二月にコロナ引き籠りを始めたころは、床屋なんていちばんアブナイ、歯医者も呼吸器の病院もアブナイ、そう思ってずっと行かなかったのに、夏を過ぎるころから恐る恐る行き出して、今ではそのどれもに、恐れげもなくいくようになっている。
コロナに罹患する危険についての知識が増えたこともあるけれど、喉元すぎればというか狎れというべきか、緊張がゆるんで根拠のない安心感が芽生えてしまったのだ。
きのうは朝一番に行けばいくらかでもリスクが少なくなるかと思って電話したら午前中はいっぱい、昼一番を予約した。
先月よりも緊張感をもって入店すると、マスターが顔を覚えたからか、愛想よく何かと喋るのが気になった。
客は僕だけ、仕事中は無言なのがよろしい。
草原よサラバになる以前、美容院に通って可愛い女の子たちとわ~わ~しゃべりながらパーマをかけてもらうのを、息抜きにしていたことが嘘みたいだ。

床屋の隣の小さなセレクトショップ、定休日のウインドウから見えるシャツが眼についた。
コロナ引き籠りの間は、首がたるみ色も褪せた無印シャツの部屋着で、そのまま外にも出ていたのだが、このところ買い物に行く回数が増えたり、そのついでにカフエに寄ったりしていると、道すがらこういうものに目が行く。
もう服なんて買わなくてもいいし、であるくこともないから、なんとか死ぬまでは食っていけそうだと、とんだコロナの御利益だったのに、鳴りを潜めていたもろもろの欲望が上目遣いで頭をもたげようとしている。

僅かばかり残った髪の毛ですら切らなければならないほどに伸びてくるように抑え込んだ爺の欲望でも鎌首をもたげるのなら、さなきだに血沸き肉躍る若者たちが、いつまで我慢しておられようか。
そこに目をつけた悪魔・スガ・二階たちが後手後手GoTeトラブルで煽るのだから、友だちと騒ぎたい、うまいものを食いたい、、動き回り金を使いたがるのも無理もない。
まして、ジングルメジングルメと世界中が消費に沸くシーズンでもあるし。

借りた「クリスマスの朝に」をカフエで読むのは自粛して、駒沢公園を散歩した。

学校が休みなのだろうか。
ドッチボールをしている。
同じ子のところにばかりボールがまわる。
その子がボスなのか、適当な子を選んで当てようとしているが、真剣にはやっていないようだ。
小学校の頃、僕は真剣にやった、あれは楽しかったなあ、ドッチボールってのはドッチに投げるの?の意味なのか、などと埒もないことを考えながら見ていた。

サンチを散歩に連れて行った。

ついつい前に行って大丈夫なところは油断しそうになりますよね。
でも、毎日700~850人も新規感染になので、
街中は怖くて行けないでいます(^^;
サンちゃんも元気そうで良かった
今年はマスクをしての外出なので気楽な面もあります
何方かが髭面男とスッピン女が増えているって言っていましたが
そんな感じです

私はおばさんのほうが落ち着きます。
今日、調べました。

地域や年代で変わるのでしょうか。私はドッジボールがしっくりくる地域で育っていました。ドッチにしても楽しい遊びだったけれど弱い者からやっつけていくようなゲームだったような気もしないではありません。
そういえば子供の頃からいちどもおばさんの床屋に行ったことがありません。
やたら偉そうなことをしゃべるオジサン床屋っていやですね。