ひとりひとりのなかに眠っているペレイラ 「供述によるとペレイラは、、、、」(アントニオ・タブッキ)

昼寝をしてしまったせいか、夜中に目が覚めて、いや、昼寝をしたのは一昨日なのだ、一日遅れて効き目がでるのは老化のせいか、一時半から5時くらいまで、スマホで「シャッフル睡眠」をやったり、柳田国男の「こども風土記」を読んだりして過ごした。
友だちの背中を叩いて、「鹿、鹿、角何本」と指の数を当てさせる遊び、僕は背中に字を書いてあてさせるのは覚えている。
手をつないで「かごめかごめ、籠の中の鳥は、、、うしろの正面だあれ」ってのもやったような記憶がある。
昭和16年に出た本、もう「今の子は知らないだろうが」親たちが懐かしがる、と全国に伝わる子供の遊びを、その来歴(多くは大人の神信心などのものまね)とともに語るのを読んでいると、洟垂れ小僧たちのイメージが浮かんできた。
うとうとしたあと8時前に起床、あんのじょう血圧が150になっていた。
きのう読了した、タブッキの「供述によるとペレイラは、、、」は、面白かった。
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供述によると、ペレイラがはじめて彼にあったのは、ある夏の日だったという。陽ざしは強いが風のあるすばらしい日で、リスボンはきらきらしていた。
1938年、ヒトラーがオーストリアを併合した年、スペインでフランコに対する市民戦争が始まった翌年、ポルトガルもナチスドイツの友好国となり、
社会主義者の馭者が馬車に乗っていたところを惨殺され、積んでいたメロンが血しぶきを浴びたというようなニュースを新聞に載せる勇気がだれにあったというのか。もちろん、だれもいないのだ。いまや国を挙げて人々は口をつぐんでいたうえ、口をとざすほかに手はなく、いっぽうでは人が死んだというのに、他方では、警察がわがもの顔でのさばっていた。ペレイラは汗びっしょりだった。それというのも、もういちど、死について考え始めたからだ。この街は死臭にみちている。彼は思った。ヨーロッパぜんたいが、死臭にみちている。
ペレイラは、30年務めた大きな新聞の社会部記者をやめてぱっとしない日刊紙「リシュボア」の文化面の編集長(といっても部下はいない)になったばかり、死について考えていたのは、
彼がまだ小さかったころ、父親が<悲しみの聖母・ペレイラ>という屋号の葬儀店をやっていたからだろうか、数年まえ妻が肺病で死んだからか、彼自身が肥満体で、心臓病と高血圧をわずらっていて、この調子だと余命はあまりないよと医者にいわれていたからか
その日、偶然に手もとにあった雑誌に載っていた”死について書かれた”論文に目が行って、その筆者に電話する。
有名人の追悼記事の予定原稿の筆者として雇うのだ。
どうもその筆者・若者とそのガールフレンドは、スペインの共和派の支援活動をしているらしい。
若者特有の図々しさに辟易しながらも、どこかで若者たちをほっておけない気持ちが無意識のうちにあって、迷惑をかけられるうちに、ペレイラは自分の今までの生き方が、何だったかと思うようになる。
バルザックの「オノリーヌ」の翻訳を「リシュボア」に無署名で載せたのは、そのテーマ「悔恨」にひかれたからだ。
ドーデの「最後の授業」の翻訳は読者には好評だったが、その筋からの注意を受けた編集部長は、こんごポルトガル民族の人を取り上げろと厳命する、「フランス万歳!」は許せないのだと。
ポルトガル民族なんていない、とペレイラ。

「供述によると」が多用され、なにやら不吉な予感が底に流れる。
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僕は「お茶を飲みに」、近くのカフエにいって読んでいたのだが、ひとりの女性客(うまそうにクロワッサンを食い、絵本と作曲についての本を読んでいた)に話しかけたくなる。
お茶を飲みにいった延長の気分にくわえて、小説の主人公に感情移入したからだ。
ペレイラの、孤独な魂をかかえて、だれかと話しをしたい、教えを請いたいという気分が伝わってきたのだ。
海辺の海洋療法クリニックの医師が、「スーパーエゴを捨てて、新しい主導的エゴに従え」「哀惜を消化して、過去の生活に別れをつげて、現在に生きよ」とアドバイスする。
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息をつめて読ませる。
スリル満点の映画のようだが、映画ではそのスリルは伝わらないだろう。

翻訳した須賀敦子がこう書いている。
息もつかせないのは、小説家としてのタブッキの緻密な構成が功を奏しているからだし、ペレイラという、<ごくふつう>で、いたってたよりない人間の物語を、ふだん私たちが<政治>ということばから受ける印象とはうらはらに、あまりにも日常に近いところで、誠実に、自然で、暖かい論理に沿って、語り進める作者の腕まえが冴えているからだ。そして、私たちひとりひとりのなかに眠っているぺレイラが、ページを繰るたびに、困りはてたようにぶつぶつとつぶやくのが聞こえるような気がするからだ。
困りはてたペレイラは、あげくの果てにどうしたか?
僕は力づけられた。
その挙句、どうするか、やはり困りはてるのだろうが。

Commented by doremi730 at 2022-09-20 16:46
それで、、、
その女性に話しかけられたのですか?
Commented by kogotokoubei at 2022-09-21 06:55
惜しい切れ場!
早く次の記事が読みたい^_^
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-21 09:45
> doremi730さん、いいえ、居酒屋ならともかくカフエではとうていそんなことを実行できません。思っただけです。
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-21 09:47
> kogotokoubeiさん、小説の紹介はこれでおしまい、ぜひお読みください。
カフエの衝動もそれきりでした。
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by saheizi-inokori | 2022-09-20 11:06 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(4)

ホン、映画・寄席・芝居、食べ物、旅、悲憤慷慨、よしなしごと・・


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