中村哲は女性差別主義者か 「アフガニスタンの診療所から」
2021年 08月 28日
きのうは、朝早くから、外出して、またもや山のような買い物をして、買ってきたタイカレーを食って、寝転がって本を読みだしたら、歯が痛くなってきた。
はじめは左奥の上、そのうち下、だんだん我慢ができなくなって、これがひどくなったらどうしようと不安も募り、歯科医に電話。
どうかすると夜も休日も働いている先生だから、空いている時間がないのは承知の上だ。
やっと通じた電話で、看護師さんが、先生に聞いてくれて、案の定時間が取れないので、とりあえず痛み止め、うちにカミさんのカロナールがあると言ったら、それでいいから、飲んでみてそれでも痛みが止まらなかったら、また電話しろとのこと。
牛乳を飲み、たっぷりの水でカロナールを飲んで30分、ちっともよくならないばかりか、今度は上が猛烈に痛んで、目の奥まで苦しい。
電話してそういうと、いつまで待たせるかわからないけれど、いらっしゃい。
(自由が丘駅前)
5時ころだったかな、到着すると、診察室に通される。
先生は向かいの診察室で、治療中。
その合間を縫って二度ほど、顔を見せて、手短に、様子を尋ねる。
二人の患者の治療を終えて、終業時間の7時過ぎにおみえになって本格的に、なにがどう悪いのかの推理を始める。
歯髄炎なんかだと、とうてい我慢しがたいような痛みが続くのだが、義歯を外して待っている間に痛みが収まったところをみると、無意識のうちに歯をかみしめて、それが痛みとなったのだろうと、鎮痛剤を塗ってくれて、ロキソニンを持たせてくれた。
収まるものとわかっていれば、がまんのしようもあるが、休日を控えてひどくなったら、薬もないし、ご無理をお願いしたのだった。
昨夜は酒も飲まずに寝て、今朝恐る恐るおきてみると、なんともない。
それで、大掃除と洗濯をしたが、身体が猛烈にだるい。
このまま収まればいいのだが、、それにしてもあの痛みはなんだったのか、幻覚?
中村哲「アフガニスタンの診療所」から、中村哲のイスラムと女性についての言葉。
イスラムの人々の日常の暮らし、心の深層にまで寄り添って苦楽を共にした上での感想だ。 ソ連が撤退した後も、米ソの武器援助は続き、国境沿いでは「復興援助活動」のそうぞうしい自己宣伝があり、札束が舞っても、それは必要とする難民には届かなかった。
主要な欧米NGOが、襲撃されたが、ねらいうちにされたのはたいていが「女性の解放」に関するプロジェクトである。 のちに、中村がJAMS(JAPAN-AFGAHAN MEDICAL SERVICE)のアフガン人メンバーとダラエ・ヌール渓谷で、パシャイー部族という、数世紀は遅れたコーヒスターニー(山の人)たちを患者とする診療所を開設したときに、彼らの「思わぬ野蛮さ」に憔悴したアフガン人のリーダーが、ほかの場所に移ろうと訴えたときに、言った言葉を聞こう。
はじめは左奥の上、そのうち下、だんだん我慢ができなくなって、これがひどくなったらどうしようと不安も募り、歯科医に電話。
どうかすると夜も休日も働いている先生だから、空いている時間がないのは承知の上だ。
やっと通じた電話で、看護師さんが、先生に聞いてくれて、案の定時間が取れないので、とりあえず痛み止め、うちにカミさんのカロナールがあると言ったら、それでいいから、飲んでみてそれでも痛みが止まらなかったら、また電話しろとのこと。
牛乳を飲み、たっぷりの水でカロナールを飲んで30分、ちっともよくならないばかりか、今度は上が猛烈に痛んで、目の奥まで苦しい。
電話してそういうと、いつまで待たせるかわからないけれど、いらっしゃい。
5時ころだったかな、到着すると、診察室に通される。
先生は向かいの診察室で、治療中。
その合間を縫って二度ほど、顔を見せて、手短に、様子を尋ねる。
二人の患者の治療を終えて、終業時間の7時過ぎにおみえになって本格的に、なにがどう悪いのかの推理を始める。
歯髄炎なんかだと、とうてい我慢しがたいような痛みが続くのだが、義歯を外して待っている間に痛みが収まったところをみると、無意識のうちに歯をかみしめて、それが痛みとなったのだろうと、鎮痛剤を塗ってくれて、ロキソニンを持たせてくれた。
収まるものとわかっていれば、がまんのしようもあるが、休日を控えてひどくなったら、薬もないし、ご無理をお願いしたのだった。
昨夜は酒も飲まずに寝て、今朝恐る恐るおきてみると、なんともない。
それで、大掃除と洗濯をしたが、身体が猛烈にだるい。
このまま収まればいいのだが、、それにしてもあの痛みはなんだったのか、幻覚?
