平凡な不条理 松本仁之「光の犬」

一回洗濯を終えてサンチと散歩にいつてきたら、儲けものの夏空、急遽タオルケットとシーツも洗った。
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「火山のふもとで」で驚かされて、「沈むフランシス」では、ちょっと期待外れだった作家の大河小説ともいえそうな長編、図書館の行列で待たされて、忘れたころに順番が来た。

6月3日に借りて、きのう18日にやっと読み終わった。
分厚い(441頁)から持ち歩きできなかった上に、白内障手術やカミさんの病気やらがあって、集中して読めなかった。
どんな本でも一行一行、言葉の一つ一つを吟味して読むべきだが、この作家はとくにそういう作風であり、本書はことさらそうしなくては、あまり面白くないのだ。

北海道の北見の近くの辺鄙な村を舞台に生きて死んでいった、そしてどうやら途絶えそうな三代の家族の物語はドラマティックな盛り上がりを見せるかと思うと、ぽしゃってしまい、坦坦たる不条理・人生の不条理に満ちた日常に引き戻される。
とはいえ、生きて死んでいくこと以上にドラマティックなことなんかないのかもしれないけれど。
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起伏に富んだストーリーを楽しむというより、北海道の自然描写、北海道犬やライチョウの生態(感動的だ)、人々の感情の動き方、家族というもののややこしさ、産婆の真髄(誕生の真実)、天文学の面白さ、キリスト教会と聖書の言葉、書物史、、まだあったかな、そうだ、バッハなどのピアノ曲やブリューゲルの絵、、そういったことどもを丁寧に書きこんであるのを丁寧に読んでいけば、いつしか静かな感動に包まれている、そんな小説だ。
信仰がかならず人を救う、ということは残念ながらありません。個々に訪れる危機に、正解はないんです。つねに、あらゆる場面で、正解はない。もしも信仰より先に、光よりも先に、迷える人に届くものがあるとすれば、それは憐れみをおぼえるこころでもなく、涙を流す目でもない。ただ聞き入れるだけの耳です。いかに耳を澄ませ、いかに耳を傾けるか。これを間違えると、底なしの井戸に、つるべを落としてしまう。ロープもろともです。(略)もしも口からことばを出すとしたら、すっかり聴き終わったあと、おそるおそる、であるべきなのです。
京都の大学の神学部で牧会学(牧師の子供が聴講している)の教授のことばだ。
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(けさはいつものところで小沢一郎に会えた、左側・いつも同じ服)

大学で「書物史」の講義に興味をひかれた主人公・始が大学教授(そうだ、この小説の特徴は登場人物が順不同に時系列を無視して現れることだ)を早期に辞めて書きたいと思っている一冊の本、
無事に刊行されたとしても、それは多くの人に求められるものではないと始は知っている。ヨーロッパの書物の歴史に分け入りながら、それぞれの時代になんらかの役割を演じた人物の生涯をスケッチすることが、始の執筆を支えつづけたひそかなよろこびであり、本のおおきなモチーフでもあった。(略)
いずれも始の関心は、どこかバランスの悪い、しかし異様なほどの熱意に動かされる人物が、誰も試みたことのないあたらしい何かに取り組み、それがもとで周囲と軋轢をひきおこし、その風圧が歴史のページをめくったところにあった。その場にいた人間の呼吸、顔つき、こころの動きこそを描きたいとおもっていた。
論考というより、文学や小説にかぎりなく近い、体温の感じられる歴史を書きたかったのだ。
この小説は、添島家の三代を描いた歴史でもあるのだが、どこかそんな書き方が感じられる。
Commented by k_hankichi at 2018-06-19 19:41
この、作品は素晴らしいかったです。
Commented by saheizi-inokori at 2018-06-19 20:46
> k_hankichiさん、私はもう少し集中して読みたかったなあ。
Commented by ikuohasegawa at 2018-06-20 06:24
「もしも口からことばを出すとしたら、すっかり聴き終わったあと、おそるおそる、であるべきなのです。」
心に響きます。

昨夜達した結論。
「基本的に人は聞くより話したいもの。だからこそ、人の話を聞くべきなのです」
Commented by saheizi-inokori at 2018-06-20 06:45
> ikuohasegawaさん、それがなにより難しいのです。
Commented by j-garden-hirasato at 2018-06-20 06:56
読書再開ですか。
まだまだ目が気になるでしょう。
あまり、目にご負担をかけないように願います。
Commented by saheizi-inokori at 2018-06-20 08:08
> j-garden-hirasatoさん、文字が乱れて頭も乱れ読みです。
Commented by hanamomo08 at 2018-06-21 16:08
光の犬 おもしろそうです。
この人の物語はちょっと長いのが特徴。
>北海道の自然描写、北海道犬やライチョウの生態(感動的だ)、人々の感情の動き方、家族というもののややこしさ、産婆の真髄(誕生の真実)、天文学の面白さ、キリスト教会と聖書の言葉、書物史、、まだあったかな、そうだ、バッハなどのピアノ曲やブリューゲルの絵、、そういったことどもを丁寧に書きこんであるのを丁寧に読んでいけば、いつしか静かな感動に包まれている、そんな小説だ。
父が青春時代を過ごした北海道が舞台ですね。
ご紹介ありがとうございました。
Commented by saheizi-inokori at 2018-06-21 21:54
> hanamomo08さん、本の丁寧さと真逆な乱暴な紹介です。
じっさいに読んだら、なんだちがうじゃないか、とおっしゃりそうだなあ。
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by saheizi-inokori | 2018-06-19 13:15 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori