どろどろと溶けて一つになる個 上田岳弘「ニムロッド」(芥川賞受賞)

きのうは迷った末に夕方の散歩に出なかった。
おととい鬼無里会で長い留守番をさせたせいかサンチが、いつもよりぴったり離れず、本を読む膝を動かない。
たまには足を休めるのもいいか、と芥川賞「ニムロッド」を読み終えた。
きのうは2848歩、けさのゼロ歩時点で30日平均が8620歩、ほんとに下がるのはあっという間だ。
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上田岳弘、1979年生まれ、高校は理系、早大法学部に「計画通り」一浪一留、片っ端から古本を買い込んで読みふける生活、卒業後も就職せずに小説を書いていた。
学生時代の営業のバイトをしていたときに「異常な成約率」をあげたのに注目していた会社社長に誘われてIT会社を立ち上げ、役員となり、執筆を再開したのが31歳。
毎朝5時半から7時半まで書いて、出社し、夕方6時に帰宅する。
作品によって異なりますが、時間ごとに書く文字数を決めています。
この「ニムロッド」は変則で、会社を休んで一日一万字のペースだった。

サーバー、データセンター、、主人公は顧客のサーバー管理(という言葉でいいのだろうか)をしている。
遊休パソコンを使ってビッドコイン開発の仕事もやらされる。
作者のように「勉強のために理科系」に行くなんて滅相もない僕には苦手な世界、もう一つの受賞作を読もうかと思っているうちに、「駄目な飛行機のコレクション №4 1950年代にアメリカが開発した原子力飛行機」と題したメールがニムロッドから主人公に届くあたりから、面白くなった。
ニムロッド(旧約聖書のバベルの塔の建設者の名前)、作家志望で新人賞を二度も落ちて鬱病になった先輩のハンドルネームなのだが、世界を見下ろす塔を作って屋上に「駄目な飛行機」を陳列する(日本の特攻機「桜花」も)、人間の王・ニムロッドを主人公にした小説を書いてみせて、いつのまにかほんとにニムロッドに化体していったかのようだ。
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主人公の名前は中本、サトシ・ナカモト、ビットコインの創設者とされる名前と同姓同名。
何も知らないし知ろうともしない、なんだってもっとよく知っている人たちがいて、それをグーグルで調べれば分かるから。
カート・コバーン、27クラブ、出てきた言葉をスマホで調べたら主人公中本も同じことをするのだ、僕は中本かよ。
ニムロッドは問いかけてくる。
僕は思うんだけど、駄目な飛行機があったからこそ、駄目じゃない飛行機が今あるんだね。でも、もし、駄目な飛行機が造られるまでもなく、駄目じゃない飛行機が造られたのだとしたら、彼らは必要なかったということになるのかな?
ところで今の僕たちは駄目な人間なんだろうか?いつか駄目じゃなくなるんだろうか?人間全体として駄目じゃなくなったとしたら、それまでの人間たちが駄目だったということになるんだろうか?でも駄目じゃない、完全な人間ってなんだろう?
中本は、外資系証券会社で世界を股にかけて働いている年上の女性と付き合っている。
彼女の「中2病的な心情吐露」、
どうせもうほとんどの人はこの世界がどうやって運営されているのかなんて、知らないし興味だってないんだから。誰かとても頭の良い人が仕組みを作ってくれて、それにのっかっていればいいんだってのが経験則。それ以上のことを考えるのには一つ一つのパーツが難しくなりすぎている。どんどん岩が重くなっていって、それを一ミリでも前に進めることができるのは、ほんの一握りの人だけ。それだって、どこかむなしさの中でやっているように見える
「何の話?」
わかんない。世界の話?空気の話?そういうものに鈍感になっていって、『自然』に従いつつ、そこに滋味みたいなものを見出すのが大人になるってことなのかもしれないけど、それって現状の肯定に過ぎないような気がする。最先端のことを研究している人も、これ以上進んでいいのかどうか、首を傾げながらやっているんじゃないかな。何と言うか、全体的な不快感だけが漂っている
このあたりで、あの平成精神の底に流れるニヒリズムについて書いていた片山杜秀が向うの方を横切った。

《寿命の廃止》を受けた「最後の人間」たちは、個であることをやめた(ニムロッドの小説の話)。なぜやめたか?
生産性が低いからさ。生産性を最大限に高めるために彼らは個をほどき、どろどろと一つに溶け合ってしまった。個をほどいてしまえば、一人ひとりのことは顧みずに、全体のことだけを考えればいいからね。より強く高く長く生き続けたいという欲望を最大限達成できるからね。情報技術で個の意識を共有し、倫理をアップデートしてしまえば、その個を超越した価値基準に体の形状をあわせることへの躊躇いなんてなくなるし、体の在り方を変えるなんて造作もないことだ。
絶望を描きながらも、優しさとユーモア(怒りも)を感じる。
『個であること・あろうとしてもがく人々』を愛しんでいる。
中本の左目から(自覚もないのに)涙が滴り続ける。
Commented by eblo at 2019-02-11 14:41
初めまして。
こちらの記事は私にはレベルが高すぎて、ちょっと覗かせて頂くことしかできませんでした。
最後の文章なのですが、個は全体に呑み込まれたのではなく、抵抗を試みることなく自ら溶けて全体に加わったのでしょうか。
そう考えると、今の日本人が納得できるような気がしましたので。
読解力が低くてお恥ずかしいです。
Commented by saheizi-inokori at 2019-02-11 17:33
> ebloさん、いらっしゃい!小説のなかの小説、それもSFみたいな小説ですからどのように読んでもいいのではないでしようか。私も日本人だなあとも思いましたよ。今度はどろどろしたものについて書くと作家がいつたそうです。
Commented by j-garden-hirasato at 2019-02-12 06:04
「毎朝5時半から7時半まで書いて、出社し、夕方6時に帰宅する。」
生活パターンだけ、
似ていました(笑)。
Commented by saheizi-inokori at 2019-02-12 06:19
> j-garden-hirasatoさん、規則正しいのですね。
Commented by ikuohasegawa at 2019-02-13 06:18
文藝春秋は買いましたけれど、町屋良平の方から読もうかな。
Commented by saheizi-inokori at 2019-02-13 07:54
> ikuohasegawaさん、ボクサー、面白かったです。
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by saheizi-inokori | 2019-02-11 11:56 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori