心さえ
2019年 04月 10日
心さへ古りにし老ひはゆきなやむこの新しきしきしまの道祖母がこう歌ったのは僕と同じ年頃だろうか。
思ふこと思ふがままに言ひいづるこれやまことの歌にしあらむ
僕の心も古くなって、思うことをおもうがままに歌うことも書くことも難儀になった。
それでいて思うことがないのかといえば、読み終えた「一茶無頼」のことを書こうかと、手に取って付箋のついたところをめくってみると、先日読んだばかりなのに、初めて読むように面白くてその前後を読みふけってしまう。
それは、なにがしか「思うこと」があるからだろうが、それを文章に書くことができない。
砧公園の桜幽玄をスマホで写せないようなものか。

ついつい引用で済ませてしまう。
ぱさぱさに乾いてゆく心を「ばかものよ」と叱られたい気持ちもして茨木のり子の詩集を引っ張り出すと、どういう訳か「歳月」を先に読んでしまう。
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
先に逝った夫を恋する詩、「一種のラブレターのようなもので照れくさいから」と生前は公にされなかった詩のいくつかを読むと、びしゃびしゃと水をかけられたような気がする。
それでも、「ゆきなやんで」いる。

東風吹きてメタセコイアの動き出す母がみたメタセコイアはどこの木だったろう。
砧公園にもあったはずだ。
お祖母様の、深く思う静かな歌。
お母様の、爽やかに動的な句。
老いに向かう道すがら、背筋が伸びる心地です。
ありがとうございます。
メタセコイアの巨木、ほんとうに動きそうに
感じる時があります。
それをこの十七文字に凝縮!
凄いです!
お母様の、爽やかに動的な句。
老いに向かう道すがら、背筋が伸びる心地です。
ありがとうございます。
メタセコイアの巨木、ほんとうに動きそうに
感じる時があります。
それをこの十七文字に凝縮!
凄いです!
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メタセコイヤを詩に蠢動を詠むなんて!!!
さすが佐平次さんのお母様。
メタセコイヤが生えてるような場所は土がぬかるんでて転びやすいのですが、それもまた春の風情ですね。
あと、メタセコイヤの周りには木のボコボコが生えててそれに足を取られて転びやすいのですがそれもまたメタセコイヤの見どころですね。
さすが佐平次さんのお母様。
メタセコイヤが生えてるような場所は土がぬかるんでて転びやすいのですが、それもまた春の風情ですね。
あと、メタセコイヤの周りには木のボコボコが生えててそれに足を取られて転びやすいのですがそれもまたメタセコイヤの見どころですね。
花も想いも素敵です
茨木のり子さんの『歳月』時々手に取ります。
あ~私はあんな気持ちになるのかな~といつもいつも考えてしまいます。
間違っても夫には相談できませんし・・・・(笑)
おばあさまの歌もお母様の句もいいですね。
メタセコイヤ、外来の木ですが好きです。
あ~私はあんな気持ちになるのかな~といつもいつも考えてしまいます。
間違っても夫には相談できませんし・・・・(笑)
おばあさまの歌もお母様の句もいいですね。
メタセコイヤ、外来の木ですが好きです。
九大の本部キャンパス(福岡市東区箱崎)の正門奥にメタセコイアの大樹の林があって工学部本館のレンガ造りに実に似合った光景でした。もっとも、今年度末には新キャンパス(伊都キャンパス:西部の糸島市)への移転が完了するようです。東風吹き過ぎて西に飛ばされたやら・・・。
> sweetmitsukiさん、そうならば砧公園にはメタセコイヤはなかったのかなあ、ぼーっとして生きているからちゃんと見ていないのです。
> rinrin1345さん、ありがとう。
> hanamomo60さん、私も同じ気持ちになる詩があります。
せんじつ近所の奥様が道で「主人が突然亡くなりました」と挨拶されて、それがなおのこと今朝この詩を読んだ感覚を研ぎ澄ましていたような気もします。
せんじつ近所の奥様が道で「主人が突然亡くなりました」と挨拶されて、それがなおのこと今朝この詩を読んだ感覚を研ぎ澄ましていたような気もします。
敷島か、、 昔遭ったタバコを思いだす、、 光ってのも遭ったなあ、、 親父今から思えばヘビースモーカーだったんだな 私の場合もそうだったが もう5年間はノースモーキングか、、
つい、若者が馬鹿者に見えてくる 寒いので桜はなんとか、、
つい、若者が馬鹿者に見えてくる 寒いので桜はなんとか、、
すいません。また間違えてしまったようです。
ぬかるんだところに生えて木のボコボコが出るのはラクウショウでメタセコイアではないそうです。
ぬかるんだところに生えて木のボコボコが出るのはラクウショウでメタセコイアではないそうです。
> sweetmitsukiさん、みたことがあるのかなあ。
> j-garden-hirasatoさん、私のとっさの造語です^^。
私は今田辺聖子の『ひねくれ一茶』を読んでいます。
『一茶無頼』は評論なのですね。
『一茶無頼』は評論なのですね。
by saheizi-inokori
| 2019-04-10 11:28
| わが母と祖母の遺したまいしうた
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Comments(22)