それを言っちゃあ 三島由紀夫vs.東大全共闘

1969年5月13日、東大駒場900番教室で行われた「討論 三島由紀夫vs.東大全共闘」。
難解な哲学的論争、ほんとにこの人たちは理解し合って議論しているのかと、ついていけない僕はちょっと寂しくもなりながら、それでも議論の真剣さ、切迫感は伝わって来る。
討論が始まって、二時間余、ページ数で60頁ほどのところで、全共闘Hが
(前略)三島氏の観念をより超越的なものにするのにはぼくたちが天皇と言おうが言うまいが、三島氏が天皇と言おうが言うまいが、別にぼくたちとともにゲバ棒を持って現実にぼくたちの間に存在する関係性、すなわち国家を廃絶すべきではないか。大体ぼくの論理はさっきから一貫していると思うのです。で、それを答えてもらいたいと。
というと、三島は
それは論理は確かに一貫しているけれども、ぼくは論理のとおりに行動しようと思っていない。つまり意地だ、もうここまで来たらだね。(笑、拍手)これはあなた方に論理的に負けたということを意味しない。(笑)つまり天皇を天皇と諸君が一言言ってくれれば、私は喜んで諸君と手をつなぐのに、言ってくれないからいつまでたっても殺す殺すといってるだけのことさ。それだけさ。
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これ以前の討論において三島が、三島のいう天皇は右翼の儒教的天皇観(統治的天皇)とは全く異なり、「昔の神(かん)ながらの天皇」をさして、そういう流れをもう一度再現したいと語って、自分は日本人としての限界を抜けたいと思わないと語っている。
全共闘Hは、三島は、そういう「観念性として超越するところの天皇(同時に民衆の中に集約された幻想でもある)」と現実の今上天皇を無媒介的にくっつけるところに三島の曖昧さ、欠陥がある、と言いたいし、三島(人間天皇から銀時計を下賜された)はたしかに天皇という名辞を捨てるわけにはいかないのだ。

解放区というものは一定の物に瞬間的にその空間に発生するものであって、そこには時間も関係もない遊戯だ、といって革命の持続性を考えようとしない全共闘も、日本の天皇に絶縁状をたたきつけることもできない三島も御名御璽だ。
しかし僕たちは、彼らを嘲笑うことはできない。
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本書には、三島が腹を切る3か月前に武田泰淳とした対談も収録されている。
それは、二人の文学や社会についての見方が率直に示されてとても面白いのだが、このなかで
(三島)僕はいつも思うのは、自分がほんとに恥ずかしいことだと思うのは、自分は戦後の社会を否定してきた、否定してきた本を書いて、お金もらって暮らしてきたということは、もうほんとうに僕のギルティ・コンシャスだな。
(武田)いや、それだけは言っちゃいけないよ。あんたがそんなことを言ったらガタガタになっちゃう。
(三島)でもこのごろ言うことにしちゃったわけだ。おれはいままでそういうこと言わなかった。
(武田)それはやっぱり、強気でいってもらわないと、、、。
(三島)そうかな。おれはいままでそういうこと言わなかったけれども、よく考えてみるといやだよ。
(武田)いやだろうけど、それは我慢していかないと、、、。
さらに三島は、ひとまわり以上年上の泰淳和尚に甘えるがごとくに、繰り返し、もう嫌だ、書けないと言った挙句に
(三島)しかし僕は、それは絶対文学で解決できない問題だと気がついたんだ。まあ頭は遅いけど。
と言って、そのあとの三島の言葉だけ拾うと、
〇 今の日本じゃ、非常にヨーロッパ的になったんです。つまり、ものを書く人間のやることだから、決定しないですむんだという考えがある。僕はとってもそれがいやなんだよ。
〇 僕は、学生が東大で提起した問題というのは、いまだに生きているとおもっているけれどもね。つまり、反権力的な言論をやった先生がね、政府からお金をもらって生きているのはなぜなんだ、ということだよ。簡単なことだよ。(武田は、何かもらわなきゃ生きていけないからね、といなす)
〇 つまり、否定することに対する喝采というのは、僕は全部嫌いになったんだよ。
武田も三島も一致して、「いいことを言ったらいい人間」現象を忌避している。
僕としては、ますますテキトーなことを書けなくなってきた。
それを言っちゃあ 三島由紀夫vs.東大全共闘_e0016828_12123945.jpg
800頁ちかい、寝ころんで読むのが大変な本だけれど、もう少しいろんな人との対談を読んでみよう。

Commented by baobab20_z21 at 2022-06-22 12:39
ご紹介ありがとうございます。
三島には生きててほしかった。踏ん張ってほしかったと思いました。
Commented by Solar18 at 2022-06-22 13:58
この会話を読む限りでは、お二人の「議論」はただの空論のように思えるんですけれど、、、。
Commented by saheizi-inokori at 2022-06-22 15:02
> baobab20_z21さん、でも生きていたら、それを後悔するのじゃないかな、彼は。
Commented by saheizi-inokori at 2022-06-22 15:04
> Solar18さん、三島由紀夫がもう書き続ける気が起きないと、愚痴みたいなものを言って、それを先輩和尚がなだめているのですから、空にも何にも、論ではないですね。
Commented by fusk-en25 at 2022-06-22 19:46
考えることと。
実際に手を下して何かをすることとの距離が。
短けれな短いほどいいのでしょうが。。
なかなかそういうふうにはならずに。
結局は「言うだけやないか」の虚しさは(三島の?)わかるような気がしても
やっぱり「わかるだけ」と言うのも言うだけやな。
と言う気がします。
Commented by saheizi-inokori at 2022-06-23 08:24
> fusk-en25さん、ほんとにわかっているのか?という意味ですね?
それは、たしかにほんとにはわかっていない私です。
しかし、、どうなんだ、おい!の私です。
Commented by ikuohasegawa at 2022-06-23 09:00
「花も嵐も踏み越えて鉄道人生44年」が終わってしまい残念です。
楽しませていただいて有難うございました。
Commented at 2022-06-23 11:09 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2022-06-23 11:20
> ikuohasegawaさん、ありがとう。まだ書きますよ、ときどき。
Commented by saheizi-inokori at 2022-06-23 11:24
> 鍵コメさん、ご心配ありがとう。
でも私の気づいたのは一通だけでしたよ、それもまったくナンセンスな餓鬼の喧嘩の悪口みたいなもので、無視もしくは削除してもいいようなものでしたが、どういう返答があるかと思ってそのままにしています。
返答も出来ないようです。
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by saheizi-inokori | 2022-06-22 12:17 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(10)

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