あゝ透明なサハリン!「サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する」

寝過ごしてもちょっとだるいのは、昨日日中動きすぎたからだ。
眼医者→ザ・ガーデン(野菜と弁当)→成城石井(肉)→山田電機(ルンバのことを聞きに行ったが無駄足)→薬局→図書館と経めぐって三時間、久しぶりに8千歩あるいた。
2月のように膝と坐骨神経痛で歩けなくなるかと心配したが、ちゃんとサンチの散歩と洗濯二回ができた。
ベランダの日差しが首筋に刺さる。
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さて、サハリンの賢治だ。

稚内午後11時30分発の対馬丸に乗った賢治は小雨に濡れた甲板にたって、亡き妹・トシの霊と交信しようとする。
今、自分が行こうとする道が、間違いでほんとうの幸福に至らないのだったら、
いままっすぐにやって来て
私にそれを知らせて呉れ。
みんなのほんたうの幸福を求めてなら
私たちはこのまゝこのまっくらな
海に封ぜられても悔いてはいけない。(「宗谷挽歌」より)
トシのいる「私の見えないちがった空間で、お前を包む様々な障害を衝き破ってきてくれ」というのだ。
そう思って無人の甲板にたつ賢治を船員は警戒の目で見守る。
賢治と死は紙一重だった。
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トシの成仏に確信を持てない賢治は旅の間中、成仏してさわやかな天上にいるトシと
暗紅色の深くもわるいがらん洞と
意識ある蛋白質の砕けるときにあげる声
亜硫酸や笑気のにほい
これらをそこに見るならば
あいつはその中にまっ青になって立ち
成仏しなかったトシの、ふたつのイメージの間で懊悩する。
八時間の船旅を終えて大泊(コルサコフ)につくまで、トシは現れなかった。

大泊で王子製紙の旧友に面談、生徒の就職を依頼した後、賢治はすぐに当時の最北端の駅・栄浜(スタロドゥプスコエ)に向かう列車に乗る。
およそ5時間30分の汽車の旅の間、賢治は詩を作ることもせず、窓外の景色に見とれていたのではないか。

大泊についてから書いた「オホーツク挽歌」は、それまでの「青森挽歌」「宗谷挽歌」と比べると、寂寥の中にある種の爽やかさがある。
それはタペストリーのように、あちこちに折り込まれた樺太の可憐な花たちのせいでもある。
内面ばかりをみつめて難解だった詩に外の世界が描かれるようになった。
「チモシイの穂」「モーニンググローリ(朝顔)」「小さな蚊」「貝殻のいぢらしい白いかけら」「熟した黒い実のついたまっ青なこけもも」「大きな赤いはまばら」「不思議な釣鐘草」、、
サガレンの朝の妖精にやった
透明なわたくしのエネルギーを
いまこれらの涛のおとや
しめったにほいのいい風や
雲のひかりから恢復しなければならないから
拾った貝殻を口に含み浜辺でしばらくねむろう、と歌うのだ。

そしてそのオホーツクの海の、水平線まで延びる緑青、累層構造の雲間からのぞく天の青、それら二つの青、これこそとし子の持っていた特性だ。
わたくしが樺太のひとのいない海岸を
ひとり歩いたり疲れて睡つたりしてゐるとき
とし子はあの青いところのはてにゐて
なにをしてゐるのかわからない(「オホーツク挽歌」より)
賢治はトシの存在を直感する。

銀河鉄道で「白鳥の停車場」のモデルになったのではないかといわれている「白鳥湖」が栄浜の近くにある。
梯もそこを訪れる。
そしてその書「シベリア島」の記述から、チエーホフも賢治と同じ行程で南サハリンを旅した途次にこの湖に行ったこと、チエ―ホフがこの湖だけを主情的な文章で描いていること、ロシアのミツーリという賢治の人となりを思わせるような篤学の農学者のことも知る。
この辺りが、白鳥湖の景観もまじえ、シンクロニシテイの面白さも堪能させてくれるのだが、ここでは省略するしかない。
けっきょく賢治が白鳥湖に行ったかどうかはわからない。

梯は賢治の詩を読みながら、その足跡を旅することで、詩句の意味するところが、「あれのことかな?」と思い当たるのだ。
「月光色のかんざし」、エゾニュウをうたった詩に「Van’tHoffの雲の白髪の崇高さ」という言葉が出てくるのだが、そのVan’tHoffが浸透圧の研究でノーベル賞を受賞した学者であることを調べ、エゾニュウの人の丈ほどもあるほどの長い茎を思い出し、賢治も、それをみて地面から先端までの浸透圧の働きに思いを馳せたのではないか、などと文学探偵の筆は冴えまくる。

帰途書かれた「樺太鉄道」「鈴谷平原」における賢治は、もう「わたくしはこんなにたのしくすわってゐる」心境だ。
鈴谷平原に吹く風を「すきとほった大きなせきばらひがする
これはサガレンの古くからの誰かだ」と聴く。
そして
一千九百二十三年の
とし子はやさしく眼をみひらいて
透明薔薇の身熱から
青い林を考えてゐる(「噴火湾(ノクターン)」より)
1923年はトシの死後一年である。
「透明」と云うことばはサガレンのイメージ、それが死後のトシのイメージと重なっている。
樺太で過ごした五日間が賢治に与えたものの大きさと不思議さを思わずにはいられなかった。
と梯。

またもや時間がなくなった。
出かけなければならない。
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「春と修羅」を学生時代に読んだ時に、こういう背景を全く知らず、学ぼうともせずに、まっすぐ詩句に向かって行って、ほとんどなにも分からないままに挫折した。
解説など読むのは邪道だ、詩句そのものと向き合うのだ、なんて何の根拠もなく思い込んでいた無知と倨傲。
いまようやく入り口に立てたのか。

Commented by tsunojirushi at 2020-09-09 14:20
某古書店、某駅踏切(どちらも分かります笑)、こうして撮られるとオシャレに見えますね。
文学探偵という表現、分かりやすい。評論や研究はそういう仕事ですよね。賢治の言葉はつくづく綺麗だなあ。
Commented by saheizi-inokori at 2020-09-09 16:01
> tsunojirushiさん、賢治の言葉を真似ようとしてもできません。
こころがすきとほらないとだめです。
Commented by okanouegurasi at 2020-09-10 03:00
さへいじさんの足跡を追ってバーチャルトリップをしてみました。
西村文正堂見つけました!
Commented by saheizi-inokori at 2020-09-10 06:03
> okanouegurasiさん、誰かあとをついてくるなあ、と思ったら!
Commented by at 2020-09-10 06:34 x
トシとの背景について。
勉強になりました。
「春と修羅」は稀有な詩集ですね。
理系の用語など、普通は衒学的で嫌みなもんですが、
賢治にかかると、詩情を醸すから不思議です。
Commented by j-garden-hirasato at 2020-09-10 07:12
陽射しがまだまだ痛いです。
昨日は、ほんと、
刺さるような陽射しでした。
いつまで続くのか…。
Commented by saheizi-inokori at 2020-09-10 09:44
> 福さん、たしかに衒いとは無縁ですね、私が真似すると衒いそのものになってしまうのに。
Commented by saheizi-inokori at 2020-09-10 09:45
> j-garden-hirasatoさん、日陰や風には涼しさを感じるときもありますね。
ほっとするような寂しいような気持ちです。
Commented by maru33340 at 2020-09-10 13:39
僕もこの本読了しました。
とても良い本でした。
賢治の詩をこんなに身近に感じられたのは初めてのことでした。
Commented by saheizi-inokori at 2020-09-10 14:31
> maru33340さん、ブログでは書かなかった彼女の旅のあれこれも楽しかったです。

Commented by ikuohasegawa at 2020-09-11 09:35
梯久美子の作品を読みたくなりました。サガレンも。
Commented by saheizi-inokori at 2020-09-11 10:34
> ikuohasegawaさん、私ももっと読みたいと思います。
Commented at 2020-09-11 12:22
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2020-09-11 12:41
> 鍵コメさん、おことばに甘えます。
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by saheizi-inokori | 2020-09-09 12:34 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(14)

ホン、映画・寄席・芝居、食べ物、旅、悲憤慷慨、よしなしごと・・


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