文字を覚えたら、世界がこんなに美しいとは思いませんでした

きのうは歯科医、義歯をかぶせた歯が二本、虫歯でダメになっていたのを取って、そのかわりに、別の仮の義歯を二本、それは別の義歯の支えで、ダメになった歯にひっかけていた金具にくっつけて作るのだ。
一時間ですべて完了、「早いですね」「ええ、がんばりました」。
金具にプラスティックの義歯をとりつける接着剤は、先生のグループの世界的発明なのだそうだ。
多くの発明にありがちな、ちょっとしたミスからの気づきが発端だったという。
もう少し聞くと遅くなりそうだし、化学物質の名前をいくらきいても分からないので、お礼をいって立ちあがったら待合室には、次の患者が待っていた、午後7時過ぎだ。
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時間なので、久しぶりに三茶で晩飯を食って帰ろうと思って、道すがら、昼には目に留まらなかった居酒屋などを物色するが、よさげな店は若い子たちでいっぱい。
5年以上も前に白内障手術の後禁酒のときに蕎麦を食って、ああ、熱燗で一杯飲みてえ、と思った蕎麦屋に入ってリベンジを期すことにした。
あの時、呑みたくなったのは、隣の席の男が「牡蠣の炒めたの」を肴にしているのをみたからだが、まだ早いのかメニューにはない。
時間をかけて眺めたが、どうもこれこれ、というものが見つからない。
板わさもいいかな、と思うが600円とかいう値段に尻込みする。
その値段の割に大した蒲鉾は期待できなさそうな気もする。
「八海山」「大七」の二種類あるうち福島の「大七」を燗で、茄子の辛子漬け、天ぷら蕎麦の天ぷらを先にと、呑み始める。
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うむ、どれもまずいということはないのだが、久しぶりの蕎麦屋酒の感動がいまいち、期待値が大きすぎたか。
一合の酒はあっという間に終わって、もう一本というところで、880円という値段を気にする。
家で飲めば200円足らずで吞めるのだ。
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けっきょく蛇の生殺し状態で帰宅、ヒキコモリになってからケチになった、思っていたよりも長生きしたからか。
佐伯一麦「Nさんの机で」、読了。
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後半は、花や木、食べ物などにからまる思い出が多くなった。

花や木を愛するのだが、その花や木にかかわる人の思い出を大切にする。
なにごとも丁寧にして生きるところが、僕にはまねのできなかったことだ。

山形の職人Nさんに作ってもらった机をどう置くか、壁際に置くか、窓や壁を背にして部屋の真ん中に置くか、それによって作家の性格や作風も窺えるような気がすると書き、徳島で開かれていた「庄野潤三の世界展」をみたら、庄野も樹木が多く、鳥の餌台もある庭に向かって座っていたので、庄野さんの文学に対する親近感が増したという。

僕も現役時代に、部下に背をむけて窓に向かって座るようにしていた。
窓の外に景色なんか見えないことの方が多かったけれど、そうやって座っていると人がやって来た時に、くるりと椅子を回せば、その人にも座ってもらって話ができるのが気に入っていたし(壁を背にしていると、相手を机を挟んで立たせたまま話をするようになりがち)、仕事をする部下たちとずっと対面しているのが好きではなかった(部屋も広く使えたと思う)。
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いろんな遍歴の末に原稿はパソコンで書くという佐伯が、今でもブラインドタッチとは程遠く左右の中指だけをつかって入力している、という。
僕は、左右のいろんな指(親指を除く)でいつもめちゃくちゃな入力だ。

何事も四季を経てみないと理解できない。

どんな事があってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、生き通して行く精神(広津和郎)。

その道で一級の人たちは、自分をその道の専門家だとは思っていない。一級の人は、自分のやっていることを、自分の人生だと思い、話をするときは、自分の人生の話をする(大庭みな子)。
自分の仕事はそのまま自分の人生となり、話をするときは自分の人生の話をする。それは、貧すれど鈍せずに生きぬくための職人の知恵のようにも思われた(佐伯)。

「あるおばあさんが、文字を覚えたら、世界がこんなに美しいとは思いませんでした、と言ったって言うんだ。僕はこの話が好きでね。心が弱ったときなんか励まされるような気がするんだ」(日野啓三)
ほかにもいろいろ覚えておきたいけれど、それは無理だし今さら覚えてもしょうがないことでもあるので、繰り返して読んで味わっておきたいような言葉が多かった。

Commented by stanislowski at 2022-09-17 15:27
今日の私は広津和郎氏の言葉が身に沁みます。苦手なことには身体が硬直し、そして流されるように物事を悲観してしまう自分は未熟ですね....
Commented by doremi730 at 2022-09-17 18:14
>窓に向かって座っていると人がやって来た時に、くるりと椅子を回せば、
>その人にも座ってもらって話ができる

なんて素晴らしい!!皆さんに慕われていたのは、そういう気遣いもあったのですね
Commented by 20070707open at 2022-09-17 20:00
外食や外飲みの値段を気にするのって、ある意味湯水のようにお金を使える人にはわからない幸せだと思います。
文字に限らず些細なことを知ったことで世界が明るく美しいものに変わるって、それも何もかも満たされた人にはわからない幸せですよね^^
Commented by jyon-non at 2022-09-17 20:47

「あるおばあさんが文字を覚えたら」

 の下り・・胸がいっぱいになりますね。💐
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-17 21:24
> stanislowskiさん、お察しもうしあげます。生きていればそういう時は避けられないとおもいます。少しずつ閾値が上がっていくのかなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-17 21:25
> doremi730さん、机をまわって前にでてくるのが面倒だったのですよ。
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-17 21:28
> 20070707openさん、そちらのブログが大好きなのはそういうことです。
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-17 21:32
> jyon-nonさん、この年になってもう一度文字(言葉)を覚えて、世界の美しさを味わえる幸せを感じています。
Commented by rinrin1345 at 2022-09-18 10:14
saheiziさんの上手いと唸らせるお店、星を付けたいですね
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-18 12:21
> rinrin1345さん、口内が何時も違和感でもう味覚も衰えた上に、食べ歩きもしなくなりました。
以前の記事にはいろいろのっけていますが。
Commented by kogotokoubei at 2022-09-19 09:10
文字を覚えたら、のおばあさんの言葉が、強く響きます。
やはり、教育の基本は、読み・書き・そろばん、ですよね。
学校で投資の授業なんて、論外。
佐平次さんと、蕎麦屋で呑める日は、果たして、いつになるか^_^
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-19 09:49
> kogotokoubeiさん、なかなかそういう気分になれませんね。
どうしちゃったのかな。
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by saheizi-inokori | 2022-09-17 12:56 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(12)

ホン、映画・寄席・芝居、食べ物、旅、悲憤慷慨、よしなしごと・・


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