「仁」、今誰が知る 「日本精神史 伊藤仁斎と荻生徂徠」(長谷川宏)
2020年 01月 16日
落語「徂徠豆腐」は、荻生徂徠が芝の長屋で食うや食わずの暮しをしながら学問に打込んでいた頃、隣の豆腐屋がまいにち豆腐を差し入れてやった噺から始まる。
やがて柳沢吉保に見出され、赤穂浪士の仇討の際は浪士たちに切腹をもうしつけることを献策したことを、その豆腐屋に咎められて、「法を曲げずに、彼らの主君の側に行きたいという願いを酌んだのだ」と言って、納得させる。
伊藤仁斎は、宋の新しい儒学―朱子学―を学んだ後、その源流にさかのぼり、孔孟の「論語」「孟子」こそ真理の書だとした(朱子学の否定)。
荻生徂徠はさらにさかのぼって「古言」「古文辞」を学び、先王の時代を真理が実践されたとする。
易経などの六経こそ真理の書としたのだ。
徂徠が破産した蔵書家の本を一括購入したとき、たまたま中国の「古文辞」が含まれていて、その難解な文辞にふしぎな魅力を感じ、その難解さが古典に忠実たらんとするところから来ていることを突き止め、その「古文辞」に導かれて新たな目で古典を読むようになった。
それまでの儒学者が、仁を個人の心の側からとらえて最高の徳だとしていたのに対し、徂徠は先王(伏羲、神農、黄帝、堯、舜、禹、湯王、文王、武王、周公)の道の側からー社会を秩序立てる政治制度の側からーとらえる。
天命によって王たるべく運命づけられた大人物が、王となって理想的な礼楽を作り出した。
その理想的な礼楽とそれにかかわる人間とを結ぶものとしてさまざまな徳が考えられるが、両者を結ぶもっとも太い絆が仁と呼ばれる。
だから支配者は「仁」を身につけなければならないのだ。
政治制度を個人道徳の上に置く。
釈迦は信仰しないが、聖人を信仰すると徂徠は言った。 長谷川宏の説く、「仁」についての思想を読んでいると、かつてこの日本にも、支配者がこういう徳を身につけ政治を行うべきだという教育・学びがあったことが、なんだかお伽噺のなかの国のできごとのように感じられる。
今だけ、俺だけ、金だけの我利我利亡者が、嘘と隠蔽の衣をまとって、憲法を踏みにじるばかりか声高にその改悪を叫ぶ。
徂徠先生、ちょっとお出ましになって、痛棒を食らわして下さらんか。 「空白な一日」と日めくり、たしかにメモ帳には何もスケジュールがない。
でも、便器の掃除から洗濯、掃除、バタバタとやることが多い。
冷たいベランダにだしておいたミカンの箱を覗いてみたら、いくつか腐っている。
腐っているもの、腐りかけているものを抜き出すだけでも、カビが舞い上がって大変。
毎日二つくらいは食べているのだが、こんなに食べきれない。
泣く泣く、落語「千両みかん」を思いながら、ぶよぶよしたものを処分した。
子どもたちがいたころならば、あっという間に食べてしまったろうに。
わざわざ、ビタミンCをと、送って下さった義姉に申し訳ない。 ゆうべ録画を見た。
オスロで、ちょっとお下品なコーラスを楽しむ中年男たち、そこにやってきた指揮者との「魂と絆のコーラス」、ドキュメントだ。
余命2.3ヶ月と言われたことを団員たちに言ってから、壁がなくなり絆が深まる。
何をやっても、これが最後なんだと思いながらやるって不思議な感覚だという。
立つのもやっとの状態で指揮棒を振って、病院に入り、自宅に戻ったところに団員が訪れる。一人一人と握手やハグをして、「歌おうか」、寝たまま指揮棒を振るのだ。
空白なんてないんだ、生きているかぎり。
やがて柳沢吉保に見出され、赤穂浪士の仇討の際は浪士たちに切腹をもうしつけることを献策したことを、その豆腐屋に咎められて、「法を曲げずに、彼らの主君の側に行きたいという願いを酌んだのだ」と言って、納得させる。
荻生徂徠はさらにさかのぼって「古言」「古文辞」を学び、先王の時代を真理が実践されたとする。
易経などの六経こそ真理の書としたのだ。
徂徠が破産した蔵書家の本を一括購入したとき、たまたま中国の「古文辞」が含まれていて、その難解な文辞にふしぎな魅力を感じ、その難解さが古典に忠実たらんとするところから来ていることを突き止め、その「古文辞」に導かれて新たな目で古典を読むようになった。
それまでの儒学者が、仁を個人の心の側からとらえて最高の徳だとしていたのに対し、徂徠は先王(伏羲、神農、黄帝、堯、舜、禹、湯王、文王、武王、周公)の道の側からー社会を秩序立てる政治制度の側からーとらえる。
天命によって王たるべく運命づけられた大人物が、王となって理想的な礼楽を作り出した。
その理想的な礼楽とそれにかかわる人間とを結ぶものとしてさまざまな徳が考えられるが、両者を結ぶもっとも太い絆が仁と呼ばれる。
だから支配者は「仁」を身につけなければならないのだ。
政治制度を個人道徳の上に置く。
釈迦は信仰しないが、聖人を信仰すると徂徠は言った。
今だけ、俺だけ、金だけの我利我利亡者が、嘘と隠蔽の衣をまとって、憲法を踏みにじるばかりか声高にその改悪を叫ぶ。
徂徠先生、ちょっとお出ましになって、痛棒を食らわして下さらんか。
でも、便器の掃除から洗濯、掃除、バタバタとやることが多い。
冷たいベランダにだしておいたミカンの箱を覗いてみたら、いくつか腐っている。
腐っているもの、腐りかけているものを抜き出すだけでも、カビが舞い上がって大変。
毎日二つくらいは食べているのだが、こんなに食べきれない。
泣く泣く、落語「千両みかん」を思いながら、ぶよぶよしたものを処分した。
子どもたちがいたころならば、あっという間に食べてしまったろうに。
わざわざ、ビタミンCをと、送って下さった義姉に申し訳ない。
オスロで、ちょっとお下品なコーラスを楽しむ中年男たち、そこにやってきた指揮者との「魂と絆のコーラス」、ドキュメントだ。
余命2.3ヶ月と言われたことを団員たちに言ってから、壁がなくなり絆が深まる。
何をやっても、これが最後なんだと思いながらやるって不思議な感覚だという。
立つのもやっとの状態で指揮棒を振って、病院に入り、自宅に戻ったところに団員が訪れる。一人一人と握手やハグをして、「歌おうか」、寝たまま指揮棒を振るのだ。
空白なんてないんだ、生きているかぎり。
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olive07k at 2020-01-16 20:09
大箱で求めた ミカンにカビが・・
過去に経験してます、、。
冷蔵庫に収めるにも 多量なミカンでしたもの・・。
無駄にした 過去の記憶が よみがえりました。
空白なんてないんだ、生きている限り>
力強い、お言葉!
過去に経験してます、、。
冷蔵庫に収めるにも 多量なミカンでしたもの・・。
無駄にした 過去の記憶が よみがえりました。
空白なんてないんだ、生きている限り>
力強い、お言葉!
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saheizi-inokori at 2020-01-16 22:58
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そらぽん
at 2020-01-17 00:20
x
「この3ヶ月の一連の出来事をみ「日本は全方位的に衰退局面
に入ったと。「この辺はまだちゃんとしている」という分野が
ほとんど見当たらない。。」 あの内田樹でさえの文章の後で
「歌おうか」。。 ここで息が継げました!
に入ったと。「この辺はまだちゃんとしている」という分野が
ほとんど見当たらない。。」 あの内田樹でさえの文章の後で
「歌おうか」。。 ここで息が継げました!
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j-garden-hirasato at 2020-01-17 06:39
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saheizi-inokori at 2020-01-17 10:41
> そらぽんさん、北欧は元気?まあ、歌っていきましょう。
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saheizi-inokori at 2020-01-17 10:42
> j-garden-hirasatoさん、そういうことなんですが、きのうはまったくと言っていいほどそうはいきませんでした。
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Deko
at 2020-01-17 19:41
x
イやなことは見えない
メンドーな事は話さない
都合の悪いことは聞こえない
宝島社がこんな広告を読売新聞にその意図は?知り合いのブログから 今だけ俺だけ金だけそうして日本は壊れていっているのでしょう。腐ってしまったミカンはすぐ取り除かなければ隣りにもうつりますね。ミカンも新鮮内にお裾分けした方が喜ばれますよ。
メンドーな事は話さない
都合の悪いことは聞こえない
宝島社がこんな広告を読売新聞にその意図は?知り合いのブログから 今だけ俺だけ金だけそうして日本は壊れていっているのでしょう。腐ってしまったミカンはすぐ取り除かなければ隣りにもうつりますね。ミカンも新鮮内にお裾分けした方が喜ばれますよ。
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saheizi-inokori at 2020-01-18 10:30
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ikuohasegawa at 2020-01-19 10:34
遅ればせながら、次は下巻を開くところまでたどり着きました。
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saheizi-inokori at 2020-01-19 11:47
> ikuohasegawaさん、おお、追いつかれる!
by saheizi-inokori
| 2020-01-16 12:44
| 今週の1冊、又は2・3冊
|
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