万葉集の庶民とは誰か 「万葉集の発明 国民国家と文化装置としての古典」(品田悦一)

元号「令和」が万葉集からとられ、それは古代日本人の天皇から庶民に至るまでの歌を集めたものであるから、「美しい調和」という令和の含意にもふさわしい、みたいなことを誰か、お調子もんが言ってた。
それはとんでもない万葉集の誤読である、と品田教授の本を読んでわかった。
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ほとんどの人が読めない上代語で書かれた約4500首のうち、多くの国民はせいぜい10首くらいしか、目を通したことはないだろうし、それも注釈書や教科書の援けによってだろう。
かの斎藤茂吉の「万葉秀歌」岩波新書二巻だって収録数は355首だ。
それなのに、万葉集は「天皇から庶民まで」が「素朴な感動を雄渾な調べで真率に表現」した日本国民歌集だといわれるのはなぜか。

それは明治国家が文明国として世界に伍していくために、富国強兵を進めた、その富国のなかに、ドイツのゲーテやイギリスのシエイクスピアに比すべき「偉大なる国民詩人」の存在を渇望したからである。
その渇望の念が反転、自国の万葉集に「我上代の美風」を見出し、きっと我が国も天皇も庶民もこぞって詩人となる時期が到来するだろうとし、万葉集をその観点から国民の教育に使ったのだ。
定型短歌は巨視的に見て文字社会の産物であり、文字は文明の産物である。短歌を作るならわしは、この限りでは、列島社会の在来の文化でもなければ、それが自己展開的に特殊化したものでもなく、中華文明を継承した支配階級が発達させた文化だということになる。それを漢字で書きとめた「万葉集」が日本文化の固有の達成といえるかどうかは、このうえ言うまでもないことだろう。
万葉集に収められた「庶民」の歌は庶民の生活からおのずと生み出されたものではなく、定型短歌を標準歌体として保持していた貴族たちとの、たとえば「赴任官人との交際」「防人が強いられた兵役、徴発」とか、なんらかの接点があった。

そして庶民の歌の多くは(貴族たちのそれと違って)定型であり、内容やことばに風変わりな歌なのだ。
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なぜそういう「庶民の歌」が編まれたか。
品田は石母田正の示した「小帝国への志向」をあげる。
日本の律令国家が中華帝国と(理念上)並ぶ帝国として、
統治領域が天下の全域に及び、多種多様な民族(エトノス)を包摂することを建前としていた。(略)
この歌集に登場する「庶民」は、国民の多数派としての庶民とはおよそ異質な、辺境の民ないし異人として位置づけられていたことになるだろうし、だからこそ風変わりな歌々が特に求められたのだろう。編纂者の意図は、自分たちの支える王権が世界中の人々の心と生活を掌握していると云うことを、歌によって示す点にあったのではないだろうか。
品田は、万葉集所載の庶民の歌は貴族によって作られたことを示唆する。
「万葉集」を「古今集」や他の歌集から区別させることになった作者層の幅広さは、国民の詩歌が熱っぽく求められるという状況のもとで誇張され、喧伝された特徴、つまり作られた特徴である。逆に言えば、明治の知識人は、「万葉集」のうちに、自分たちの祖先が歌とともに喜び、歌とともに泣いた黄金の時代を認め、われわれはこの天性の詩人たちの血統に連なるのだと想像することによって、きたるべき「国詩」の可能性を確信し、ひいては国民の将来性を確証しようとしたのである。
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「歌とともに喜び」「歌とともに泣く」、その歌は共通の言葉で作られていなければならないな。
あったものをないものにしたり、なんでも問題ないで片づけてしまうような、摩訶不思議な言葉では、庶民だけが泣く悪夢の時代、調和もへったくれもない時代になってしまう。

へえ、「令和」も「悦一」も「よしかず」と読むんだ。

新曜社
Commented by doremi730 at 2019-06-18 18:26
へ~!
品田教授の言われた事がより詳しく解りました。

それにしても万葉集って4500首も!!!
奥が深いですね~
令和をヨシカズも知らなかったです、、、
Commented by saheizi-inokori at 2019-06-18 20:20
> doremi730さん、この本おもしろいですよ。日本の作り方、レシピです。
Commented by j-garden-hirasato at 2019-06-19 06:37
庶民だけが泣く悪夢の時代、
万葉集が編集された時代が、
まさに、
そんな感じだったんじゃないでしょうか。
Commented by saheizi-inokori at 2019-06-19 07:56
> j-garden-hirasatoさん、生きていくのさえ保障されない、そんな時代でしたか。現代もそんな人たちが増えてきました。
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by saheizi-inokori | 2019-06-18 11:18 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(4)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori