衰弱した欧州人&服従する幸せ 「服従」(ミシェル・ウエルベック)

主人公、フランソワは、ソルボンヌ―パリ第四大学で『ジョリスーカルル・ユイスマンス、または長いトンネルの出口』という博士論文の口頭試問を受けた(最優秀で合格してソルボンヌの教師になるのだが)ときに、「自分の人生の、最良な時期が終わりを告げたことを理解した」。
フランソワは、19世紀末フランスで活躍したデカダン作家・ユイスマンスの研究者としては一流であったが、「知性の伝達はほとんどの場合不可能である」と教職には情熱を持たず、ゼミの女子学生たちと寝るけれど、恋人らしいのはミリアム(やはり生徒)くらいで、そのミリアムと別れると、孤独な日々を過ごす。
ミリアムに「あなたはマッチョだ、って言っていいかしら」と言われ、
分からない、そうかもしれない、ぼくは多分いいかげんなマッチョなんだ。実際のところ、女性が投票できるとか、男性と同じ学問をし、同じ職業に就くことがそれほどいい考えだと心から思ったことはない。今はみんな慣れっこになってるけど、本当のところ、それっていい考えなのかな。
と答えてしまう。
彼女は驚いて目を見張ったけれど、「どちらにしても、どんな問いに対してだって自分は答えなど持っていないのだ」。
家父長制は少なくとも存在するだけの価値がある、とも言う。
ミリアムが(セックスをしないで)帰ったあと、考えたことは、そもそも人生には意義が必要なのか、とか、ミリアムはぼくの恋愛遍歴の頂点だったなどということだ。
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時は2022年、フランス大統領選挙の第一回投票で、移民排斥を訴える極右・国民戦線代表のマリーヌ・ル・ペンとイスラーム同胞党のモアメド・ベン・アッベスが一位と二位になる。
左派の社会党と保守・中道派のUMPは、ファシストよりはイスラーム主義者の方がましと考え、ベン・アッベスが大統領になる。
じっさい、イスラーム同胞党は、通常の政治的に重要な課題にはほとんど関心がなく、不可欠な課題は人口と教育、出生率を高め、自分たちの価値を次代に高める者が勝つのだ。
たぐいまれなる政治家・アッベスはフランス民主連合議長であったフランソワ・バイルー(かけ値なしに頭が悪く、なんとしてでも「最高官職」につきたいという個人的欲望のみで動く老いた政治家であり人間中心主義を体現し、宗教間の対話の仲裁人を任じ、愚鈍さにおいてカトリックの選挙民からも評価されている)を引っ張り出して首相につけることを公約する。
アッベスもまた新しいヒューマニズムを体現し、イスラーム教を、新しい、さまざまな再統合を可能にする宗教だと思わせたがっていたのだ。
UMPや社会党の幹部は内心ではフランスの解体(EUへの吸収)を目しているから、アッベスと共和党戦線の創設に同意したのだ。
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政府の情報部にいた男はアッベスが大前提とするのは、ローマ帝国であり、ヨーロッパ帝国を再建するのが、古代からの壮大な野心を実現する手段だと分析する。
地中海周辺諸国を含めたヨーロッパの、初代大統領になって、(アラブのオイルマネーも使っての)湾岸諸国との同盟を考えているのだと。
フランス革命、共和国、故国、、。そういったものは何かを生み出すことができました。一世紀と少しの間続いた何かです。しかし中世のキリスト教国は千年以上続いたのです。
脆弱な現代フランス文化!
友人はフランソワにロカマドゥ―ルに行くことを勧めるのだった。
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フランスの政治社会状況の分析が正鵠を射ているのか、について、解説の佐藤優は、イスラエルの友人の言葉として「フランス人の反イスラーム感情が根強いから、そうはならない、棄権して、できた政権(フアシストにせよイスラームにせよ)を打倒することを考える」を紹介し、自身も「フランスにはレジスタンスの伝統があるから、内戦が起きる」と付け加えている。
だから、この小説に書かれたようなことは起きそうにもないのだが、イスラーム政権後のフランスの描写は興味深い。
そして、インテリたちがやすやすと『改宗』していくさまが、僕にはリアルであり、リアルであるということが恐ろしくもある。

いったん首になったフランソワをソルボンヌに戻そうとする学長の言葉、
人間の絶対的な幸福が服従にあるということ。
女性が男性に完全に服従することと、イスラームが目的としているように、人間が神に服従することの間には関係がある。そして、世界をその全体において、ニーチェが語るように『あるがままに』受け入れる。
イスラームにとっては、神による創生は完全であり、それは完全な傑作なのだ。コーランは、神を称える神秘主義的で偉大な詩そのもの、創造主への称賛と、その法への服従だ。
大塚桃 訳
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不服従のおしるしとして、


Commented by jyariko-2 at 2021-03-26 14:17
自分が気が付かずに服従していることは沢山あると思います
言われるままにしていたら楽ですもの 井の中の蛙ですね
服従させている側は快感なんでしょうね
そこに宗教が絡んでくると私には訳わからなくなります
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-26 15:34
> jyariko-2さん、せめて面従腹背でがんばりたいですね。
Commented by baobab20_z21 at 2021-03-26 18:55
さへいじさん、こんばんは^ ^
河出書房新社に佐藤優にデカダン、楽しそ〜
私だって不服従ですが、ジタバタしながらも惚れた男には服従しちゃいます♪
阻害五輪!復興どころかもはや粗大五輪!
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-26 21:35
> baobab20_z21さん、それはフランソワも羨むかも。
凶器狂気五輪、やめて本気で復興をめざせ!
Commented by Solar18 at 2021-03-26 22:47
数年前にドイツ語版で読みました。巧みな風刺劇だと感心しました。この作者はいつもそうですけれど。「インテリたちがやすやすと改宗、、」→的を得ているかもしれないです。
私が通っていた大学(日本のキリスト教系の)でも、フルタイムの教官になるために、信者でもなかった人が平気で洗礼を受けていました。
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-27 10:39
> Solar18さん、天皇を拝み、民主主義に杯をあげ、そして今は日本会議政権を支持し、日本人の歴史は改宗の歴史かもしれないですね。
Commented by olive07k at 2021-03-27 12:53
足跡を残す(書き込み)にも
難し過ぎて アキマセン(_ _)
知識、、薄すぎて(トホホ)

後程 もう、少し 気合いを入れて
こちらへズームインせねば!
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-27 13:24
> olive07kさん、分かりやすい記事を書ければいいのですが、私もわかってないのかな。
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by saheizi-inokori | 2021-03-26 12:04 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori