人生の御馳走帖、「くじらの刺身」

百閒が、戦後だったか戦中だったか、食料が手に入らなかったときに、食べたいものを書き並べた「御馳走帖」というエッセイがある。
牢屋にいる囚人たちが、娑婆に出たら食いたいものをテーマに語ることもあるとか。
ぼくが今、食べたいものは、いわゆる豪勢なご馳走ではない。
人生の時の流れのときどきに、何気なく食った、「うめえ!」と思った食い物なのだ。
そのときは、安いものだったが、今は高価なものになっているものもある。
なにより、あの「場」がもうこの世には存在しなくなっている。

「人生の御馳走帖」というカテゴリを作ってみよう。
そんなことを考えたのは、テレビでコウケンテツが青森の鯨を食うシーンを見て、我が青春の時にも、あんなウマイ鯨を食ったことがあったなあ、と思いだしたからだ。
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長野で育ったころ、鯨は給食の竜田揚げや缶詰や袋入りのベーコンを食べることはあったが、どれも正直言って旨いものではなかった。
社会人になりたての頃、東北線・仙台駅の隣に長町という駅があって、その近くで働いていた。
倶利伽羅紋々を彫ったOさんという人に妙に可愛がられて、休みの日など奥松島にネウ(アイナメ)を釣りにつれて行ってくれたりした。
手漕ぎだったと思うのだが、自信がなくなった、二人のほかに船頭が乗ったかどうかも、怪しくなった。
小舟に乗って、静かな内海で、短い竹の棒の先にゴカイだったかミミズだったかを餌にした糸を垂らして、ゆらゆらゆれる水面を見ているとすぐに船酔いしてしまうのだが、それでも二度ほど行って、どっちも大漁だった。
魚は船宿で刺身や天ぷらにしてもらって、冷や酒をグビグビやるのだ。
食いきれない魚は行きつけの居酒屋に持って行った。
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いや、そうじゃない、Oさんじゃないのだ、鯨は。
その職場にはOさんのほかにKさんという先輩もいた。
酒が強くて民謡が玄人ハダシでちょっとスケベな先輩だ。

Kさんと僕は同じ独身寮に入っていたから、僕の日勤の時などは「5時過ぎに待ってっから」とKさんが、駅前のホームラン軒という居酒屋に誘ってくれた。
一日汗をかいて、明日のことを思い煩う何ごともない、まだ日が高いうちに、涼しくなった風を背に受けて、暖簾をくぐる。
この快楽を教えてくれたのが、Kさんだった。
壁一面にメニューがいろいろ書きだしてあるのを、ワクワクしながら物色していると、「はいよ、これでまず」と出してくれたのが、鯨赤身の刺身、小丼に大盛りで、どんと、金華山沖で上がったのだろうか、生きがよくて、口のなかでぴくぴく動いて、、は、いなかったが長野の山猿は、これがあの鯨と同じものかと、そのウマさに驚いた。
冷たいビール、キリン全盛だったか、をグイグイ飲んでいるうちに、Oさんも参加して盛り上がることもあった。
そうだ、つながった!
Oさんが、「釣りさ、あえべ」と誘ってくれたのはホームラン軒で呑んでいる時だった。
その後、渋谷の「くじら屋」とか新宿の「樽一」とか、いろんな鯨を食べて、それはそれでうまかったが、あの駅前の、方言が飛び交う居酒屋で、暮れなずむ往来を背中に食った鯨の味には、二度と会えなかった。

