真っ白なワイシャツ

テレビ「孤独のグルメ」を見ていたら、ご馳走を前にした五郎が背広の上着を脱ぐ。
真っ白なワイシャツが、追憶を誘う。
クリーニング屋から戻ったワイシャツに手を通すときのあの気分、たとえどんな難しい仕事が待ち受けている朝でも、立ち向かう勇気を与えてくれたのは、あの真っ白なワイシャツを素肌につけるときの心地よさではなかったか。
五郎が目の前に出される食い物の、すべてを味わい尽くすのを見るよりも、僕はあの真っ白なワイシャツを着る五郎を羨やむ。
収まった痒みがまたぞろ蠢いて、もぞもぞぴりぴりと背中をはい回る。
歯周病治療、義歯の制作、ながらく歯医者に通って、それなりに時間を費やしたが、口の中の違和感は根治せず、味覚もすぐれない。
５千歩も歩くと痛み出す膝、ちょっと仕事をやり過ぎると警戒信号を発する腰。
眼までしょぼしょぼと、度の合わない眼鏡をかけて本を読んだ後はテレビが二重に見える。
物忘れも日一日と頻度を増す。
壊れ始めたのだ。

そこで金子光晴は「すべて、くさらないものはない！」と歌い、僕は励まされる。

ああ、しかし、こころ怯れ、虚しさのためにむかしの賢人、見者たちを真似て、
人生を、最後の用意のために味気なく費やすのは馬鹿げた話だ！
むしろ、この大腐爛のなかを、心の住家として、
虫どもの友となり、愚かな今日を、昨日のやうに、また明日も、
よろこび迎へ、かなしみ送りたいものだ。（「大腐爛頌」より）