身に染みる寂寥 能「野宮」&狂言「磁石」

台湾から帰って久しぶりのマイベッドはさすがに寝心地がいい。
まして快晴、我が家もいいなと思う。
ちらっと避難所の方たちに申し訳ないようでもある。
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昼から能楽堂。
狂言「磁石」

人買い(詐欺師)が、大の男を騙して宿屋に売るという、そんな時代だったのか。
売られそうになった男がその話を立ち聞きして、人買いが寝ている間に代金を盗って逃げ出す。
気がついた人買いが追いかけて刀を抜いて脅すと、男は両手を大きく振り上げて「呑もう、吞もう」と迫っていく。
俺は磁石の精なのだ、その刀を「呑もう」、不気味に思った人買いが刀を鞘に納めると、死んだふりをして倒れてしまう。
人買いが慌てて呪文を唱えて蘇生させようとする、そのすきに男は刀を取り上げて逆に人買いを脅す。
何時頃できた話なのか、磁石の精なんて奇想天外なことを思いついた男(作者)はエライもんだ。
と思ったが、むかしの人に取っては磁石には精が生きていると考えるのは自然だったのかもしれない。

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能「野宮(ののみや)」

この曲もなんどか観ているが、いつも新鮮な感動をもたらす。
花に馴れ来し野の宮の、秋より後はいかならん。
シテが低い声で歌いだすと、我が身もそのまま冬を迎える寂寥の世界に入っていく。
秋の夕間暮れ木枯らしが吹き風が身に沁み、華やかであった我が心が千草の花のようにしおれ衰えていく。
若い人たちと台湾旅行で、いっときの若やいだ楽しみを享受したのち、足をいたわりながらここ能楽堂に端座すると、秋、夕暮れ、木枯らし、衰え、、それらの決まり文句がひしひしと実感をもたらすのだ。

光源氏との哀しい恋、それにもまして賀茂の祭りにおける葵の上の車に辱められた思い出が妄執となって成仏も出来ず野宮を訪れる六条御息所の幽霊の物語。
最前列に座った僕とときどき目が合う。
ときに悲し気に、ときに恨みがましく、ときに怒るが如く。
前シテと後シテで面が変わったかと思うほど(同じ「増」だった)、表情が変化する。
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車争いで、葵の上の家来たちにぐんぐん追いやられる瞬間の、怯えたような頼りなげな、それでいて気品を失わない顔はとくに印象的だった。
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秋の千草の花車に乗って(言葉)後シテが登場するときの装束、紫の透き通った長絹の背中、両袖、両胸に花車が描かれている。
緋の大口とあいまって美しい、うっとりする寂寥。

一噌幸弘の笛が、ものさびた世界に渉猟する、侵し難い内心の火を抱きながら妄執に囚われた、悲しみの女を描き、友枝昭世に率いられた豪華なメンバーが、ブラームスと通じるかのような音楽的な地謡をつける。
さいごに
火宅の門
と尻上がりにデクレッシェンドでフエイドアウトするところがまことにもって素晴らしかった。
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Commented by j-garden-hirasato at 2019-11-08 06:58
台湾からお戻りになられたんですね。
すぐに、能ですか。
アクティブさ、頭が下がります。
Commented by saheizi-inokori at 2019-11-08 09:07
> j-garden-hirasatoさん、チケットを取るときは、その状況をあまり考えずに取ってしまうのです。
まあ、だからいろいろ行くのかもしれませんが。
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by saheizi-inokori | 2019-11-07 13:02 | 能・芝居・音楽 | Comments(2)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori