慈悲の平等 「歎異抄」

もう少しの辛抱だぞ、がんばれよ!
しおたれた紫陽花に声をかけてきたのに、なんだい、ほとんど降らねえじゃねえか。
しょうがないからシーツとタオルケットを洗濯したぞい。

きのう、紫陽花たちを激励して帰ってきたら、玄関で三階の奥さんとばったり、「あのゴールドラッシュ、注文したから送ってきたらおすそ分けしますね」という。
せんじつ会った時に、あの美味しいトウモロコシ、何て言いましたっけ?取り寄せようと思うのです、きょねん友人が送ってくれた信濃町のトウモロコシをタケちゃんにおすそ分けしたのを、ことしも食べたいのだそうだ。
それで僕がブログで調べて、ゴールドラッシュという名と「熱湯で七分間茹でて、アチチと言いながらラップして、、」という食べ方もメモして玄関のノブにぶら下げておいたのだ。
「あ、そうそう、佐平次さんはお酒お飲みになりますか」という。「浴びるほど」と答えると「あの、お酒もらって頂けませんか、うちのは呑まないものですから、頂き物を」と「やあ、それは嬉しい、頂きます」。
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というわけで昨夜の晩酌は、純米直汲み無濾過生原酒・朝しぼり「天青」、晴れるわけだあ!
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きのうは車谷長吉の「漂流物」を読了して、車谷の「業」に辟易して、そして僕自らの「業」にも思いをいたし、いぜん買ったままになっていた、「歎異抄にであう」を読みだした。
見るともなく見たNHKテレビで、阿満先生が親鸞の教えを説いているのを聞いて、心がひきつけられてすぐにテキストを買ったのだ(テレビを見るつもりはなく)。

自らを「無宗教」だという人にこそ歎異抄は「人生の大きな物語」を教えてくれるという。
弟子の唯円(歎異抄を記した)が「念仏を申しても喜びの心は湧かないし、いそいで浄土に参りたいとも思わない」と訴えると、親鸞は「私も同じだ」と答える。
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阿弥陀仏は万物の創造主として万物に君臨する存在ではなく、私を仏たらしめようと具体的にはたらきかける「作用」なのだ。
「南無阿弥陀仏」という「名」あるいは「音」(声)になっている仏で、阿弥陀仏が存在するのは、私が「南無阿弥陀仏」と口で称えるときだけなのだ。
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教科書で勉強した「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」の悪人とは「煩悩具足、自力では往生できない」僕のことなのだ。
若い頃、先日亡くなった葛西敬之(元JR東海会長)と酒を飲みながら「君は自力本願か」と訊ねられて「他力本願だ」と答えたら、軽蔑する目で「俺は自力救済だ」と言われたことを思い出す。
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阿弥陀仏は、なぜ「もっぱら仏の名を称える」という「行」を往生の本願として選び取ったか?
法然は「選択本願念仏集」の中で次のように言っている。
阿満教授の現代語訳で届けよう。
だから、はっきりと分かる。念仏は実践が容易であるがゆえに、一切の人々に通用する。諸行は実践が困難であるがゆえにすべての人々に通用することができない。しかれば、一切衆生をして、平等に往生せしめんがために、難しい諸行を捨てて、称名念仏の容易な行を採用して本願とされたのであろう。もし仏像を作り、塔を建てることをもって本願とされたならば、貧窮困乏のものは定めて往生ののぞみを断つことになろう。しかも、世には富貴のものは少なく、貧賤のものは極めて多いではないか。もし、智慧や優れた才能をもって本願とされたならば、愚鈍で智慧の劣ったものは、定めて往生ののぞみを断つことになろう。しかも、世には智慧あるものは少なく、愚かで道理が分からぬものははなはだ多いではないか。(中略)
だから阿弥陀如来は、法蔵比丘であった昔、平等の慈悲心に催されて、あまねく一切の衆生を救うために、造像起塔等の諸行をもって、往生の本願となされなかったのである。
ただ、称名念仏の一行をもって、その本願となされたのである。
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このような教えは、既存の仏教観を覆し、政治権力とも相いれない。
だから、蓮如は「歎異抄」を秘匿した。
「歎異抄」が日の目を見たのは、明治時代の日本初の宗教哲学者といわれる清沢満之が、自分の求道を支える書として推奨したことによる。
「歎異抄」は「新しい古典」なのだ。

Commented by aba-n-c at 2022-07-06 12:07
宗派は違いますが、大学生の頃に読みました。
Commented by eblo at 2022-07-06 12:41
若い頃に父母を安心させようと墓を建てることにしましたが、子ども時代から寺との縁が深い父母の世代には公園墓地は無理、知り合いの石屋さんに相談して紹介されたのが浄土真宗の寺でした。
住職さんの説教を何度も聞きましたが、死んだ後は全て仏様、位の上下はないという話に少し宗教観が変わりました。
そして「南無阿弥陀仏」と唱えるのは「私が死んだら全てを仏様にお任せしますという意味で、それを心から唱えられるようになることだ」というのは私には無理でしたが、「一生懸命生きることが同じ意味だ」と言われて納得できました。一生懸命生きていれば死後の心配をしなくていいんです。死んでも札束を話したくない人たちが「門徒もの知らず」とバカにするわけです。
Commented by 5274 at 2022-07-06 14:33 x
鰻の寝床です。極難信の法です。素晴らしい了解です。脱帽です。

Commented by saheizi-inokori at 2022-07-06 17:51
> aba-n-cさん、私はこの解説書だけ、本文を全部よんでないのです、まだ!
Commented by saheizi-inokori at 2022-07-06 17:53
> ebloさん、本書によれば、死なないでも念仏の効果はあるようです。
本気で納得して称名するならですが。
Commented by saheizi-inokori at 2022-07-06 17:54
> 5274さん、解説を引用しただけですから。
Commented by rinrin1345 at 2022-07-06 18:54
蓮如が歎異抄を秘匿したとは知りませんでした。現代語訳、成る程と思います。
Commented by 5274 鰻の寝床 at 2022-07-06 22:43 x
領解(りょうげ)の間違いでした。引用でしたか。すべて親鸞聖人の思想、すなわち歎異抄のエキスといえます。他力本願の意味するところは、一般の理解とは違いますので葛西さんの誤解です。人は皆、親鸞聖人によれば悪人です。
Commented by saheizi-inokori at 2022-07-07 09:20
> rinrin1345さん、蓮如はそうして教団を大きくしました。
弾圧と誤解(信者の)を恐れたらしいです。
Commented by saheizi-inokori at 2022-07-07 09:21
> 5274 鰻の寝床さん,NHKのテキストです。
Commented by unburro at 2022-07-07 10:33
清沢満之、懐かしい名前です。

清沢が初代学長だった大学で、宗教を学んでいた頃、
先生たちの多くが、清沢満之の孫弟子で、清沢の話をよく聞きました。
鈴木大拙も清沢満之と同世代、この2人が活躍していた時代のことを思うと
ワクワク、ドキドキ、興奮したものです。
私が、何かにつけてアナーキーであるのは、その頃「歎異抄」を読んだからだと思います。
細部はすっかり忘れてしまいましたが…
Commented by saheizi-inokori at 2022-07-07 16:13
> unburroさん、そうだったんですか、清沢満之を知らなかった私のはるか彼方を疾走しておられたのですね。
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by saheizi-inokori | 2022-07-06 11:51 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(12)

ホン、映画・寄席・芝居、食べ物、旅、悲憤慷慨、よしなしごと・・


by saheizi-inokori