後継は石破だ

「その中において、その中において、その中において」、珍しくプロンプターなしの記者会見の、その中において、「その中において」を少なくとも三度続けたのは、何を言ってるか自分でも分からなかったからかもしれない。
ああ、やっと！という思いだが、達成感はない。
野党の力で倒したからではないからだ。

競馬の予想みたいな後継者予想が、楽し気に行われて、この国を如何しなければいけないかの議論は少ない。
アベの逃亡的退陣によって、メチャクチャにされた日本の政官財メデイア上層部の倫理感（の喪失）がそのままに放置されるようなことがあってはならない。
だから、岸田、菅、麻生、二階、河野、小泉などアベの延長ないし現自民温存派は論外だ。
反政権ともいわれる石破に期待するしかないのではないか。

長期政権の記録を作って、国会は開かないまま、コロナ対策の見通しを得たなどといって、「今しかない」退陣表明は、調子が良すぎる。
再発の兆候が表れて自重すべき6～7月に会食（フランス料理など）を繰り返していたしなあ。

お人好しの人びとの同情が、アベの積悪を水に流してしまう。
候補者は、堂々と党員と国民のすべてに、己が持するところを訴えて、論戦を交わすべきだ。
新しい政権が濁りに濁ったアベ政治の跡をドブ浚いしなければ、日本は生まれ変わらない。
そのために一ヶ月やそこらの選挙期間は、喜んで差し出そうではないか。
両院議員総会などはペテンである。
荷風は戦時中の「日乗」において、一貫して連合国に声援を送っている。
リベラリスト・大佛次郎だって、「敗戦日記」において、Ｂ２９撃破のニュースに「胸のすく」思いを吐露し、神風特攻隊については「鞍馬天狗現る」と喜んでいる。
荷風は、ドイツとポーランドの開戦に「ショーパンとシエンキイツツの祖国に勝利の光栄あれかし」と書き、

余は日本の新聞の欧州戦争に関する報道は英仏側電報記事を読むのみにて、独逸よりの報道（八字切り取り）又日本人の所論は一切之を目にせざるなり。

余は唯胸の奥深く日夜仏蘭西軍の勝利を祈願して止まざるのみ（昭和１５年５月１６日・漢字は旧字）

などと書き続けている。

大佛次郎は、戦時中の荷風の文学を「日陰の芸術」と（正確に）とらえ、その荷風が当代無二の人気作家であることについて「力にはならぬが荷風には人が慰められるのである」としている。
荷風ブームは戦後の現象ではなく。戦争末期からよく読まれていたのだ。
それだけ厭戦気分が世に広まっていた。
荷風は「今日の軍人政府の為すところは秦の始皇の政治に似たり。国内の文学芸術の撲滅をなしたる後は必づ劇場閉鎖を断行し債権を焼き私有財産の取り上げをなさでは止まさるべし。斯くして日本の国家は滅亡するなるべし」と予見する。

昭和１９年３月31日、浅草のオペラ館が建物疎開の対象となって取り壊される、その最後の日。
日陰へ、日陰へと後退していく荷風の拠り所が失われてしまう。
その日、荷風は最後のレヴューを見、館主の一座に対する挨拶、それに答える楽屋頭取の答辞が涙声になり、一座のみんながいっせいに泣き出すのにもらい泣きする。

オペラ館楽屋の人々は或いは無智朴訥。或いは淫蕩無頼にして世に無用の徒輩なれど、現代社会の表面に立てる人の如く狡猾強欲傲慢ならず。深く交われば真に愛すべきところありき。されば余は時事に憤慨する折々必この楽屋を訪ひ彼等と共に飲食雑談して果敢なき慰安を求むるを常としたりき。然るに今や余が晩年最終の慰安處は遂に取払はれて烏有に帰したり。悲しまざらんとするも得べけんや。

この時、荷風65歳。