山狩り 「JR上野駅公園口」

山狩り 「JR上野駅公園口」_e0016828_13420668.jpg
父親として身近に愛情を注ぎ欲しいものを買ってやるようなこともできず、ひたすら東京の工事現場で日雇いをして仕送りをしていた、その一人息子が、ようやく放射線技師の資格を得てほっとしたら、突然原因不明の死を遂げ、それでも足りないかというように、妻も亡くなってしまう。
孫娘が心配して来てくれるが、これからの娘の人生の邪魔になってはいけないと、「探さないで」と書き置きして上野駅公園口のホームレスとなったのだ。
山狩り 「JR上野駅公園口」_e0016828_12220946.jpg
シゲちゃんのコヤは摺鉢山古墳にあって木陰を透かして「正岡子規記念球場」が見えた。
彼はいちどシゲちゃんに誘われてそのコヤのなかでカセットコンロに鍋を乗せてワンカップ大関を熱燗にしてご馳走になる。
珍しく、シゲちゃんは自分のことを語り、明日台風を避けて台東区の図書館に行かないかと誘った。
彼は自分もシゲちゃんと同じ昭和八年生まれの72歳で、息子が生きていれば45歳になるとか、打ち明け話の類は一切したくなかった。
捨てることのできない過去の思い出は、みんな箱にしまった。箱に封印をしたのは時だった。時の封印の付いた箱は開けてはならない。開けたら、たちまち過去に転落してしまう。
山狩り 「JR上野駅公園口」_e0016828_12210673.jpg
昭和8年は(平成)天皇と同い年でもあり、彼は14歳の時に、お召列車から昭和天皇が原ノ町駅で降りて7分間駅前に滞在したのを目撃したことがある。
息子は大難産で、その10日前に税務署が家中に赤紙を貼っていき、「これっぱっこの金もねぇ、これっぱっこの金もねぇ」、といいながら産婆のところまで走った。
金のことを訊かずに白い割烹着で妻の大きな腹に黒い喇叭型の聴診器を当てた産婆は、やがて「男の子です。おめでとうございます。親王殿下と同じ誕生日で、ほんとうにおめでたい。」といい、妻が赤ん坊を抱くとこんどは方言で「ほんとにめごいおぼこだない」というのだった。
皇太子の名前の一字をとって浩一と名付けたのだ。
山狩り 「JR上野駅公園口」_e0016828_12224833.jpg
上野公園にある博物館や美術館、日本学士院などに天皇や皇族が行幸啓される時には「山狩り」が行われる。
ホームレスは、テントをたたみ家財道具一切を指定されたところに移して、自らは雨であろうが嵐であろうが、ねぐらを探さなければならない。
解除になったときは、たいてい前の場所は立ち入り禁止になっている。
移動を禁じられた時間より前に公園に戻ったことはない。でも、戻ったとして、何の不都合になるのか?何の違反になるのか?何を害したり、侵したりするというのか?誰が困って、誰が怒るのだろうか?自分は悪いことはしていない。ただの一度だって他人様に後ろ指を差されるようなことはしていない。ただ、慣れることができなかっただけだ。どんな仕事にだって慣れることができたが、人生にだけは慣れることが出来なかった。人生の苦しみにも、悲しみにも、、、喜びにも、、、。
山狩り 「JR上野駅公園口」_e0016828_12213584.jpg
彼がパンダ橋を渡って上野恩賜公園に入ると、天皇皇后両陛下の乗った車がやってきた。
群衆の燥いだどよめきのなかで、彼は「挑んだり食ったり彷徨ったりすることを一度も経験したことのない人生」、自分が生きた歳月と同じ七十三年間を送ってきた人の「柔和としか言いようのない眼差しをこちらに向け、罪にも恥にも無縁な唇で微笑まれている」二人を見て、昭和39年10月10日、プレハブの六畳一間の部屋でラジオから流れてきた昭和天皇の声を聞いたことを思い出す。
第十八回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します。
不意に涙が込み上げてきた。
山狩り 「JR上野駅公園口」_e0016828_12222147.jpg
15年も前に、直木賞を受賞した「容疑者Xの献身」(東野圭吾)の主人公が、何の罪もないホームレスを、身代わりの死体を用意する、ただそれだけのために焼き殺してしまうことを、純愛だの献身だのと言って殆ど誰も(笠井潔を例外として)問題にしなかったことを怒って、ブログに何回か書いたことがある。
「容疑者Xの献身」再論 納得できない人権無視
山狩り 「JR上野駅公園口」_e0016828_12214885.jpg
緊急事態宣言実施中でもオリンピックをやるというIOC、山狩りでホームレスを追いやる人びとは世界中にいるようだ。
とくに雲の上に。 「緊急事態宣言下でも五輪開催」とIOC
Commented by たま at 2021-05-22 19:13
