名人・圓朝の誕生までを描く 「小説 圓朝」 正岡 容 (河出文庫)
2005年 07月 25日
8月11日は名人・圓朝の命日。今年も1900年に亡くなった”落語の神様”をしのび多くの催しが予定されている。圓朝は単に落語の名人というだけではなく、牡丹灯籠などの名作の作者であり、高座の速記録が新聞に掲載されて、当時の言文一致運動にも大きな影響を与えた巨人である。
この小説は、その圓朝が落語家になる夢を母や兄に反対されて苦しむ次郎吉少年時代から、やがてド派手な舞台を背景にケレンミたっぷりの演出で江戸中の人気者になり、頂点に立つかと見えたときに明治維新で世相が大きく変わり今までの落語ではやっていけないことを悟るところまでを描く。
著者は半世紀ほど前に亡くなったが、桂米朝や小沢昭一の師匠に当たる人。この本は昭和18年に発刊された佳作の復刊だ。
弟子入りした2代目圓生のしごきと愛情。家事手伝いばかりやらされて噺の稽古をしてもらえなかったのにも理由があった。やがて稽古をつけられる様子が面白い。お湯とお茶の飲み分け方、四季それぞれの水の飲み方。声の出し方ひとつとっても二階で話している人の声は紙一重隔てているがごとくに聞こえなければならず、塀の節穴からの呼び声は火吹き竹を口にあてがって喋るがごとき、そうした音声に聞こえなければならない。扇を箸に、蕎麦とうどんの挟み分け方も難しい。鱈昆布の汁の吸い方などと来た日には!目の表情で何をどう見ているか、誰がどこに座っているかを分からせる。そうやって一人前になっても真打となると簡単にはなれない。圓朝は自分の芸をしなければならないことを思い知る。それは、やがて師弟の対立へ。その対立とは弟子が師匠を乗り越えるときに必ず生ずる対立だ。
「とつかはと消えていった」「あれとこれとじゃあうんてんばんてんの違いがあらあ」「たゆたに柚子の実が熟す」「今日様にすまねえ」「ざまあみやがれかんぷらちんきめ」・・・。60年前にはこういう言葉が生きていたのだ。今じゃ外国語かもしれないね。
上野の戦で全て状況が変わったときの圓朝の感慨。
何もない、かもない。四方八方、よしや目路の限りが再びいつかの大地震のときのよう大焼野原になってしまったとて唯ひとつ私には、信ずる稼業があるばかりだ。何か、それは?
噺ーー噺だ。
好きで、命を細らせてまで打ち込んでなったこの落語家という商売だ。
「附 我が圓朝研究」というのがついていて「怪談牡丹燈籠」「江島屋騒動」「文七元結」などの演目の成り立ちとか圓朝の演出の素晴らしさについて語られる。決して褒めるばかりではなく作品に徹底的にけちもつける。これまた素晴らしい落語鑑賞読本だ。
by saheizi-inokori
| 2005-07-25 22:27
| 今週の1冊、又は2・3冊
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