うどんや

パンを買う途中で、小さな讃岐うどんの店に入った。
夕方の散歩の時間だと「売り切れ次第」の閉店になっている。
いちど食ってみたいと思っていて、少し早めにいつもの納豆をやめて行くとやってるやってる。
券売機で「おろしぶっかけ」を買う。

老人には太すぎるくらい、がっしりしたうどん、喉に引っかからないようにして食う。
懐かしい味だ。

国鉄からＪＲになった頃、僕は埼京線開発株式会社（現在、ＪＲ都市開発株式会社）に出向を命じられていた。
関連会社に行っている者は、僕より一年上から全員ＪＲ採用とならなかったので、僕も一年でクビになって、もしかするともっと遠隔の地に追いやられるかもしれない、とモッパラの噂だった。
それでも、それまでまったく未経験の高架下開発とかショッピングセンターの仕事が面白くなって、自分なりに勉強しながら頑張っていた。
高校の二年先輩の田中秀征の友人で、僕とも付き合いのあった男がリース会社に採用してやろうか、部長くらいで、と言ってくれたが、今やっている仕事が面白いので、と断った。

武蔵浦和に「ＷＥＳＥＣＯＮＤ」（現在ＢＥＡＮＳ）という駅ビルを開業させて、朝の開店時の挨拶（店内回りと店の前）から始めて、なんども店内を回ったり、原宿、横浜、銀座などの話題の店にも足を運んだ。
開店時、閑散時、混雑時、閉店時と見て学んだ。

武蔵浦和にいるときの昼飯はＷＥＳＥＣＯＮＤのなかの店、といってもラーメン屋とうどん屋の二軒、あとは直営でやっていた駅（武蔵浦和、中浦和、与野本町）の立ち食いそばやロッテリアを日替わりで訪れては食べていた。
でも、飽きるしうまくない、とくに駅ビルの中の二店が。

駅の近くの手打ちうどんの店に行くと、そっちの方が安くて断然うまいのだ。
それが、今日食った饂飩に似て、腰の強い饂飩だった。
卓上におかれたゴマすり器から、山盛りにゴマをすりかけて食うのだ。

あるとき、店主らしき人に、冗談半分に「ＷＥＳＥＣＯＮＤ」に出店しないか、と訊いたら、いちど検討したことがあるが、保証金敷金に家賃など、とうてい負担できる額ではないので、あきらめたという。

国鉄の頃から、駅ビルに入っているというと、銀行から借金もしやすいとかで、知り合いの国鉄幹部や社長を頼って、つぎつぎに自転車操業的に出店するテナントがいた。
先輩の社長から紹介されて、ほかの駅ビルにも出ていて、その駅ビルでも「評判がいい」とかいうので、じゃあ、うちにも出てもらおうか、となる。
実は、紹介した社長も「評判がいい」といった社長のどちらも、その店のものを食べていないのだ。

老舗ブランドの全国展開していたうどん屋、それでも開店当初は本部からそれらしきスタッフが送り込まれるが、すぐに引き上げられて、あとは素人に「毛も生えていない」ようなスタッフが厨房からホールまで任されるから、恐ろしいことになる。

これはラーメン屋の方だったが「葱ラーメン」を頼んだら、ぶつ切りにした葱が乗せてあり、誰が作ったのか訊いたら、この間までジャズの演奏をしていた素人が主任になっていて、「葱ラーメン」というものを食ったことがないというのだった。

そういう店の本部は、商品やサービスの品質のことよりも、原価率と回転率、前月比の伸び率のことしかいわない。
だから、原材料の品質も悪い。
そのことを本部に指摘すると、「店の方には強く指導しておきます」という。
それで店に行くと、店長は、「駅ビルによけいなことを言ったと叱られたけれど、本部の指導はいっさい変わっていません、相変わらず原価を落とせ、です」という。

当時のひどい経営者、そういうあり方を許す（家賃を払うテナントが埋まっていればいい）ＪＲ側の社長たち、けっきょくお客様と店のスタッフが被害者になっていた。
あれから、どれほど変わっているのだろう。
そんなことを思いながら饂飩をすすった。