椎名町の天ぷら

歯医者の帰りに買い物に寄ったら、フキノトウが売られていた。
ちょっと鮮度は落ちるような10個ばかりのワンパックが480円、産地の人から見たらビックリするような値段だろうが、つい(ラインでカミさんの了解を得て)買ってしまった。
血管がよみがえる食事では油も禁じられているのだが、これは例外特別扱い、オリーブ油で揚げてもらった。
ほろ苦きを噛みしめながら、ふるさとの春の土手を思い出した。
これで野蒜でもあればいうことなしだ。
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天ぷらと言えば、このところ時々思い出すのは、椎名町の天ぷらだ。
八百屋かなにかの店先に屋台のような天ぷら屋があって、サツマイモや鯵のフライなどを売っていた。
週に二度か三度、その近くの学習塾の先生のアルバイトに通っていたことがある。
道路に面して、ガラスの引き戸を開ければ、そこが、いろんな学年の子供たちが、五人も座れたか、安っぽい机を一つ置いたコンクリート打ちっぱなしの教室。
ぼくは何を教えたのか、それぞれが宿題などをするのを見守って、ときどき教えてやったりしたのだろう。
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教室の奥が一段高くなっていて、薄暗い部屋が覗かれて、そこが経営者夫妻の住まいだった。
早稲田大学の院生だといったか、クラ~イ感じの経営者は、それでも愛想がよくて、ときどき「佐平次さん、ちょっと行きましょうか」と誘ってくれて、その天ぷら屋に行くのだ。
好きなものを、と言われてサツマイモにしたか鯵のフライにしたか、新聞紙に包んでもらって、それからその近くの立ち飲み屋に行ったか、それともまた塾に戻ったか、どうも塾に戻る方が多かったような気がする。
一升瓶から茶碗に注いでくれた酒と熱い天ぷらが、いつだって腹を空かせていた身にはことさらうまかった。
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学生同士、年もそれほど違わないはずだけれど、奥さんがいるようだし、なんたって経営者でもあり、天ぷらをおごってくれる人生の先輩だった。
その頃、河合塾などの学習塾がぐんぐん成長していて、なかには学生が起業したものが大成長をとげたなんて話も、まるで違う世界の出来事のように聞いていた。
僕に天ぷらと酒をご馳走してくれた男は、もっと違うワケアリの、葛西善蔵あたりの世界に住んでいるようでもあった。
彼の話をどのように聞いたか、貧乏育ちではあっても、まるで世間知らずの坊やだったから、ほとんどまともな会話にはならなかったのじゃないか。
今なら(割り勘で)話も弾むかもしれない。
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Commented by k_hankichi at 2021-03-23 12:22
ふきのとうの天ぷらは苦味がポイントですね!
季節の息吹きを食べて身体に沁み渡らせるときの嬉しさとちょっとした罪悪感。大切なものを食べさせてもらっているという。
Commented by unburro at 2021-03-23 12:31
森絵都の小説『みかづき』が、まさに、その時代の塾の物語でした。

学習塾の創成期、訳ありの夫婦が主人公で、授業について行けない、貧しい
子供達のための補習塾を立ち上げるのです。それが、時代と共に、
受験のための塾に変遷していく中で、様々な葛藤が〜というストーリーです。
saheizi さんのような登場人物も、いたような…
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-23 12:32
> k_hankichiさん、苦味を味わいながらちょっと目を瞑ってふるさとの野山を想うのです。さらに苦味がまして味わいも深くなるのです。
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-23 12:33
> unburroさん、名前しか知らない作家です。これは読まなくちゃ!
Commented by tsunojirushi at 2021-03-23 14:03
野蒜、良かったら拙宅へどうぞー!
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-23 15:49
> tsunojirushiさん、いいなあ、きれいに洗って真珠みたいなのを塩か味噌でカリッ!ビールをぐいっ!
Commented by miyabiflower at 2021-03-23 18:48
小学生の頃、友達に連れられて田んぼの畦道に
野蒜を採りに行ったことを思い出しました。
分けてもらったのですが、子供だったのでおいしいと思えず・・・。
今だったらおいしいのでしょうね、きっと。
世田谷区でのことです、半世紀以上前にはれんげの咲く田んぼや小川がありました。
今は家が立ち並んでいて、どこが田んぼだったかも思い出せません・・・。

注文していた「こうちゃん」届きました。
気持ちが落ち着いているときにゆっくりと大切に読みたいと思っています。
手元にあるだけでなんだかほっとしています。
ご紹介ありがとうございます^^
Commented by haru_rara at 2021-03-23 19:52
ふきのとう、よかったですね。
初物は寿命が延びる、といいます。
できることならこちらの採りたてを召し上がっていただけたら!
Commented by 20070707open at 2021-03-23 20:08
ふきのとう、高価ですね^^
でも、ぜひ味わいたい季節の味です。
雪国の人は冬あまり動かないので春の山菜を食べることによって冬にたまった毒素を体の外に出すと聞いたことがあります。
山菜にえぐみはそれなりの理由があるのかと・・・
天ぷらにするとそのえぐみは甘味になるのが不思議です^^
Commented by ppjunction at 2021-03-23 22:07
「天麩羅はからりと揚げよ昭和の日」って俳句をどこかで見かけました。
昭和の庶民のご馳走は、天麩羅、トンカツ、クリームソーダー かな。。。
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-23 22:21
> miyabiflowerさん、目黒に住んでいた頃、ジョギングで東大駒場まで走りました。するとあそこには野蒜が生えていてたくさん採ってきました。
家の近所の散歩道にもたまに見かけるのですがワンちゃんの銀座でもあるのでとったことはありません。
いまはそれもなくなりました。
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-23 22:24
> haru_raraさん、会津の野蒜、特別な味がするだろうな。
会津の酒で食べたいです。
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-23 22:29
> 20070707openさん、良薬は口に苦し、その苦味がたまらんのです。
成長するとあんなに大きな葉っぱになるのですから、あの小さな体にエネルギーが漲っているのでしょう。
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-23 22:32
> ppjunctionさん、サツマイモの、ね。
Commented by ikuohasegawa at 2021-03-24 05:36
1年半行っていない信州の我が家のフキノトウは、今年もフキになるでしょう。
早く自由に行動したいです。
Commented by at 2021-03-24 07:00 x
母は蕗の薹の味噌炒めが好きです。
中年のころ、銀座の天ぷら屋で春野菜を揚げてもらいながら、
冷酒をしたたかに飲んだことがあります。
あれほど食欲の赴くままにさせたことはありません。
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-24 09:35
> ikuohasegawaさん、蕗で食べられるかな、ことしは難しいかも、惜しいなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-24 09:36
> 福さん、銀座、春、野菜、冷酒、それは食欲も刺激されますね。
Commented by 平名 at 2021-03-24 11:25 x
 ふきのとうは、花の蕾の苦いのが美味しいと想っていましたが葉っぱも天婦羅にして出され食べたら結構美味しかった,、いろんな食べ方が有るんだな、 美味しければ佳しとして、酔いが回るか、、
Commented by saheizi-inokori at 2021-03-24 11:36
> 平名さん、タラの芽なども葉っぱの天ぷらもいけますね。
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by saheizi-inokori | 2021-03-23 11:18 | 人生の御馳走帖 | Comments(20)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori