日々書物をひもとく 「現代語訳 徒然草」(嵐山光三郎)
2021年 06月 24日
面の皮は厚かったはずだが、身体中の皮膚が薄くなって、とくに指先はあちこちアカギレより細い傷ができて水にしみる。
朝飯の片付けなど、ちょっとした水仕事でもゴム手袋をしなければならない煩わしさ。
爪もいぜんより長く伸ばしておかないと爪と指のあいだに傷ができる。
徒然なるままに、つれづれなるままに、と読む。
ゆうべ六代目柳橋の「雑排」を聴いていたら、隠居がはっつあんに「とぜんだから、ゆっくりしていきなさい」という。
辞書を見ると、新明解では「とぜん、[東北方言]退屈、つれづれ」とある。
明鏡やネットのgoo辞書では[東北方言]というのがない。
さて江戸っ子の柳橋にどういう感染経路で東北の訛りがうつったか。
その、とぜんでもありつれづれでもあり、他の本を読む気が起きなかったので、嵐山光三郎の現代語訳の『徒然草』をあちこち読み散らかす。
序段がこうなっている。
この段にもあって、それはこうだ。
(下北沢で)
こなれた現代訳が読みやすい。
へそ曲がりの「うらの声」もおもしろい。
もう一つ引こう。
兼好は清少納言と「枕草子」をかなり意識していたと嵐山は解釈していて、うらの声では清少納言を「男にもてなかった」とか「『枕草子』への対抗さ。ちなみに『枕草子』では、どのように書かれているか調べてごらん(下品なもの・第七十二段)」などとある。

朝のテレビで、コメンテーターが政府が国民の信を得るためには「専門家などのいうことと違うことをするときには、なぜそうするのかを丁寧に説明する」ことと「その結果、うまくいかなかった場合の責任を所在を明らかにする」ことだ、みたいなことをいっていた。
その二つを無視してきたからこそ生き延びてきたのがアベとスガ、説明なしと無責任こそ彼らの本質だ。
だから彼らにそれを求めるのは、死ねというようなものだ。
ホントに消えて欲しい!
朝飯の片付けなど、ちょっとした水仕事でもゴム手袋をしなければならない煩わしさ。
爪もいぜんより長く伸ばしておかないと爪と指のあいだに傷ができる。

ゆうべ六代目柳橋の「雑排」を聴いていたら、隠居がはっつあんに「とぜんだから、ゆっくりしていきなさい」という。
辞書を見ると、新明解では「とぜん、[東北方言]退屈、つれづれ」とある。
明鏡やネットのgoo辞書では[東北方言]というのがない。
さて江戸っ子の柳橋にどういう感染経路で東北の訛りがうつったか。

序段がこうなっている。
たいくつしのぎに嵐山は、ときどき「兼好・かげの声」というのをつける、それが面白いのだ。
たいくつしのぎに、一日じゅうすずりにむかって、つぎからつぎにうかんでくることを書くことにした。とりとめもない話だから、書くわたしのほうだってへんな気分になる。
この段にもあって、それはこうだ。
というのはまっかなうそで、これは帝王学なのだ。後二条天皇の皇子である邦良親王が皇位につくために、わたしはテキストを書こうと思いたった。人間の本能・本性・心理・恋愛・旅・音楽など(僕思うにレパートリーが広いのは立花隆並みだね)に関して、わたしが知り得たことを書きつくそうと思っている。最初のうちは邦良親王のために王道を説いたが、残念ながら、邦良親王が二十七歳でなくなられたため、当初の目的は変わって、わたしの隋筆のようにもなってしまった。なにぶん、へそ曲がりのわたしだから、いうことが、そのときの気分で変わってしまうこともあるけれど。真実には二つの面があることを学んでほしい。最初の書き方も、へそ曲がりのわたしの性分だからこんなふうにとぼけてみた。それから、わたしの話には、うらがあるからね、「かげの声」をきくように。

