旅の楽しみは日常からの脱出、いわば異界をどれだけ体験できるか。
古い町家通りを歩いたり、土地のことばをききながら土地の酒を土地の肴であじわうのもある種の異界体験ともいえるし、心のしがらみを解き放って浮遊できれば、旅のもくろみは達成できたというものだ。
兼六園の梅林のなかにあった舟を象った亭に座って、波に揺られている思いやりで、ちよっと身体をゆすってやると、四囲はみどりの海に変じる。
ころんころん、ははあ、この海ではこんな波の音がするのか。
そうではなかった。
もいだ梅の実をバケツにいれる音があたり一面に響いているのだった。
いちにちの終わりはジャズバー、常連さんが持ち込んだという、美容院の古い椅子
ことわりを言って身を沈めてみた。
耳のあたりにスピーカーがあって、マイルスの音が身体をつつみこむ。
ママは客のいないときにここでレコードを聴いていると寝てしまつて客に起こされることもあるという。
人生の達人はいながらにして異界への旅を楽しめるようだ。
しよっちゅう入る銭湯も、それが金沢にあるというだけでジャグジーの泡は極楽の風呂を感じさせてくれた。
雲ひとつない青空の下、武家屋敷という異界を散歩して、きようは東京への生還を果たすのだ。