懐かしい思い出の後、口汚しになるけれど、東京アラートが解除になったのを記念して、日本のインチキいろいろ。
まずは露払い、お勉強熱心な河野おぼっちゃま。


勉強なんてしてもしょうがないぞ、東大出なんかみんなバカばっかり、勉強しなかった俺の家来になって俺のご機嫌伺いで懸命だぞ、と首領様のお出まし。



俺のいうことを聞いていれば、悪くはしないぞ、わかるだろう、ほれ、これみろ。



仲良くして、一緒にウマいもの食おうや、なに、心配するなって、金は国民から吸い上げる、それがグルグル回るってわけさ。





Commented by doremi730 at 2020-06-12 13:41
鯨にまつわる懐かしいお話、いいですね~!
渋谷の鯨やに小さい頃から連れて行かれて、
生はあの店の味しか知りません。
あ、寿司屋で食べたミンククジラがあったか、、
給食で鯨をたべたのは唐揚げだったかな?
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-12 14:55
> doremi730さん、くじら、東京なら新宿歌舞伎町の「樽一」がいろんな部位を取り揃えてうまかったです。
親方がとつぜん亡くなったのがもうずいぶん前のこと、息子があとを継ぎましたが今もやっているかな。
Commented at 2020-06-12 17:29 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jyariko-2 at 2020-06-12 18:40
カチカチに氷ったクジラの肉を刺身風に切って
半分ほど融けたところを食べました 真っ赤な血がお更に・・
それとネギなどと煮たもの いま思えばすき焼き風ってことかも
どちらも堅くてどうにもならない太い筋が口に残りました
美味しい印象は無いですねー
そのためか今も食べたいとは思いません
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-12 18:41
> 鍵コメさん、鰹!これも御馳走帖のメニューです。勝浦が舞台かな。
浪江には今でも行くことがありますか?
行けますか?今日の記事のKさんは、原の町の出身、ふたりで海岸の岩の上で波を見ながら一升瓶を傾けましたよ。
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-12 18:45
> jyariko-2さん、馬刺と似ているのです。鯨が捕れなくなったときに、商社が中国に馬肉を仕入れに行ったそうです。
Commented at 2020-06-12 20:38 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-12 21:08
> 鍵コメさん、それはよかったです。
浜通りと会津、私にとってはどちらも懐かしい人の住む土地です。
神田の居酒屋、私もまえはときどき行きましたよ。
Commented by りんご at 2020-06-12 21:29 x
食物とそこに纏わる人や空気が なぜか懐かしくて
うれしいお馳走です シリーズを楽しみにしております

東京都知事の巨大権力の源泉は,埋め立て地などの広大な
不動産、築地の跡地も垂涎の的。 ユリコの「ジョージ
ソロス氏の私邸で寛ぐ二人の写真」を見てぞぞぞ亢進。
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-12 22:13
> りんごさん、公約については待機児童のことしか触れない女帝でした。
なんだか、生きていく気力がますます殺がれる日々、せめてもっと命輝いていた頃の想い出を書きました。
Commented by j-garden-hirasato at 2020-06-13 08:14
クジラ肉、
給食に出てきたのを食べたくらいですね。
Commented by haru_rara at 2020-06-13 08:58
佐平治さんの語り口が短編小説を読んだようにすうっと気持ちよく、いいなあといつも思います。

鯨といえば、私も小学校時代の給食をまず思い浮かべますが、昭和40年代でしたが、それなりに私は美味しく食べた記憶があります。家では出なかったので物珍しさもあったかもしれません。

会津も美味しいものがたくさんありますが、やはり浜通りの新鮮な魚類はうらやましいと思います。
夫は子どもの頃、友人たちとワラビを採って大人に買ってもらい、そのお金で近所の店で初めて鯨の缶詰を買ってみんなで食べたそうです。
会津では鯨の脂身の部分をじゃがいもと煮る味噌汁を食べます。
新じゃがの採れる暑い夏の盛り、精もつけるためでしょうね。
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-13 11:05
> j-garden-hirasatoさん、大和煮なんて缶詰ありませんでしたか?
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-13 11:07
> haru_raraさん、坂下ではすき焼きというと豚肉でした。
鯨の脂とジャガイモってウマそうです。
何と言っても馬刺しがあるから、鯨を食べることもなかったのかな。
Commented by vitaminminc at 2020-06-14 07:19
前半のウマイ鯨の話─美味しくいただきました。まさに「クチナシ」の花のようでした。極上の旨い香りを夕風に乗せて、本当に、爽やかに運んでいただきました。(も一回読ませていただいちゃおう♪)

後半の「口汚し」との対比が際立っておりますです。ワタクシ、危うくカメレオンになりかけました。シュルルルッ(←舌を巻く音)
Commented by ikuohasegawa at 2020-06-14 09:10
鯨は給食の竜田揚の記憶もあり、懐かしいです。
町の肉屋さんへ鯨のカツを買いにお使いに行った覚えもあります。嫌いということはありませんでした。
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-14 09:31
> vitaminmincさん、大坂の専門会議では、自粛休業はほとんど無意味だったという意見もでていますね。
ほんまにどないしたらええねん?
Commented by saheizi-inokori at 2020-06-14 09:33
> ikuohasegawaさん、鯨が安い蛋白源だった、いい時代かもしれないです。
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by saheizi-inokori | 2020-06-12 12:08 | 人生の御馳走帖 | Comments(18)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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