コットレットはカツレツではない 「特別な一日」
2022年 04月 13日
病院に行くバスは、通学のバスでもあって、おニューの制服を着た子供たちがたくさん乗って来た。
バス停まで見送りに来て手を振るパパもいる。
きのうは循環器内科と呼吸器内科(気管支炎orCOPD)、採血をしないので(吸血鬼になっちゃうから、と医師)、血圧だけ測って薬の処方をして終わり。
バスで我が家を通り過ぎて都立大学のパン屋と肉屋に。

いつも行ってたカフエラミルがドトールになるので改装中、別のカフエでランチも頼んだ。
血液検査がないので朝きっちり食事をしたのだが、時間がないのでスープは即席のものを食べた。
それが濃厚だったこともあって、あまり腹が減っていないので、キノコのオープンサンドを注文したのに、持ってきたのはクロックムッシュ、変だと思いながらも、こういうオープンサンドもあるのか、と一口かじって、やはりこれはちゃうやん!

チーズなどがのっていない周りのパンだけかじって、あとは残してしまった。
店の人に、そういうと「すみません」というだけ、なんかなあ、それだけかい、と思いながらコーヒーを飲み、本を読んだ。

勘定を頼むと「今日はご注文でないものをお出ししたので、けっこうです」といって受け取らない。
そんなら、ひと口食べて「これはキノコのオープンサンドではないでしょ、僕にはカロリー過多だなあ」といったときに、取り換えましょうか、と言えばよかったのに。
かえって、こちらが悪いことをしたような気にさせられた。

都立大学の商店街で出しているパンフレット、「とりつじん」として、商店街で働く人たち108人をいろんなイラストレーターが似顔絵で紹介している。
きのうのカフエのマスター?は、左側の、キッズスペースもあるご飯屋の奥やんだ。
人の好さそうな似顔絵を見ていると、もうちょっと僕の対応が優しかったらよかったのに、と反省する。

読んだ本は「特別な一日 読書漫録」(山田稔)。
ずいぶん昔に買ったものの、その時はぴったり来ないので、放り出していた本が今読むと、とても面白い。
12篇のエッセイのうち、後ろの方の「文体の練習」から読む。
筆者が1963年、32、3歳の頃に、桑原武夫から言われて(気が進まないままに)河出書房の世界文学全集の第三集に加えられる、ゾラの「ナナ」の翻訳を始めて、パリに行ったこともないから劇場の開演時間が9時であることを不思議がったり、コットレット(骨付きのあばら肉)をカツレツと訳してしまうなどの失敗を重ねながらもやり通し、ついには
カツレツの間違いは多くの先輩翻訳者のみならず辞書にもあったそうだ。
僕も、子供の頃、暮らしの手帖のどこかでコットレットを見て、ああ、カツレツの語源はこれか、と思った記憶がある。
貧しい子供にはカツレツもじっさいに食べた(見た)ことがなく言葉だけ知っていたのだ。

「特別な一日」は、書名にもなっているだけあって力のこもった、小説または優れた評論とでもいえそうなエッセイだ。
「特別な一日」という映画を筆者は1977年9月30日に、二年間続くパリ在住の最初の映画として見る。
こういう日付が出てくると、その頃自分は何をしていたかと考える癖がある(年をとってからの癖だ)。
僕は末期の国鉄で賃金担当として、貨物の大合理化交渉に取り組んでいた。
バス停まで見送りに来て手を振るパパもいる。
きのうは循環器内科と呼吸器内科(気管支炎orCOPD)、採血をしないので(吸血鬼になっちゃうから、と医師)、血圧だけ測って薬の処方をして終わり。
バスで我が家を通り過ぎて都立大学のパン屋と肉屋に。

血液検査がないので朝きっちり食事をしたのだが、時間がないのでスープは即席のものを食べた。
それが濃厚だったこともあって、あまり腹が減っていないので、キノコのオープンサンドを注文したのに、持ってきたのはクロックムッシュ、変だと思いながらも、こういうオープンサンドもあるのか、と一口かじって、やはりこれはちゃうやん!

