失われた自由・平等の空間

秋晴れは今日まで、というのでシーツとタオルケットを洗った。
明日はもう土曜日、大掃除の日と思うとちょっとブルー、現役時代とは逆だ。
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ここ数年は視力が回復したのか、普通の活字だとメガネなしで本を読んでいる。
でも「小楢」を「小僧」と読んで、先に行っておやおかしいと思うようなことは多い。
やはり視力は落ちているのだ、文字の姿で「らしい」字を思い出して「読んで」いるのかもしれない。
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「くらしのアナキズム」の続き。
国家なき社会の政治リーダーは、気前よく分け与えることが求められていた。
富や権力を独占しないということだ。

中世のヨーロッパの「市場(いちば)」は、都市に食料を供給するために保護された農漁村の一帯に零細な生産者、仲買人、運送業者などの自由な活動が保障され(専門商人の活動は圏外に制限され)、市の日は、薬売り、占い師、軽業師、芸人、賭博師などさまざまな人びとが集まる非日常の祝祭空間であった。
日本の中世にも、自由と平和が保障された「無縁所」「公界」としての市場があった。
公界には堺や博多、桑名などの自治都市もあり、駆け込み寺の役割も果たす楽市場もあった。
市場は神仏の支配する聖なる場で在り、世俗の主従関係から切り離された無主の地であることが多かった。
無縁の場・自治都市・海村では女性の果たす社会的役割も大きかった。
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これらの、元は人々の手によって築き上げられてきた自由で平和な自治の空間は、やがて国家統治に組み込まれ、支配のために利用される。
ヨーロッパにおいても日本においても、市場内部から生まれ成長してきた資本主義的な動きが国家と連携し、自由で平和な空間を変質させた。
そこには富や権力を独占しようとするリーダーが現れる。
市場も、都市も、そのままでアナキズム的な空間になるわけではない。市場や都市という自由・平等・自治の空間を維持するには、国家や商業資本と距離をとると同時に、その独占しようとする力が内部から生じないようにする必要もあった。
民主的で自由・平等な自治の空間をつくる。それは、いかにして可能なのか。
(つづく)
Commented by PC-otasukeman at 2022-09-16 15:47
パソコンお助けマンです。
9月16日「マイナンバーカードで2万円」と題して国のキャンペーンについて投稿しました。
是非ご覧頂きご家族やお友達の皆さんで話題にして頂ければ幸いです。
Commented by saheizi-inokori at 2022-09-17 10:55
> PC-otasukemanさん、拝見しました。私も登録しましたよ。
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by saheizi-inokori | 2022-09-16 11:00 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(2)

ホン、映画・寄席・芝居、食べ物、旅、悲憤慷慨、よしなしごと・・


by saheizi-inokori
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