スリル満点 「万葉集の発明」(品田悦一)

朝刊を見たら、膝のサポーターとサプリの大きな広告、なるほど膝の痛みは高齢化社会の国民病かもしれないな。
一昨日買ったサポーターがきついので、さっそく電話した。
コンドロイチンを飲むサプリ、赤ひげ先生に、ああいうのはどうなんですかと尋ねたら、「効くと思いますか」と問い返されて「食べてしまったら分解されてコンドロイチンではなくなるのではないでしょうか」と言ったら、にやっと笑って「直接注射の方が効きそうですね」とのことだった。
一日一歩も外に出ないで、本を一冊読み上げたが、やはり散歩しないと一日が終わったという感じがしない。
股関節のギクッは、ほとんど収まったけれど、いつ出ないかと不安、この前の診察のときは膝のことしか言わなかったので、土日の休みの前に診といてもらおうとクリニックに行ったら、先生は休診、リハビリだけして帰ってきた。
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伊藤佐千夫が急死したあと、島木赤彦は、郡視学の仕事をなげうち、妻子を諏訪に残して上京、「アララギ」の編集に心血を注ぐ。
そしてアララギ派はまたたくまに歌壇を制覇してしまう。
大正期におけるアララギ派の急成長は、文学上の流派の興隆というよりは一個の社会現象であって、その主力は各地の教育歌人だったと考えられる。明治ナショナリズムの撒いた種を進んで実らせようとした人々が事態を担った。
品田は、教育歌人の代表に赤彦を選ぶ。
赤彦は「万葉集」こそ歌の聖典であり、これを一心に勉強すれば歌は上達すると説いてやまなかった。
彼は歌人であるとともにねっからの教育者であり、教育哲学をもって文学=歌のことを語り、合わせて日本国民の人文発展を期した。
万葉集こそ日本人の精神生活の聖典でもあり、伝統の根源であり、それを鍛錬することで進歩があると。
赤彦の万葉尊重は最後まで矛盾と葛藤に満ちていた。彼は、自身の信奉する伝統が<創られた伝統>であることに気づかなかったばかりか、自身がその「伝統」を創り変えようとしていることについてさえ、十分自覚的ではなかった。人は誰しも矛盾や葛藤から自由ではありえないだろうが、この教育者に付きまとっていたそれは、国民という想像を徹底的に生き抜こうとすることに起因する矛盾であり、葛藤であった。まだ存在しない代わりに太古から存在した団体、そういう団体の過去と将来を信じ、その団体の成員の感情生活の向上を自身の使命として引き受け、その使命を運動として展開しようとする道のりが、どうして平坦な道のりでありえたろう。赤彦の、そして赤彦を慕った人々の足跡に、不思議な感動を覚えるのは、たぶん私だけではなかろうと思う。
小学校だったと思う。
赤彦(信濃教育会の大物だった)の歌を習って、感想文を書かされて褒められた。
そんなことを覚えているくせに肝心のその句を忘れているし、その後の人生で赤彦を読んだこともなかった。
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万葉集が明治から戦後まで、国民歌集としての地位を保ち続けることが出来たについて、文学者、学者たちがどのようにかかわってきたか。
ときどきめんどくさい箇所もあるが、総じてスリルに満ちた仮設や考証が力強く(畳みかけるような調子で)展開される。

「古代の国民の真実の声があらゆる階層にわたって汲み上げられている」「貴族の歌々と民衆の歌々が同一の民族的文化基盤に根差している」、ふたつのフイクション=願望≒創造(想像)が時代思潮の変化とともに万葉集に仮託されることが、万葉集が国民歌集としてありつづけるために必要だった。
折口信夫は「万葉びと」の観念を創り出す。
貴人の家までが「昔の農家」の空気を濃厚に保存していたような、文化的に均質的な「万葉びと」の生活-彼らの生活に身分や階層による分裂はありえない。事実なかったのではなく、あってはならないのだ。「万葉びと」とは「われわれの祖先」の別名だからであり、その「祖先」はまた「われわれ」のあるべき姿を映す鏡にほかならないからである。
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令和騒動に乗せられてたまるか、という気持ちで読んだ本だが、かえって万葉集を読みたくなった。
さて、茂吉さん(本書でも高く評価)の本、どこにしまったかな。
Commented by jyariko-2 at 2019-06-21 15:01
母親がアララギやその枝葉の雑誌に投稿していました
病気(くも膜下出血)から歌が詠めなくなってしまったのを嘆き
万葉秀歌をノートにひたすら書き写していました
結局 歌を感じることは出来ても作る事が出来ず
その時の母の心情を思い出し 胸がキュンキュンです
Commented by saheizi-inokori at 2019-06-21 15:22
> jyariko-2さん、そうだったのですか。お気の毒に、でも万葉秀歌に慰められたのは一抹の救いでしたね。
Commented by kanekatu at 2019-06-21 17:42
島木赤彦の短歌といえば「信濃路はいつ春にならむ夕づく日入りてしまらく黄なる空のいろ」だと思われます。大正15年の作で、赤彦はこの年に亡くなっています。この歌で信州に憧れました。親友の実家が篠ノ井だったので、高1の夏休みに2週間ほど居候させて貰ったのがいい思い出になっています。
Commented by saheizi-inokori at 2019-06-21 18:07
> kanekatuさん、これかなあ、と思ってもみたのですが、、北国の春を待ち望む気持ち切なるものがある、みたいなことを書いた覚えがあるのでこれかな、やっぱり。なんかちょっと違うような感じもあります。なんせ65年も前のこと、そんな切れっぱしの記憶が残っていたことが奇跡的です。誉められたのがよほど嬉しかったのですね。
Commented by j-garden-hirasato at 2019-06-22 06:35
生活リズムが崩れちゃいますね。
でも、
無理してさらに悪化しちゃうのも…。
しばらくは、耐えるのみですね。
Commented by saheizi-inokori at 2019-06-22 06:51
> j-garden-hirasatoさん、はい、そのつもりです。ありがとう。
Commented by ikuohasegawa at 2019-06-23 05:30
コンドロイチンサプリを飲んでいる人には、説教しています。
「コンドロイチンサプリを処方する医者はいない」
Commented by saheizi-inokori at 2019-06-23 05:57
> ikuohasegawaさん、やつぱり!
でもあれだけ新聞テレビに広告されるとつい飲んでみたくなりますね。
Commented at 2019-06-23 15:08
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by saheizi-inokori at 2019-06-23 16:35
> 鍵コメさん、こういう記事に興味をもち、コメントいただける、嬉しい想定外です。
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by saheizi-inokori | 2019-06-21 13:17 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(10)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori