中村哲とヨブと内村鑑三がコロナ禍のぼくに語った言葉

中村哲は子どもの頃から論語の素読をコミュニストの父親に強いられて、それがクリスチャンになっても精神のありようを規定していたようだ。
そしてキリスト教と論語が矛盾なく両立しうることを教えてくれたのは内村鑑三だったという。
それで僕は本棚から内村鑑三「一日一生」を引っ張り出した。
中村さんの「目の前に自分がやらなければならないことが示されれば、それをやる」生き方がこの本に書いてあったような気がしたのだ。
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そうしたら、表紙の見返しに墨痕鮮やかに「祝御卒業
昭和四十年三月十二日」のあとに学生時代に(不真面目に)通った教会のK牧師先生(大学・寮の先輩)の署名、そして僕の名前、そして
主エスとよびてはげまん けふもまた
手にくるわざを みくにめあてに
とあった。
これだった、「手にくるわざを」だ。
なんども高円寺の日曜例会で聴いた言葉だった。
K先生は大学を出てエリートサラリーマンになったが、それをすぐに辞めて無教会派の教会を高円寺に設けて伝道に励む傍ら、僕たちの寮の指導者としても金曜例会などに来てくれて「手にくるわざ」を説かれた。
卒業祝いに本書を下さったのだ。
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まいにち聖書の言葉を引いて、内村の教えを書いてある。
その4月16日の記事を読んだ。
今これを書きながら今日は17日であることに気づいたが、それはいいのだ、見開きの16日に目がいって、その言葉をかみしめたのだから。
この日、引かれたのは、ヤコブ書5・10-11の
兄弟たちよ、苦しみを耐え忍ぶことについては、主の御名によって語った預言者たちを模範にするがよい。忍び抜いた人たちはさいわいである。わたしたちは思う。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いている。また、主が彼になさったことの結末を見て、主がいかに慈愛とあわれみとに富んだかたであるかが、わかるはずである。
そして内村鑑三の言葉。
患難を避けしめたまわない。これに陥らしめたもう。しかしてその中より救い出したもう。患難をして充分に働かせたもう。
火をして焼きつくすだけを焼きつくさしめたもう。しかしてその中より救い出したもう。患難を避くるはこれに勝つの道ではない。患難はこれにあたり、一たびその呑むところとなりてのみ、ついによくこれに勝つことができる。これが真正(ほんとう)の救済(すくい)である。死は死によりてのみこれを滅ぼすことができる(へブル書2・14)。患難は患難の中を通らずして、これに勝つことができない。神は信者を患難の中より救い出したもう。しかして完全に彼を救いたもう。
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中村さんが、ヨブ記をどのように読んだか、また内村鑑三のこの言葉を知っていたか、それは分からない。
でも中村哲の生き方とこれらの言葉は重なるように感じられる。
澤地久枝との本の「あとがきに添えて」で、中村はこう書いている。
世界中で「グローバル化」の功罪がささやかれるが、その不幸な余波をまともに受け続けているのが、この国である。「アフガニスタン」は、良きにつけ悪しきにつけ、一つの時代の終焉と私たちの将来を暗示している。
「破局」といえば響きが悪いが、それで人間の幸せが奪われる訳ではない。人間もまた自然の一部である。ヒンズークシュの壮大な山並みと悠然たる時の流れは、より大きな目で人の世界の営みを眺めさせてくれる。時と場所を超え、変わらないものは変わらない。おそらく、縄文の昔から現在に至るまで、そうであろう。私たちもまた時代の迷信から自由ではない。分を超えた「権威ある声」や、自分を見失わせる享楽の手段に事欠かない。世界を覆う不安の連続―戦争であれ何かの流行であれーに惑わされてはならない。
まるで、今の僕たちに投げかける言葉ではないか。
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Commented by tona at 2020-04-17 14:22 x
中村さんはクリスチャンだったのですか。
知りませんでした。
コロナでもクリスチャンと我々(私)・無宗教と考え方や行動が違うのですね。病院感染はわかるのですが、日大が医者を派遣しないとか、順天堂や女子医大などがコロナを一切受け入れないとか。かの地ではまあ、医療法崩壊が如実ですが、以前に従事した人などが戻ったり、他から応援にきたり、防護服が不足する中、滅私奉公しているように見えた部分があります。今あちらとは桁が違う日本ですが、もし今私が40度の熱が出て、匂いを感じなくなってコロナが疑われたら救急を要請しても受け入れてくれる病院がないようです。高齢者はあとに回して、若者優先でいいですが、苦しくても我慢して死んでくださいと言わっれているようなものでしょうね。
Commented by tsunojirushi at 2020-04-17 14:23
正確には理解できていないのですが、
「手にくるわざわざ」とは、つまり、「手に来る業」と捉え、「己の為すべきこと」と読めば大体合っていますか?

時代の迷信 という言葉が心に刺さります。「常識」と言われるものの中には、倫理と関係なく、「特定の人たちの好み」も含まれる。新しいことをする人って必ずというほど「ありえない」「愚行」とのそしりにめげず実現してますよね。
Commented by りんご at 2020-04-17 15:42 x
「手にくるわざ」 正面に相対する

ずっと何か不安でした 
このままであるはずがないと思っていました
「時と場所を超え変わらないものは変わらない」 感謝です

 
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-17 16:04
> tonaさん、大学病院は最後の砦として、コロナ以外の様々な病気に備えているのでしょうが、いずれそれでは間に合わなくなるかも知れないです。
文科省ですね。
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-17 16:08
> tsunojirushiさん、「わざ」、そうだと思います。
テロとの戦い、グローバリズム礼賛、欧米の優位性、、中村のいう迷信の数々ではないでしょうか。
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-17 16:13
> りんごさん、ヨブ記をちゃんと読んだことがないのです。
サタンに挑発された神がヨブの信仰を試すために艱難を与える。
そのときヨブが自然のなかで自分は神の計画の小さな一部でしかないことを悟る、そんな話だったか。
中村さんの達観と通じるような気がします。
Commented by haru_rara at 2020-04-17 20:19
胸に響く記事をありがとうございました。
私もヨブ記を読み返していました。
それから、フランクルも再読しています。
今、私自身はコロナよりもっと(というとたいへん語弊がありますが)切実な困難に直面しています。
けれど、それもきっと私に必要なことだから与えられているのかもしれないです。
その中でできること、私に求められていることは何かと考えたいと思います。
Commented by soymedica at 2020-04-17 20:39
中学2年の時、本当は卒業まで3年受け持ってくれるはずの担任の先生が遠くの大学の教授になり、お辞めになりました。その時にクラスのみんなにそれぞれ一冊ずつ岩波文庫か岩波新書をくださったのですが(岩波というところが時代ですね)、私に下さったのは内村鑑三の「後世への最大遺物」だったのを思い出しました。
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-17 21:01
> haru_raraさん、その困難を乗りきられることをお祈りします。
なんて、ちょっとクリスチャンみたいな言葉になりました。
なによりも健康を!
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-17 21:03
> soymedicaさん、中村哲もその本のことを話していました。
私は読んでないのです。
Commented by よっしー at 2020-04-18 07:50 x
佐平次さんへ。以下。
八重は、私の父のお母さん。一水は私の父のおとうさんです。

うちの父も、生きていたら、いろいろ提言くれたかな((笑)

2人の子どもと生き別れた八重は大正4年30歳の時新たな愛を育もうとしていた。相手は4歳年上の吉川一水。後のしのぶの祖父。実は一水は19歳の時内村鑑三の聖書講談会で八重と出会っていた。一水は教会に属さない無教会派として清貧と非戦を訴えた宗教家だった。大正4年一水と八重は結婚。翌年には長男が生まれる。間もなく一家は仙台へ移った。一水はキリスト教系の女学校で教鞭をとるようになった。大正11年後のしのぶの母となる江すてるが生まれる。その名は聖書に登場する民衆のために尽くすエステル姫から一水が名付けた。仙台に来て6年後一水は教師を辞め、貧しい人々のための布教活動に専念することにした。一水は東京に戻り機関紙の発行に携わる。しかし当局から目をつけられ機関紙は発禁処分となる。その後一水は小さな家を借り聖書の講談会を始め、労働者などが集まった。一水の収入はほとんどなく、一家の収入は厳しいものだった。家計を支える母の姿を見て育った江すてるは必死に家計を助けようとしたという。昭和15年各教派に分かれていた教会は統合され、戦争協力を余儀なくされた。キリスト教信者への監視が厳しくなり、反戦分子と冷たい目をが向けられた。そんな中で一水は聖書の講談会を続けた。一水への監視の目はますます厳しくなる。八重は憲兵が来ても全く動じず、むしろ親しくすることで一水の活動を支えた。この頃一水の日記にはある青年の名が頻繁に登場する。その青年とは大竹章雄。一水の聖書の講談を熱心に危機に訪れていた。後のしのぶの父。
Commented by j-garden-hirasato at 2020-04-18 08:33
コロナ感染の拡大も、
グローバル化の負の産物ですね。
Commented by soymedica at 2020-04-18 09:25
ところで、大学病院をコントロールしているのは文科省ではありません。厚労省。医学部のコントロールは文科省。ややこしいでしょう。
女子医には厚労省から受け入れ要請が無かったという話です。まあ、受け入れ要請の仕組みを考えれば当然の話ですが。
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-18 09:27
> よっしーさん、創塁くんの名前はすてるさんからですか?
内村鑑三つながり、花が咲きましたね。
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-18 09:29
> soymedicaさん、そうなんですか?
医学部の付属病院ではないのですか。

Commented by saheizi-inokori at 2020-04-18 09:31
> j-garden-hirasatoさん、そういえると思います。
それだけにグローバルに対処しなければ勝てないですね。
Commented by よっしー at 2020-04-18 09:58 x
佐平次さん。私の父が創造です。創塁もそこからとりました。
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-18 10:34
> よっしーさん、お父さんとお祖母さんの合作!いい子になりますね。
Commented at 2020-04-18 10:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-18 10:56
> 鍵コメさん、あらまあ、私も歯が抜けてしまって、どうしようと思って先生に電話して指示をいただきなんとかしてます。
お大事に。
Commented by soymedica at 2020-04-18 11:27
大学病院は医学部の附属病院です。でも病院だから管轄は厚労省。
昔は文科省の補助金で買った大学の機材を病院で診療に使って収益を挙げてはいけない、とかややこしいことがあったようです。
Commented by saheizi-inokori at 2020-04-18 14:05
> soymedicaさん、わかりました。そりゃそうですね。

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by saheizi-inokori | 2020-04-17 12:25 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Comments(22)

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