蝉が笑ってる

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サリンジャーのグラス家のサーガの出発点でもあり、到達点でもある作品「バナナフィッシュ」で死ぬシーモアは、自作の俳句を書き残していた。

そして「バナナフィッシュ」を巻頭においた短編集「ナイン.ストーリーズ」の巻末の作品「テディー」ではテディー少年は、芭蕉の俳句を二句引用し、自らの死を予言する。

バナナとは芭蕉のことであるが、その芭蕉の句のひとつは、「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」である。

この句は何を詠んだものだろうか?
鈴木大拙はこの句を禅の言葉だとする。
「ジュ、ジュ、ジュ…!」と…、蝉が鳴いているとき、蝉は完全なのであって、何の不満もなく、世界に満足しているのであり、誰もこの事実に異を唱えることはできない。無常という観念が入り込んだり、死に近づいていることを蝉がまるで知らぬようにしている姿を無常と対比させたりするのは、ひとえに、人間の意識や思考のせいにすぎない。蝉自身にしてみれば、人間の心配事など関係ないのであり、短い命で悩んだりすることもない。…、鳴くことができる間は蟬は生きているのであり、ここで生きている間は永遠の生なのであるから、無常のことなど心配しても何の役にも立つまい。むしろ蝉の方が私たちを笑っているのかもしれない…」

蝉に感情移入して、この句を誤読させる躓きの石、「人間の意識や思考」とは?
それは、過去から現在を経て未来へと一方向に流れ去るという「時間感覚」である。

サリンジャーは大拙を学んだらしい。
グラス家のサーガは、このような禅の世界観で描かれているようだ。
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昨日は歯科、今は循環器内科の待合室、やれやれ。

Commented by Solar18 at 2021-11-16 19:53
あー、良いことを学びました。恥ずかしながら、解釈できませんでした。
「けしきは見えず」という表現に改めて感激。
Commented by saheizi-inokori at 2021-11-16 21:49
> Solar18さん、なんとお答えしたらいいのか、、。
恐縮です。
Commented by 20070707open at 2021-11-17 14:14
saheiziさんのブログですっかり忘れていた高校時代のことが蘇りました。
小6の頃から人はなぜ死ぬのかと考えるようになりました。
死んだらどうなるの?ととても怖かったんです。
中学の担任に質問したら「そんなことを考えること自体がおかしい」と即却下。
高校になってもその思いは消えず、作文の時間そのことについて書いたら、現国の先生が作文をほめてくれてこの芭蕉の句の意味を調べてごらんと言ったのです。
図書室で調べましたよ(笑)
その他、「私ひとりの私」(石川達三)の本をすすめられて読みました。
疑問への正確な答えより、疑問を持つことは間違いではないと思わせてくださった先生に今となっては感謝です^^
とんちんかんなコメントですみません<(_ _)>
Commented by りんご at 2021-11-17 16:33 x

「蝉が笑っている」 いつもの木。。清風が体を吹き抜ける感じがしました 感謝

昨夜、「サリンジャーをつかまえて」を久しぶりにひっぱりだして
悟りの概念に惹かれ塹壕に閉籠った彼が、NYのシンシン刑務所で世から
抹殺された終身刑者の窮状について公的に慈悲を乞った件を読んでいました 
Commented by saheizi-inokori at 2021-11-17 17:47
> 20070707openさん、死、私はまず母が死ぬということについて考えて眠れなくなったのは小学生のときでした。
自分の死についてはまだきちんと向き合えていないなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2021-11-17 17:57
> りんごさん、さつき近日の図書館の書棚をみたら、その本がありました。
サリンジャーそのものを読まないことにはしょうがないので、代わりに半藤の荷風について書いた本を借りて帰りました。
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by saheizi-inokori | 2021-11-16 08:16 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori
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