こなれた現代訳が読みやすい。
へそ曲がりの「うらの声」もおもしろい。
もう一つ引こう。
気にかかった青年ここに描かれる青年の住まいのありようは、第十段「理想の家とは」にも描かれていて、「のどかに住む家に月光がしみじみとさしこむような」「いまどきのはでな木々ではなく、時代がかった木がしげっていて」「自然のままの庭草があり」「家具は古くおちつきのあるものに限る」などとあり「住んでいる家によって主人の人格がわかるものだ」と書いている。
春の日が暮れるころ、のどかなやさしい空の下に、品のいい家があって、古木立がしげっていて、庭にしおれた花が散っていた。見過ごすのがおしいので、そっと見ていると、家の南がわは格子をおろしてさびしいが、東がわの戸が少しあいていた。やぶれたすだれから中をのぞいてみると、涼しい顔だちをした二十歳ぐらいの男がくつろいでいる。
のんびりと机の上に書物をおいて読んでいたんだね。この人はどのような人なのだろうか、名を聴きたいものだと思ったよ。
かげの声――この人は、二十歳のときのわたしの自画像さ。自慢していると思われるといやなので、こう書いてみた。春はこうでなくちゃいけない。清少納言が『枕草子』で、「春はあけぼのがいい。しだいに明けていく朝がたがいい。」と書いているが、あれは、つまらぬ男といっしょに夜を明かしたときの思い出だ、とわたしはにらんでいるんだがね。わたしにとって理想の生活とは、日々書物をひもとく、こういうものをいうのさ。
兼好は清少納言と「枕草子」をかなり意識していたと嵐山は解釈していて、うらの声では清少納言を「男にもてなかった」とか「『枕草子』への対抗さ。ちなみに『枕草子』では、どのように書かれているか調べてごらん(下品なもの・第七十二段)」などとある。

その二つを無視してきたからこそ生き延びてきたのがアベとスガ、説明なしと無責任こそ彼らの本質だ。
だから彼らにそれを求めるのは、死ねというようなものだ。
ホントに消えて欲しい!
ご相談の件
データーを移す一番単純な方法は、
データーをUSBメモリや外付けHDDのような外部メモリに保存し、
そのデータを新しいパソコンに移す方法です。
この場合、データーを保存しているフォルダーの場所が分からないと出来ません。
また、筆まめのようにソフトで保存した住所録は特別な操作で外部メモリに保存する必要があります。
どんなデータかもう少し具体的にお知らせください。
データーを移す一番単純な方法は、
データーをUSBメモリや外付けHDDのような外部メモリに保存し、
そのデータを新しいパソコンに移す方法です。
この場合、データーを保存しているフォルダーの場所が分からないと出来ません。
また、筆まめのようにソフトで保存した住所録は特別な操作で外部メモリに保存する必要があります。
どんなデータかもう少し具体的にお知らせください。
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お尋ねします。
① USBメモリまたは外付けHDDをお持ちですか?
② お持ちの場合、それらを使ったことがありますか?
③ 住所録はどのような方法で作っていますか?
(エクセル?、筆まめ?、筆王?)
① USBメモリまたは外付けHDDをお持ちですか?
② お持ちの場合、それらを使ったことがありますか?
③ 住所録はどのような方法で作っていますか?
(エクセル?、筆まめ?、筆王?)
結構前の本ではないですか?以前読んだような気がします。中身はすっかり忘れましたが
立花隆が出てきてびっくりしました。
世の中、政治の無秩序・無責任、人々の諦めに満ちていますから、徒然草を読む頃合いなのですね。
世の中、政治の無秩序・無責任、人々の諦めに満ちていますから、徒然草を読む頃合いなのですね。
> PC-otasukemanさん、そちらに書きました。
> k_hankichiさん、そうです、今の我々に言ってるような話が多いです。

ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
拝読していて面白かったので、さっそく「ジャングル」で・・。
> noboru-xpさん、見つかるといいですね。

「徒然(とぜん)の折」を御膳の折と誤解するのが落語です。
三代目金馬「道灌」より。
ある居酒屋で医師の方と居合わせましたが、懐から「徒然草」を取り出し、
「これを読むとすべてを受け入れる気持ちになる」とほめていました。
三代目金馬「道灌」より。
ある居酒屋で医師の方と居合わせましたが、懐から「徒然草」を取り出し、
「これを読むとすべてを受け入れる気持ちになる」とほめていました。
「兼好・かげの声」が読んでみたい(^^;
図書館で探してみよう。。
図書館で探してみよう。。
> doremi730さん、または古本屋^^。
by saheizi-inokori
| 2021-06-24 12:09
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
Comments(16)