 上野駅構内を横断する「東西自由通路」は、かつてJR東日本が駅舎橋上化・超高層ホテル新設との3点セットで画策した大規模プロジェクトの残滓かと。して、通路中央部に残る「突起」は、将来、その上に商業施設を増築するときのために密かに用意した「支柱基礎」かしら…(?)。
Commented by haru_rara at 2021-05-22 19:43
今、unburroさんのところでこの本についてコメントしたところでした^^
私も読みました。読んでよかったと思います。
昔、通学で通る新宿や池袋の地下には、新聞紙やダンボールに囲まれて多くの人たちが住んでいました。
渋谷のガード下にも小さなおばあさんがぺたりと座っていたし、公園には小屋も並んでいましたっけ。
青島幸男が都知事のとき、新宿駅地下のホームレスを撤去させたことが忘れられません。
Commented by saheizi-inokori at 2021-05-22 21:36
> たまさん、その突起をテーブルにして会食する人たちが多いですね。私もいちどやってみたい。
Commented by saheizi-inokori at 2021-05-22 21:40
> haru_raraさん、ちょっとした何かの違いで私もホームレスになっていたことがあるかもしれないと思います。
とくに最近また一夜にして住まいをなくす人のことを見聞きしているとそう思います。
Commented by noboru-xp at 2021-05-24 07:45
「JR上野駅公園口」を読んで納得がいかない部分があるんです。
田舎なら10万円弱の年金があれば充分生活していけます。
娘に迷惑を掛けたくないと言って東京へ舞い戻りホームレスに
なるのも、娘は自らの存在を否定されたにほかなりません。
この2点が気になりました。
Commented by saheizi-inokori at 2021-05-24 09:40
> noboru-xpさん、私も娘や孫のことが気になりました。
しかし結婚している娘は自分で世話ができないから、孫に見に行かせたのでしょう。
それを彼は重く受け止めたのだと思います。
また10万円もの年金って彼らももらえるのでしょうか。
Commented by noboru-xp at 2021-05-24 12:57
文庫本の117頁には「国民年金も月々七万円づつある」と書いてあります。
Commented by saheizi-inokori at 2021-05-24 14:12
> noboru-xpさん、おや、それは見逃しました。
彼は無力感と無用感に陥っていたのでしょうね。
Commented by noboru-xp at 2021-05-25 07:25
好き好んでフォームレスになった人にはあまり興味が
亡くなり途中で読むのを止めました。
Commented at 2021-05-25 07:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2021-05-25 09:33
> noboru-xpさん、そうですか、私には他人事に感じられませんでした。
Commented by baobab20_z21 at 2021-05-25 12:59
さへいじさん、こんにちはw
コメントするのに逡巡してまして、出遅れちゃいました。主人の昔の知り合いに、家族を捨て、離婚し西成のあいりん地区(大阪)に引っ越しした人がいました。定年まで勤めた銀行マン。本の虫で、やはり転居先でもずっと読書されてたようです。こういう心境分からなくはない。周りからは好奇の目で見るでしょうが、その人の生き方ですから。突き詰めたらこうなった。逃避もしくは世捨人!西行みたい。長々失礼しましたw
Commented by saheizi-inokori at 2021-05-25 14:10
> baobab20_z21さん、そんな生き方もあるかな。
この上野駅の彼は、家族のためだけにすべてを尽くしてきて、けっきよく長男と妻に死なれてしまった。その無常感もさることながら、自分が無用になって孫から尽くされることを受け入れようがなかったのではないかと思います。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by saheizi-inokori | 2021-05-22 13:40 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(13)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori