何ごとぞ花見る人の長刀 都市対抗野球の思い出

逆流性食道炎はほとんど症状が亡くなったけれど、大事をとって土曜日の大掃除は延期しようと思って、酒も飲まずに、睡眠導入剤を飲んで寝たら、一度トイレに起きただけで七時過ぎまでよく寝た。
カーテンをあけると抜けるような青空、よく寝たせいか体調もよい。
これは何もしないのはもったいないと、洗濯機を回して大掃除もやり始めた。
仏壇、玄関、キッチン、トイレだけでもと思ったが、リビングの大きな窓をウタマロまで動員して磨いた。

便器を掃除して、洗面所のガラスやボウルを磨くのが最終コース、そばにおいたラジオからアリサ・フランクリンの魂に届くような声が聞こえる。
ゴンチチの今日のテーマは「届く音楽」、「ボクシング」という曲が相手に腕が「届く」といってかかったりする。
窓からはいる朝の空気と陽ざしを浴びて、蛇口がピカピカになる。
ああ、やってよかったとおもった。
明日に伸ばしたら、今夜の酒の味がまるで違ってしまう(今夜呑むのか、おい!)。

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日本シリーズのテレビを見ていると選手たちの閲歴が表示されて、オリックスの投手の田島、二塁手の西野など「JR東日本」という人が出てくる。
 
僕が国鉄やJRにいたころは、巨人にいった石川投手、阪神の赤星などがいたように思うが、赤字国鉄の頃はあまり名だたる選手を輩出しなかった。
むしろ野球部を続けていたのが不思議なくらいだ。

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ちなみにヤクルトスワローズは、1950年に「国鉄スワローズ」としてプロ野球に、8チームのしんがりとして名乗りをあげて、そのときに、今のようにセ・パ2リーグになったのだ。

国鉄スワローズは、東京鉄道局の元野球部監督を監督にしたが、強い選手をとることができず、プロ野球経験者は一人だけだったという。
それでも、初年度に最下位を免れたのは、あの金田正一が愛知・享栄商から入団して、快速球と大きなドロップを武器にして8勝を挙げてくれたのと、広島が13連敗して最下位になってくれたからだ。

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僕が高校の頃、我が長野高校の前身・長野北高出身の町田行彦がホームラン王になったりしたことは知っていたけれど、国鉄スワローズと言えば金田だけ、いつもビリ争いというイメージだった。
サードの宇野とかセカンドの箱田などと言う名前もかすかに覚えている。

僕が国鉄に入社した1965年に経営権を産経新聞社に譲り、「アトムズ」となった。
1970年にヤクルトが経営権をもち、73年末に「スワローズ」が復活。
78年に悲願の初優勝で日本一になって広岡監督が国鉄本社に挨拶にきたとき、僕は国鉄大合理化の真っただ中で、職員局にいて国労・動労・鉄労などの労組とくんずほぐれつの大苦戦をしていた。
泥沼にいる身からは、ユニフォーム姿の広岡のスマートさは際立って見え、別世界の人のようだった。

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(日体大)

話を戻して社会人野球の国鉄チームのこと。

いよいよ国鉄末期、僕は本社の貨物局にいて、先行き見通しのたたない貨物会社を作るという消耗な激務の中心にいた。

その時、我が懐かしき名古屋鉄道管理局の野球部が都市対抗野球の名古屋市代表となって後楽園にやってきた。
もちろん仕事をほっぽりだして応援に駆け付けた。

名古屋勤務のときの秘書や行きつけだったバーのママや名古屋臨海の人たちと、いい席に座っていたら、腕章をまいた男が来て、「そこにはまもなく杉浦総裁が来られますから、後ろに移ってくれ」という。
ムカッときて、よっぽど断ろうかと思ったが、いちおう上司でもあるので、我慢して後ろに移ったら、そこはそれなりに見晴らしがいい。

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目障りだったのは、応援席のあちこちに大きな幟が何本も立っていて、「国鉄を明るくする会」とか「明日の国鉄を創る会」のような文字が書かれている。
とうじ、仁杉総裁が辞表を出すとともにいわゆる”国体護持派”の役員のクビを取り、葛西敬之たちの改革派が実権を握って、動労や鉄労と組んで猛烈な国労つぶしを展開していた。
その過程で上記のようないろんな「会」を職場に作って、国労からの脱退を慫慂し、動労や鉄労ないしは新しい組合への加入を図っていた。

「何ごとぞ花見る人の長刀」とは、このことかと、せっかくの興趣を殺がれる思いだった。

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(サンチの病院)

しかし、両隣に座った懐かしい人たちが、喉の乾く間もなく次から次へと代わる代わるに生ビールを買って来てくれて、試合も三連続ホームランが飛び出すなどで宿敵・NTT(東日本だったか)を撃破して、そのあと水道橋駅近くの居酒屋に大勢で転がり込んでぐでんぐでんに酔っぱらうという、思い出に残る一日を過ごすことができた。

日本シリーズのテレビ画面で選手の経歴にJR出身とあると、ついあの日のことを思い出すのだ。
今、東京ドームにJR東日本が出場しても応援に行くことはなくなったから、彼らになんの馴染みもないけれど。

神宮外苑の樹を伐ったあと、こんなどこにもある、どんくさいものを作るのだという。
センスもないし、愚かでもある。

Commented by eblo at 2022-10-29 14:25
「葛西敬之たちの改革派」の個所で歴史の変遷を感じました。
現在様々な場所で民営化を進めているのは保守とそのブレーン。
暴れまくった青嵐会もあの当時は改革右翼。
今は日本全体が保守右翼政治になっている。
改革が成れば保守になる、それならやはり自民党長期政権は悪、入れ替わりが必要。
昭和は遠くなり明治は近くなる。
Commented by saheizi-inokori at 2022-10-29 16:23
> ebloさん、ちっとも進歩していないことは確かです。
Commented by ikuohasegawa at 2022-10-29 16:31
子どものころ、地元球団中日のファンでしたが国鉄スワローズをちょっと応援していました。
たしか、親父は球団維持費?を天引きされていたように思います。
Commented by りんご at 2022-10-29 18:20
すぐ上の絵コンテはホラーですね

政治家や企業は悪というのは楽だけど 
それを了とし取り巻く膨大な数の人がいる。。。こと 
こんなところに来る国民もわんさかいたりするのかな 世話ないです


Commented by saheizi-inokori at 2022-10-29 18:28
> ikuohasegawaさん、なんせ50万人からの職員数ですから、10円づつでも結構な額になったですね。いくらかは知りませんが。
Commented by saheizi-inokori at 2022-10-29 18:30
> りんごさん、それにしてももう少し考えて意味のあるものを作れないのかなあ。もうこんなものはいりません。
Commented by kogotokoubei at 2022-10-30 10:40
明治神宮外苑再開発には、岩沙元三井不動産会長が明治神宮総代になってから、急展開しました。
森や安倍も絡んでいます。
こういう悪事には、同じ悪党の名が登場します。
Commented by saheizi-inokori at 2022-10-30 11:47
> kogotokoubeiさん、神をも畏れぬ所行とはこういうことでしょうか。
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by saheizi-inokori | 2022-10-29 13:57 | よしなしごと | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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