東京も悪くない 「東京の情景」(池波正太郎)

カミさんの用に付き添って朝から外出、すばらしい青空だというのに、その下を歩いている僕の靴のみすぼらしさといったら!
拭いても落ちない汚れ、夕方の近所や落葉の公園の散歩では目立たなかったが、降り注ぐ光の中で都会のペーブメントを歩くと、汚れだけでなく履き心地の悪さまで感じて気分がめいる。

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(自由が丘駅前) 

いぜん、学芸大学を散歩していて、自分に合った靴選びの相談に応じるという看板が出ている靴屋に飛び込んで診てもらった。
膝が痛み、どうも靴の塩梅がよくないせいもあるのではないかと思っていたのだ。
薦められたフランス製の靴が、ぴったりで見た目もよかったのだが、それに僕に合った中敷きを入れると5万円にもなって、ちょっと買いきれずに口惜しい顔をしていたら、じゃあ、今履いている靴に中敷きを作って入れようということになって、それが2万円近くするのには驚いたけれど、それだけのことはあって、歩き方がかなり改善された。
それからもう4年以上も経って、僕の手入れがよくないせいもあって、こんな姿になってしまったのだ。

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カミさんの用事が済んだので、ひとりで学芸大学に行ってみた。
まっすぐ帰るのが惜しいので、散歩のつもりだったが、本屋を冷やかしたり、いつもと違う道を歩いて笹崎ボクシングジムなどを見ているうちに、なんとなくあの靴屋を探す気持ちになっている。
そうするとこっちだと思ったところになくて、だんだん本気になって、最後はスマホに尋ねたりして思っていたところの反対側に見つけた。

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こうなると、もうはなから軍門にくだっていて、まして靴屋の主人が僕の靴を中やら底やらチェックして、「ああ、ここまで履いたら、もう限界ですね」と言って、新しく出された靴、こんどはドイツ製を買う気になっている。
歯医者で治療用の義歯を作る話のときに、あと何年生きるか分からないから、新しく作るのはもったいないかな、と言ったら、先生が、「だれだって、新しい義歯が出来上がった途端に自動車事故にあうかもしれない、それこそ、一生もったってことです」といったのを思い出した。
膝の手術をする気になれば、靴代くらい、えいやっ!だ。
でも中敷きは新調せずに今使っているのをこっちに転用する(ちょっとすり減っているけど、靴の中だから見えないし)。

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古い靴に別れをつげて外に出る。
シンデレラ気分で、足が自然に前にでる。

蕎麦屋に入る。
セットものなんて品がないと思っていたけれど、蕎麦だけでは物足らない、あれもこれもの気分だ。
孤独の五郎になって、メニューをとみこうみ、「かつ丼と蕎麦」それとも日替わりランチの「茄子とイカの天ぷら、蕎麦、シラスご飯、味噌汁、小鉢、漬物」、迷った挙句に、後者にする。
しかも、ご飯を少なくとも言わず、食欲の秋だ。

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腰があって、ちゃんと蕎麦の味がする、からっとあがった天ぷら、新潟の新米とシラスのハーモニー(隣のおっさん醤油をかけてたけれど、それは美しくない)、ワカメと豆腐の味噌汁、スパゲッティだと思ったら切り干し大根のマヨネーズ和え、つけもん、どれもこれもウメ~のよ。
向かい側の男に「かつ丼と蕎麦」が運ばれてくる、見る、勝った、こっち大正解。

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ウメ~が口中で弦楽四重奏を奏でる、セットもの侮るべからず、学大の底力、ますます五郎になって、すべて完食する。
「すみませ~ん」、手をあげて蕎麦湯を所望、弦楽四重奏の終わりを優雅にしめる。
「おいしかったです」「よかった」とおばさん。

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バスを途中で降りて、駒沢公園の「いつもの木」に挨拶。

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前に来てから一週間も経ってないのに、紅葉がいっぺんに進んだ。

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近所のカフエは、久しぶりか。

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池波正太郎の「東京の情景」を読み終える。

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待乳山聖天の山裾に生まれ、兜町の株屋に勤めた池波の懐かしい情景、浅草、上野、佃島、谷中、兜町、、などのスケッチ30点に、その情景を語る短いエッセイ。
ユーモアとペーソスを感じる。

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スケッチは、池波のその情景に対する、なんともいえない優しい思いが伝わってくる。
1923年生まれの池波が1985年の東京で、失われた東京の名残りを探し、その変わりようを嘆く。
永井荷風が嘆き、池波が嘆き、、僕が嘆き、、東京は生きもののように変わっていく。
でも、長野で育った僕は荷風や池波のように、心に沁みついた東京はない。
そういう田舎者たちがよってたかって東京を変えてきた、東京が田舎者たちを餌にして変わってきた。