店の人に、そういうと「すみません」というだけ、なんかなあ、それだけかい、と思いながらコーヒーを飲み、本を読んだ。

そんなら、ひと口食べて「これはキノコのオープンサンドではないでしょ、僕にはカロリー過多だなあ」といったときに、取り換えましょうか、と言えばよかったのに。
かえって、こちらが悪いことをしたような気にさせられた。

きのうのカフエのマスター?は、左側の、キッズスペースもあるご飯屋の奥やんだ。
人の好さそうな似顔絵を見ていると、もうちょっと僕の対応が優しかったらよかったのに、と反省する。

ずいぶん昔に買ったものの、その時はぴったり来ないので、放り出していた本が今読むと、とても面白い。
12篇のエッセイのうち、後ろの方の「文体の練習」から読む。
筆者が1963年、32、3歳の頃に、桑原武夫から言われて(気が進まないままに)河出書房の世界文学全集の第三集に加えられる、ゾラの「ナナ」の翻訳を始めて、パリに行ったこともないから劇場の開演時間が9時であることを不思議がったり、コットレット(骨付きのあばら肉)をカツレツと訳してしまうなどの失敗を重ねながらもやり通し、ついには
ゾラの文章に逆らいながら、いや必ずしも逆らうのではなく、そこに何か新しい、現代的なものを多少こじつけでもかまわないから発見しようと工夫をこらしていったことを、いろいろ脱線しながら書いている。
カツレツの間違いは多くの先輩翻訳者のみならず辞書にもあったそうだ。
僕も、子供の頃、暮らしの手帖のどこかでコットレットを見て、ああ、カツレツの語源はこれか、と思った記憶がある。
貧しい子供にはカツレツもじっさいに食べた(見た)ことがなく言葉だけ知っていたのだ。

「特別な一日」という映画を筆者は1977年9月30日に、二年間続くパリ在住の最初の映画として見る。
こういう日付が出てくると、その頃自分は何をしていたかと考える癖がある(年をとってからの癖だ)。
僕は末期の国鉄で賃金担当として、貨物の大合理化交渉に取り組んでいた。
あの頃、映画をみることなんてあっただろうか。
通勤の車内でミステリを読むほかは、およそ文化らしきものと縁のない生活をしていた。

「特別な一日」という映画は、マルチエロ・マストロヤンニとソフイア・ローレンが主演で、エットーレ・スコラが監督で、ローマにヒトラーが初めて訪問した日に、その華々しい歓迎式典を伝えるラジオのフアシストの歌「ジョヴィネッツア(青春)」やナチス党歌「ホルスト・ヴェッセル・リート」などを背景に、家事に疲れた主婦と孤独な同性愛者がふとしたことから関係をもち、やがてその男が「頽廃分子」としてサルデーニャ島に流刑になる話だ。
筆者はその映画を再び京都で見て、感じた既視感をきっかけに記憶を探っていく。
自分の書いた「ローマ日記」、さらにジョルジョ・バサーニ「フエルラーラ物語」のなかの「金の眼鏡」を思い出し、同じ作者の「フインツイ・コンティーニ家の庭」も思い出す。
ユダヤ人虐待、それよりも深刻な「夫でもない、父でもない、兵士でもない」「役に立たない」同性愛者虐待を扱った作品だ。
筆者は、それらのことに思いをいたしながら、その一方で、子供の頃聞いた、「ジョヴィネッツア」の歌が耳から離れない。
夜、酒を飲みながら、繰り返し繰り返しその歌を歌い、へきえきとした家人が二階に去った後も、ピアノで弾いたり、挙句の果てに処分を免れていた78回転のレコードを探し出す。
子供の頃に箱型の蓄音機で繰り返し繰り返しきいたレコードを眺めるのだ。
すると二階の妻が「愛国行進曲」や「見よ東海の空あけて」を歌い、笠置シヅ子の「買物ブギ」の録音テープをかけるのだ。なんどもなんどもかける。
すると筆者も「わてほんまに よう言わんわ」と歌いだし、その繰り返しが「ジョヴィネッツア」の旋律を圧倒してしまうのだ。

「母の遺したもの」で、家庭の医学みたいな「赤本」を子供の頃、こっそり読んでドキドキした思い出は僕にもあるなあ。
通勤の車内でミステリを読むほかは、およそ文化らしきものと縁のない生活をしていた。

筆者はその映画を再び京都で見て、感じた既視感をきっかけに記憶を探っていく。
自分の書いた「ローマ日記」、さらにジョルジョ・バサーニ「フエルラーラ物語」のなかの「金の眼鏡」を思い出し、同じ作者の「フインツイ・コンティーニ家の庭」も思い出す。
ユダヤ人虐待、それよりも深刻な「夫でもない、父でもない、兵士でもない」「役に立たない」同性愛者虐待を扱った作品だ。
筆者は、それらのことに思いをいたしながら、その一方で、子供の頃聞いた、「ジョヴィネッツア」の歌が耳から離れない。
夜、酒を飲みながら、繰り返し繰り返しその歌を歌い、へきえきとした家人が二階に去った後も、ピアノで弾いたり、挙句の果てに処分を免れていた78回転のレコードを探し出す。
子供の頃に箱型の蓄音機で繰り返し繰り返しきいたレコードを眺めるのだ。
すると二階の妻が「愛国行進曲」や「見よ東海の空あけて」を歌い、笠置シヅ子の「買物ブギ」の録音テープをかけるのだ。なんどもなんどもかける。
すると筆者も「わてほんまに よう言わんわ」と歌いだし、その繰り返しが「ジョヴィネッツア」の旋律を圧倒してしまうのだ。

コットレットの意味、こちらに来て初めて知りました。
その本、とても興味をそそられます。
その本、とても興味をそそられます。
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すごく盛りだくさんで豊かな記事を感謝いたします
それぞれの箇所に立ち止まっては 自分の事に思いがいきました
いま静かな湖の古い村に滞在してます 岸辺の砂利を踏む音と水が寄せる音だけ
人影なくも 百年以上前の木造建築の窓々からは黄色と青の大きな布が下がっています
下記の記事であの捏造疑惑監督が祝辞を読んだのを知りました 粛々と準備が怖ろしいです
河瀨直美監督の東大入学式での祝辞、国際政治学者から批判相次ぐ。「侵略戦争を悪と言え
ない大学なんて必要ない」
それぞれの箇所に立ち止まっては 自分の事に思いがいきました
いま静かな湖の古い村に滞在してます 岸辺の砂利を踏む音と水が寄せる音だけ
人影なくも 百年以上前の木造建築の窓々からは黄色と青の大きな布が下がっています
下記の記事であの捏造疑惑監督が祝辞を読んだのを知りました 粛々と準備が怖ろしいです
河瀨直美監督の東大入学式での祝辞、国際政治学者から批判相次ぐ。「侵略戦争を悪と言え
ない大学なんて必要ない」
> Solar18さん、図書館になければアマゾンで古本かな、面白いですよ。
> りんごさん、静かな湖畔の宿!いいなあ、うまい日本酒をしみじみ飲みたいです。
東大に期待するものはありません。
東大に期待するものはありません。
特別な一日・・大好きな映画です。
赤い花みずき、歌でも出て来そう。
> rinrin1345さん、ありそうですね。
山田稔、❣️です。感動した記憶があるのに、どんな記述だったか思い出せない...
いつか再読します。
いつか再読します。
by saheizi-inokori
| 2022-04-13 13:03
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
Comments(10)