って、「それじゃあ」と病床をかたづけて庭仕事をやり、キリスト教会の説教をした。
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母の句。
蘭展の熱気にコート脱ぎにけり

春の月校舎を攀(よじ)る松の影
JRにいたころ、東京ドームでやっていた蘭展を後援したことがあって、僕もセレモニーでナベツネなどと並んだ。
ジュデイオングが司会をして、宮様も来て、居心地の悪いことだった。
でも母が招待券を手にして大喜びで友達と見に行ったのが救いだった。
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大江健三郎が亡くなった。
彼の作品を読まずにずいぶん経ってしまった。
「飼育」を読んだのは高校生のときだったか、雑誌で読んだ記憶がある。
「死者の奢り」のホルマリンの臭いのしてくるような話も。
開高健との芥川賞受賞争い?とか、新聞などで(とうじの僕の情報源と言えばそれだけ)、「もてはやされた」作家に対するミーハー的興味に惹かれたのだ。

その後も、ずっと「芽むしり仔撃ち」「個人的体験」「万延元年のフットボール」「M/Tと森のフシギの物語」「みずから我が涙をぬぐいたまう日」「洪水はわが魂に及び」「同時代ゲーム」「燃えあがる緑の木」「取り替え子(チェンジリング)」などなどを読んできた。
それらの本のどの一冊も、今の我が家にはない、すべて処分してきたのだ。
物体としての書籍を処分すると同時に、そこで得た精神的なものも捨てては来なかったか。
そもそも彼の作品を、きちんと読んだのか、読めたのか。
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「捏造」によって死刑囚が造られ、自殺者が出て、真実を「捏造」とする捏造も行われ、、日本は崩壊しつつある。
ウソで作られる、ウソがはびこる社会はリアルな危機には無力なのだ。

大江健三郎的な発言や行動が『はやらない』『ウザイ』ものとされる。
易きにつくのだ。
ウソでもいい、今この時を安んじればいいのだ。
僕もその生ぬるい空気にどっぷりつかっていたのではないだろうか。

もういちど大江健三郎を読もうと思う。

Commented by vitaminminc at 2023-03-14 15:46
「個人的な体験」─私の大好きな作品です。
Commented by hanamomo60 at 2023-03-14 16:07
おばあさまの歌もお母様の句もいつも心に響きます。
ご隠居にはそのような伯母様がいらしたのですね。

辛夷がもう満開ですね。
秋田にも春が来ました。
今日初めて梅が咲いているのを見ました。
Commented by baobab20_z21 at 2023-03-14 18:38
私も高校卒業時から大学入学直後くらいの短い間に読みました。いわゆる初期の作品。飼育、死者の奢り、芽むしり仔撃ちの3部作。ショッキングだった気がする。
また書いてください。
Commented by saheizi-inokori at 2023-03-14 21:26
> vitaminmincさん、光君のことが書いてあったのか、うろ覚えだなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2023-03-14 21:30
> hanamomo60さん、父の姉、山梨と長野と離れていましたが、父のような役を果たしてくれたように思います。
今日は散歩で桜の咲き初めを見ることができました。
Commented by saheizi-inokori at 2023-03-14 21:33
> baobab20_z21さん、ショッキング、そうでしたね。ほとんど覚えていないけれど。
図書館に予約しました。
Commented by tanatali3 at 2023-03-15 06:37
正直なところ、ひとつも読んだことがなく、読んでも難解そうな印象がして、手つかずでした。一回、どれか読でから判断するべきですね。
Commented by at 2023-03-15 06:48 x
大江氏は「われらの時代」もそうですが、新世代の旗手といった感じのする方でした。
タイトルはコピーライトのようであり、見るだけで楽しい。
吉本隆明が「懐かしい年への手紙」という特異な作品を褒めていて(僕くらいだろうと述べている)、
「読めない小説」というものだから、と評しています。興味津々です。
Commented by saheizi-inokori at 2023-03-15 09:38
> tanatali3さん、時代によってずいぶん作風が違うように思います。
ユーモアもありますから、楽しんで読まれたらいいのではないでしょうか。
Commented by saheizi-inokori at 2023-03-15 09:40
> 福さん、難解な小説が多いけれど、部分的に面白いところもあるから読み通せた気がします。
Commented by suiryutei at 2023-03-18 14:10
「万延元年の・・」を今日から読み始めています。
Commented by saheizi-inokori at 2023-03-18 18:47
> suiryuteiさん、私が読んだのは六十年も前、すつかり内容を忘れています。代表作の一つですね。
読み直すつもりです。
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by saheizi-inokori | 2023-03-14 12:04 | わが母と祖母の遺したまいしうた | Comments(12)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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