鷗外の風流

初時雨というのだろうか。
時雨は「冬にさっと降って、さっとあがり、断続し、ときには、しばらく降りつづく雨のことをいう」と手許の歳時記にある。
さいしょ、今朝の雨は「冬の雨」かと思って調べたら、「冬の雨は気温が高いから降るので、感じは暗いが寒さはやわらぐ」とあって、小春日和になれた身にはそぐわない。
今、外を覗くと、やんでいるので、時雨だろう。
初時雨かどうか、おとといの夕方、さっと来たのが初時雨の栄冠に輝きそうだ。

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せっかく歳時記を取り出したのだから、二句ほど。
ちんば鶏たまたま出れば時雨けり   小林一茶
街道や時雨いづかたよりとなく   中村草田男

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鷗外は寿阿弥(真志屋五郎作)の手紙を読んで、その文才を高く評価し、その所以を「寿阿弥の手紙」で手紙を引用しながら説いている。
というより、そのためにこの作品を書きはじめて、つぎつぎに小溝や小径に分け入って、杖をとどめては佳景に見入っているのだ。

寿阿弥が両腕の打撲(うちみ)を、名医の聞こえ高い名倉弥次兵衛に診察して貰ったときの記述
はじめ参候節に、弥次兵衛申候は、生得の下戸と、戒行の堅固な処と、気の強い処と、三つのかね合い故、目をまはさずにすみ候、此三つの内が一つ闕(かけ)候ても目をまはす怪我にて、目をまはす程にては、療治も二百日余り懸り可申、目をばまはさずとも百五六十日の日数を経ねば治しがたしと申候。
を引いて「流行医の口吻、昔も今も殊なることなく、実に其声を聞くが如くである」と書いている。

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「寿阿弥の手紙」を生み出すきっかけとなった「澁江抽斎」のなかで、鷗外は、喜多村筠庭(ゐんてい)(江戸時代の国文学・考証学者、 江戸後期の風俗 百科事典 『 嬉遊笑覧 』の著者)が、寿阿弥の文才をけなすのに反論して、弥次兵衛の治療を受けたときに詠んだ狂歌、
研ぎ上ぐる刃物ならねどうちし身の名倉のいしにかからぬぞなき
を、蜀山等の作に比しても遜色がないという。
そして
筠庭は素漫罵の癖がある。五郎作と同年に歿した喜多静蘆を評して、性質風流なく、祭礼などの繁華なるを好めりと云ってゐる。風流をどんな事と心得てゐたか。わたくしは強ひて静蘆を回護するに意があるのではないが、これを読んで、トルストイの藝術論に詩的と云ふ語の悪解釈を挙げて、口を極めて嘲罵してゐるのを想ひ起こした。わたくしの敬愛する所の抽斎は、角兵衛獅子を観ることを好んで、奈何(いか)なる用事をも擱(さしお)いて玄関へ見に出たさうである。これが風流である。詩的である。
と断ずる。
ここにおいて僕は鷗外の風流、詩的に快く同意するのだ。
今では誰も使わないような難しい言葉や、知らない人や物事のことを、いちいち調べながら読んでいくと、さいしょは取っつきにくかった、独特の言い回しの呼吸になれてくるのか、その簡明が心地よくなる。
一読、解らなかった文章の意味が解った時も嬉しいのです。

Commented by tanatali3 at 2022-11-15 15:48
原文はこういう文体ですか。正直、慣れるまでちょっと時間がかかりそうです。でも馴れると、癖になって、書いてみたくなるかもしれません。(笑)
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-15 18:29
> tanatali3さん、ちょっとカッコいいと思います。
なかなか難しいけど。
Commented by tanatali3 at 2022-11-16 03:31
佐平治さん
申し訳ありません、冗談です。新字新仮名でさえ大変なワタシですから。

それから、「花も嵐も踏み越えて鉄道人生44年」拝読しております。
法科出身の方では?と推察していましたが、民営化される以前は、現在の官僚以上に難関の国鉄キャリア組。それを着飾ることなく、真摯に貫く人生は、読み手の心に沁み入ります。
Commented by at 2022-11-16 06:37 x
草田男の句、難解な草田男風ではありません。
日本中で見られる一情景を簡素な言葉で切り取ったもの、という感じです。
しかも凡百のものには出来ない、好きになりました。

鷗外の歴史小説に疎いため、草田男で書いてみました。
鷗外は巨峰です。
Commented at 2022-11-16 07:41
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-16 09:24
> tanatali3さん、読む人が読めばお笑い草の生き方でしょうが、恥を忍んで書きのこしました。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-16 09:25
> 福さん、巨峰なだけに、私如き者にまで、楽しみを与えてくれるような気がします。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-16 09:26
> 鍵コメさん、たまには歳時記を手に取ってみるのもいいですね。
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by saheizi-inokori | 2022-11-15 11:45 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori