知床岬
2022年 04月 25日
かれこれ46年も前のこと、出張の帰りに大回りして部下と二人で知床岬に行った。
斜里の宿で、お酌にきた女性に明日は知床岬を舟で回るつもりだと言ったら、舟より陸の方がいい、私たち二人が連れて行ってやるから、朝7時頃に旅館のまえにいろという。
彼女たちは旅館のバーもやっていて、僕たちと遅くまで飲んだから、そんなに早くほんとに来るのだろうかと思ったら、ちゃんと7時前にやってきた。
キタキツネを見たりしながら、快適なドライブ、要所要所で車を止めて、湯の川を歩かせたり、カムイワッカの湯の滝のあたりでは、誰もみていないから、川の温泉に入れなどと教えてくれた。
岸壁の上から見下ろす海や滝は絶景で息をのんだ。
ウトロ港の食堂で昼飯を一緒に食べて、あとはバスと列車で弟子屈に出ると言ったら、弟子屈まで送ってやるといってきかない。
いくらスピードを出せるといっても、ずいぶん遠くまで走らせて、帰りは遅くなったことだろう。
明るくて屈託のない二人、その名も忘れてしまったが、元気でいるのだろうか。

きのうは静々と降る春の雨のなかを散歩に出て、いつものカフエ、日曜日なのに空いていた。
いつもは、賑やかなラテン音楽が流れているのに、きのうは静かなピアノの音がいかにも雨にぴったりだ。

「フインツイ・コンティーニ家の庭」のつづき。
フインツイ・コンティーニ家の当主、エルマンノ教授、親衛隊長の親友が持ってきた印刷済みの党員証を突っ返した(ポケットに五千リラ滑り込ませて)男が、わたしに若い頃ヴェニスのサン・ニコロ・デル・リードで十七世紀のユダヤ人の墓の碑銘文をすべて集めた話などをする。
わたしはフインツイ・コンティーニ家を(テニスに招かれて)まいにちのように訪れるが、しだいにミコルと二人きりで広い庭を自転車に乗ったり、歩いたりして過ごすようになる。

わたしが植物の種類や名前を知らないというと、ミコルはお化けを見るようにまじまじと見つめる。

半分底が抜けて埃だらけで、《カヌーの骸骨》に還元しているカヌーを指さし、

わたしとミコルの間は、それまでとは異なるように進んでいたかもしれなかった。
彼女に話すこと、接吻すること、すべてが可能だったのに、、ああ、そうすべきだった!
が、その本質的な根底について問うのを忘れていた。

テニスコートに行かなくなると、二人は毎日、長い時間電話をする。
ミコルは、自分専用の回線を作って、自分の部屋からかけるのだ。
「個人の秘密」といいながらも、けっきょくわたしは彼女の部屋の様子をすっかり聞き出してしまう。
彼女がヴェニスで集めたラッティミ(ガラスの骨董品)が、部屋の前面の壁をほぼ覆っていて、マホガニー製の高い書棚三個のなかにきちんと整理して並べてある、窓が二つ、そこから覗くと下方に広がる庭やさらにその向こうに延びる屋根なんかを見詰めていると、あたかも大西洋をのぞむ高台にいるかのような錯覚にとらわれる。
英語とフランス語の書物専用の書棚、イタリア文学、古典から現代までの本と翻訳物、とくにロシア関係のものがほとんどで、プーシキン、ゴーゴリ、トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフらで埋めてある。
そしてミコルはとつぜんヴェニスに行ってしまう。
きょうはカミさんとサンチの誕生日、いつもより気をいれて洗濯と掃除をした。
斜里の宿で、お酌にきた女性に明日は知床岬を舟で回るつもりだと言ったら、舟より陸の方がいい、私たち二人が連れて行ってやるから、朝7時頃に旅館のまえにいろという。
彼女たちは旅館のバーもやっていて、僕たちと遅くまで飲んだから、そんなに早くほんとに来るのだろうかと思ったら、ちゃんと7時前にやってきた。
キタキツネを見たりしながら、快適なドライブ、要所要所で車を止めて、湯の川を歩かせたり、カムイワッカの湯の滝のあたりでは、誰もみていないから、川の温泉に入れなどと教えてくれた。
岸壁の上から見下ろす海や滝は絶景で息をのんだ。
ウトロ港の食堂で昼飯を一緒に食べて、あとはバスと列車で弟子屈に出ると言ったら、弟子屈まで送ってやるといってきかない。
いくらスピードを出せるといっても、ずいぶん遠くまで走らせて、帰りは遅くなったことだろう。
明るくて屈託のない二人、その名も忘れてしまったが、元気でいるのだろうか。

いつもは、賑やかなラテン音楽が流れているのに、きのうは静かなピアノの音がいかにも雨にぴったりだ。

フインツイ・コンティーニ家の当主、エルマンノ教授、親衛隊長の親友が持ってきた印刷済みの党員証を突っ返した(ポケットに五千リラ滑り込ませて)男が、わたしに若い頃ヴェニスのサン・ニコロ・デル・リードで十七世紀のユダヤ人の墓の碑銘文をすべて集めた話などをする。
わたしはフインツイ・コンティーニ家を(テニスに招かれて)まいにちのように訪れるが、しだいにミコルと二人きりで広い庭を自転車に乗ったり、歩いたりして過ごすようになる。

ミコルからみれば、この世にわたしのような者が存在するのは馬鹿げている。そういう人間は《巨大な、静かな、力強い、あるいは考えぶかそうな》樹々を、それらに固有なものを心から讃美する感情を忘れている。わからないでいてどうして平気でいられるのかしら?感じないでいてどうして生きてられるのかしら?彼女はテニスコートの西側のきゃしゃな七本の棕櫚を「わたしの七人のお爺ちゃん」と呼ぶのだ。

ね、あのカヌーを見てね、そして、ね、お願いよ、賞めてやってちょうだい。あの率直さ、威厳、精神の強靭さ、カヌーは、その機能の全面的な喪失、宿命的な結末から超越することを知っていたのね。物だって死ぬわ、そうでしょう?だから、もし物だって死ななければならないものだとしたら、いっそのこと放っておいて、なるがままにしておいた方がいいんじゃないかしら。すべての外に、形より大切なものがあるんだわ、そう思わない?とミコルはいう。

彼女に話すこと、接吻すること、すべてが可能だったのに、、ああ、そうすべきだった!
が、その本質的な根底について問うのを忘れていた。
かりに、その至高の、唯一絶対の瞬間がおとずれていたとしても—ひょっとするとわたしと可能の人生を決定するかもしれない―わたしは何らかの行為や言葉を現実に試みる段階にありえたであろうか。また、あのとき、たとえばほんとうに恋することを知っていただろうか?残念ながら知らなかったのだ。なんとなく僕のあの頃を思い出して甘酸っぱい気持ちにもなる。

ミコルは、自分専用の回線を作って、自分の部屋からかけるのだ。
「個人の秘密」といいながらも、けっきょくわたしは彼女の部屋の様子をすっかり聞き出してしまう。
彼女がヴェニスで集めたラッティミ(ガラスの骨董品)が、部屋の前面の壁をほぼ覆っていて、マホガニー製の高い書棚三個のなかにきちんと整理して並べてある、窓が二つ、そこから覗くと下方に広がる庭やさらにその向こうに延びる屋根なんかを見詰めていると、あたかも大西洋をのぞむ高台にいるかのような錯覚にとらわれる。
英語とフランス語の書物専用の書棚、イタリア文学、古典から現代までの本と翻訳物、とくにロシア関係のものがほとんどで、プーシキン、ゴーゴリ、トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフらで埋めてある。
そしてミコルはとつぜんヴェニスに行ってしまう。
きょうはカミさんとサンチの誕生日、いつもより気をいれて洗濯と掃除をした。
奥様とサンチ、お誕生日おめでとうございます!
このブログを支えている陰の立役者です。
いつまでもお変わりなく!!(^▽^)/
このブログを支えている陰の立役者です。
いつまでもお変わりなく!!(^▽^)/
2
> uronteiさん、ありがとう。伝えておきます^^。
私も、ウトロ港から知床半島を遊覧したことがあります。
まだ世界遺産になる前でした。いい場所なんですが、危険と隣り合わせということでしょうね。
奇跡的に、小説みたいに、どなたか助かっていて、と思っています。
奥さま、サンちゃん、お誕生日おめでとうございます。
まだ世界遺産になる前でした。いい場所なんですが、危険と隣り合わせということでしょうね。
奇跡的に、小説みたいに、どなたか助かっていて、と思っています。
奥さま、サンちゃん、お誕生日おめでとうございます。
お二人のお誕生日おめでとうございます。
雨上がりの花も、雫のマジックで素晴らしいです。
ありがとうございます。
お見事バグースです。
日体大、懐かしいです。
ここは桜新町の世田谷校舎ですよね。
一昨年、卒業証明書をもらいに行ったら、全ての
校舎が新しくなっていました。
今回の海難事故での亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
雨上がりの花も、雫のマジックで素晴らしいです。
ありがとうございます。
お見事バグースです。
日体大、懐かしいです。
ここは桜新町の世田谷校舎ですよね。
一昨年、卒業証明書をもらいに行ったら、全ての
校舎が新しくなっていました。
今回の海難事故での亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
> umi_bariさん、おお!卒業生でしたか。なにを専攻されたのでしよう。
> 鍵コメさん、教えていただきありがとう。
> doremi730さん、ありがとう。ドレミさんもますますご活躍ください。
by saheizi-inokori
| 2022-04-25 11:50
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
Comments(16)