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あまり長居をせずに帰宅、サンチを膝に鷗外の小説、これも古い江戸や東京が舞台だった。

一万歩は何年ぶりだろうか。
自民党に押しつぶされる前に、せいぜい新しい靴で歩こう。

Commented by otebox at 2022-11-11 13:57
Welcome back Saheiziさま。気持ちよく歩ける靴に出会えてよかったですね。
無理はなさいますな…。(自分に言っております)
Commented by tanatali3 at 2022-11-11 14:52
一万歩はすごい!
フォーマルな靴でしょうか、膝が悪いなら、その投資はありですね、しかしドイツ製とは・・・。
アメリカは田舎者の集まりですから、結婚式以外は、もっぱらスニーカー。
東京はそうはいかないかぁ・・・ちょっと考えさせられました。
それに加えてそのランチセット。参りました。(~ー~;) 

Commented by saheizi-inokori at 2022-11-11 15:30
> oteboxさん、ありがとう。
ボチボチとね。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-11 15:32
> tanatali3さん、ウォーキングシューズです。現役時代の通勤に使っていた靴はもう履きません。
1100円、大奮発ランチです。
Commented by tsunojirushi at 2022-11-11 15:50
あ、この日お持ちのバッグもとても素敵。
ドイツの靴、病で足が痛み変形してゆく私にも救いの神でした。ヤコフォーム、ビルケンシュトック、フィンコンフォート、みんなドイツですね。高いけど、他の靴では足を入れることも出来ないくらい酷いときもあったので。
良い靴が見つかって良かったですね。
Commented by kogotokoubei at 2022-11-11 17:13
池波正太郎は『江戸切絵図散歩』で、由緒ある日本橋に高速道路を架けた“木端役人”に愛想がつきる、と書いています。
森喜朗が背後にいる神宮外苑の再開発と言う名の破壊が、始まろうとしていますね。
私も、愛想がつきます。

おや、蕎麦の横に熱燗がない(^^)

焼き味噌かなんかで、一杯やりたいものですね。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-11 18:24
> tsunojirushiさん、バッグはカミさんのお古です。
今日も散歩に履いてみましたが、軽々と歩けてルンルンでした。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-11 18:30
> kogotokoubeiさん、本書にも日本橋が出てきて、木っ端役人を恨んでいます。描きたくなかったけれど記録のために描いた、但し車は描かないと。
大衆的な蕎麦屋の昼飯時でしたから、酒は控えました。
Commented by pallet-sorairo at 2022-11-11 18:41
私も素敵なバッグに目が行きました。
こんなバッグを肩から下げている方を見たら
「あっ、saheiziさんだ!」と思ってそっと観察しよう!
なんて思いました。
そっれって失礼すぎるかしら(^^ゞ
Commented by at 2022-11-11 20:41 x
「江戸はもういけない」池波はそう書いておりました。
江戸とは川の近く、入口のこと。水の匂いがしないと粋じゃないんでしょうな。
でも、人工的に整序された東京の裏通りにある、
老夫婦で営む町中華、居酒屋、古本屋のある限り東京はいいんです!
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-11 21:26
> pallet-sorairoさん、どうぞ声をかけてください。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-11 21:33
> 福さん、せめて我々は江戸の良さを想像し続けること、それが江戸の生き続けることなのかもしれないですね。落語家の使命も大きいな。
Commented by Solar18 at 2022-11-12 00:13
母の口癖は「どんな安物の服を着ても、靴だけはちゃんとしたものを」でした。健康のためにも対人関係(足元を見られる)にも。

そのランチ、羨ましくてなりません。内容もお値段も。
Commented by ikuohasegawa at 2022-11-12 09:55
50年くらいしか歴史の無い街の住人ですから、たとえわずかでも江戸の香りがする東京に憧れます。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-12 10:30
> ikuohasegawaさん、明治神宮の樹の伐採など、野蛮が進行中です。
どうして同じものを守るということにならないのか残念です。
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-12 14:28
SOLARさん、現役時代はもう少しちゃんとしたなりをしていたのですが、今は楽チン安上がり志向です。
そちらからみたら日本の定食は安いのでしようね。留学中の孫はさぞや悲鳴をあげているでしょう。
Commented by olive07k at 2022-11-13 10:05

座布団 5枚♬
心に染み渡る程の 素敵なお言葉(佐平治さん ファンより)
Commented by saheizi-inokori at 2022-11-13 13:07
> olive07kさん、ありがとう、滑り落ちそうです。
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by saheizi-inokori | 2022-11-11 12:36 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(18)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori