恒三さん、グラタンはうまかったべ

昨日の買い物は、都立大学の四つの店を歩いて、焼きたてふわふわの食パン二斤とクリームパンにくるみパン、つぶれないように持っていくのが大変だ。
栃木やではアツアツ揚げたてのチキンカツ、ムスビガーデンでは、トマトとキューリとキウイフルーツにリンゴジュース、東急スーパーでは、ホウボウの刺身とヨーグルトに歯ブラシ、、ああ、だいたい覚えているようだ。
それを熱いものと氷を貰って冷たくしておくものと、つぶれるものと、チキンカツは袋の口を閉めると蒸れてべったりしてしまう、を苦労して三つのエコバッグに包み分けて肩からしょったり、ぶら下げたりして帰った。
願わくばカフエでちょっと本を読みながら休みたいと思っていたが、そんな余裕はあらばこそ。

家事というものは、ほんとに疲れる。
現役時代は会社で仕事している方が大変だという気分があったが、とんでもないね。
僕らの頃は出勤すればだまってお茶とおしぼりが出て、なにか印刷するのだって人に頼む。
ぼくは人にやらせるのが嫌で来客にも自分でお茶を入れて出したので変人扱いだった。

このまえ、ためしに家の中でどのくらい歩くのか、朝飯前だけ計ってみたら、大掃除をしない朝で千歩を超えていた。
短い距離を行ったり来たり、無限に歩くのが主婦だ。

歩くだけでなく、下の物を上に、上の物を下に、右に左に斜めに、物を動かしつづけなければならない、散歩じゃないんだから。
夜の片づけが終わると足が重くなってほとほと座り込みたくなる。

子供たちが、食器洗い（夜）や布団敷などをまいにちやってくれたのは、亡妻にとってどれだけの労りに感じられたことだろう。
食器を台所まで運んでくれるだけでも有難いもの。

渡部恒三が亡くなった。

彼が福島県議になったかなろうとしているときだったか、ぼくが会津にいるとき、とつぜん彼が僕を訪ねて来て、東山温泉で酒を飲んだことがある。

恒三さんが拉致するように車に乗せていったのがりっぱな旅館で、部屋にはタクシー会社の社長がいた。

どうやら彼がスポンサーだったのだろう。

会津のことばで語る二人は、感じがよくて、話も酒も盛り上がった。

何の用で、彼らが僕をご馳走したかというと、あとで考えると、政治家にならないか、応援するぞ、ということだったのではないか。

結婚しているといったら、残念だ、早すぎたなあ、などといったのを覚えている。

もちろん、頭から拒否した。

その恒三さんの追悼記事のなかで、彼がこんなうまいものがあったか、と思ったというのがマカロニグラタンだとあって、きゅうに死んじまった男との距離が縮んだ。

ぼくもマカロニグラタン初体験は、忘れられない。

大学に合格してうきうき気分、親戚の同い年の女の子も首尾よく女子大合格というわけで、ふたりで映画デートをした。

女性とふたりで映画を見るのは初めてだった。

新宿ミラノ座でへプバーン、これも初めて、外国人の顔は映画が終わる頃にようやく見分けがつくような(今でも)僕だが、へプバーンだけは最初から一秒たりともみのがさなかったなあ。

汚い寮の五人部屋に彼女の写真をたくさん貼ったくらいだ。

（この曲を聴くとジンとなる）

映画が終わって、さて昼飯、どこでなにを食べようかと気をもんでいると、彼女は、美味しい店があると言い、さっさと先にたって駅の近くの、キッチン横丁というところの、「フライパン」という名前の小さな店に連れていってくれた。

メニューを見てもチンプンカンプンなので、彼女の頼んだマカロニグラタンにした。

熱いから気をつけて、ほんとに熱かった。

しかし、うまかったなあ。

世の中にはうまいものがいろいろあるもんだ、と、彼女はこんなうまいものをしょっちゅう食ってるのかと、驚くやら育ちの違いを感じるやら。

(今は蕎麦のほうがいい)

恒三さんはどこで何歳の時にグラタンを食べたのだろう。

僕は18歳、こっちの方が早かったかも。