西欧の女性解放論者は「男による女性虐待」に金切り声を上げるかと思えば、主人の仇討に息子をかりたてる母親に、「野蛮だ」と罵声を浴びせる。ようするに外国人には理解できないのである。中村を蜃気楼などと同じレベルの父権主義者として断ずるのは間違いだと思う。
10年もペシャワールにいて(本書は1992年刊)、じつは私もよくわからない。男たちはめったに女の話をしないし、たずねもしない。外国人の解釈や異文化論はさらにわからない。「イスラムの後進性」をまくしたてる西欧の論客の饒舌にも、反感を通りこしてあくびがでる。私がわからない理由は、おそらく自分が男に生まれてきたからで、永遠にわからないだろう。それは「異文化」を理解するよりも困難だ。
だが確実なのは、彼女らはその社会の中でふさわしい、女としての地位と役割を十分演じているということだ。日本人にそれがわからなくなったのは、西欧化した「教養」とともに、共同体への所属感を喪失した個人意識が無用な邪魔をするからである。パシュトゥンの女たちにはそれぞれの個性的な顔がある。近代化された自我にはそれがない。日本の女たちには少ないかがやき、あくの強さ、しぶとさと弱さ、高貴と邪悪がすなおにとなり合っている。
「アフガニスタン―それは光と影です」というのが、私の好む一見まじめなはぐらかし文句である。現地にいて人情の機微を解する者は苦笑いしてうなずくことだろう。
だが、光が強ければ影も強い。強烈な陽光と陰影のコントラストは、現地の気風である。暗さが明るさに転ずるという奇跡を私は信ずる者である。
イスラムの人々の日常の暮らし、心の深層にまで寄り添って苦楽を共にした上での感想だ。
欧米NGOの「アフガニスタン復興援助」は、ソ連と同様、まるで未開人を文明化するような伝統無視の近代化プランとしかうつらなかった。地元民や難民としては食っていくためには仕方なくとも、おもしろくなかった。1989年、「悪魔の詩」に抗議するデモが世界で荒れ、ペシャワールでも、それまでなかった外国人への襲撃や誘拐が頻発するようになった。
遅々として進まぬ平和は、難民たちの間にいらだちをひろげ、いらだちは憤りと敵意に変わっていった。もともとあった根強い反米感情がしだいに強まっていた。このような事情の中で発生するのは、当然イスラム伝統社会の過剰な反動である。
主要な欧米NGOが、襲撃されたが、ねらいうちにされたのはたいていが「女性の解放」に関するプロジェクトである。
問題は、このてのプロジェクトが自国受けするテーマとして選ばれたことと、「女性を虐待する許しがたい社会の是正」が錦の御旗としてかかげられた点である。「文化侵略」とうけとられても不思議とは思われない。動あれば反動がある。女性がより自然に社会進出する傾向は、これによって逆につみとられてしまった。欧米側の対応は「ニューズウイーク」が「犬以下の恩知らず」「イスラム過激主義者の陰謀」と論評したのに代表されるように、高飛車な決めつけで、イスラム民衆の反感は高まった。
現地事情や人びとの習慣・心情を理解できぬ、独り歩きするプロジェクトのグロテスクな肥大、そうぞうしい自己宣伝、自分の価値判断の肥大化が見られるだけと思えたのである。
いかに不合理に見えても、そこにはそこの文化的アイデンティティがある。
かまわん、続けよう。だれもがおしよせる所なら我われが行く必要はない。だれも行かないから、我われがゆくのだ。それにスタッフ自身がアフガニスタンの住民に偏見を持つなら、この荒廃をもたらしたソ連や英米を非難する資格もない。僕は中村さんを女性差別主義者だという気持ちもないし、その資格もない。
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doremi730 at 2021-08-28 14:10
どうなさったのでしょう。帯状疱疹の影響はないのかしら、、
友人が拗らせた帯状疱疹は発疹だけでなく様々な症状をもたらし
各医療機関にかかりましたが原因が解らずに悪化しました。
でも、現在何でもないのなら大丈夫ですね。
どうぞお大事になさってください。
友人が拗らせた帯状疱疹は発疹だけでなく様々な症状をもたらし
各医療機関にかかりましたが原因が解らずに悪化しました。
でも、現在何でもないのなら大丈夫ですね。
どうぞお大事になさってください。
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saheizi-inokori at 2021-08-28 14:26
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rinrin1345 at 2021-08-28 15:56
歯の痛いのは我慢出来るものではないですよね。私のかかりつけ医は同級生で、行くたびに辞めると言ってるので他を探さなくてはです
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saheizi-inokori at 2021-08-28 21:46
by saheizi-inokori
| 2021-08-28 13:38
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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