繰り返さない 吉田裕「日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実」
2018年 05月 27日
外で吠えることはほとんどない、救急車のサイレンに遠吠えするくらい。
カミさんと話をしながらご飯を食べていると自分に注意を惹きたいから、テレビに向かって吼える。
犬などの動物やランナーにも反応する。
ロシアに貰われていったマサル・秋田犬の映像には立ちあがってテレビにしがみついて吠えていた。
ピンポン、下に人が来ると吠えて僕の部屋まで走って来て知らせる。
きょうあたり、ぶらぶらいってみようか。
監督は将校、コーチは下士官、そして選手は一兵卒である。将校の意を体して下士官は兵に命じる。「民間人をスパイ容疑者として殺せ」「捕虜になった敵兵を切れ」「縛られた敵を殺せ」と。上官の命令はヘイカの命令だとする強要なのだから、いささかでも兵が躊躇すれば制裁が待っている。大和魂がないとなじられる。「私は貝になりたい」の世界だ。こうして、凡庸な悪によって限りない残虐行為が繰り広げられた。と。
そして
今の日本の若者が戦場に行けば、かつての皇軍兵士と同じ蛮行を繰り返すに違いない。戦場に行かずとも、そそのかされば、ヘイトスピーチもヘイトクライムにも走ることになるだろう。とも。
日大アメフト部の愚かで従順なこの選手や、財務省の愚かで従順な官僚こそ、実は他人事ではない今の我々自身の姿ではないか。
本書はそういう「皇軍兵士」たちが、どんな環境・条件のなかで不条理な死を遂げていったかを数字や具体的な事実をあげて歴史に遺そうとする試みだ。
「もしミッドウェー海戦で日本海軍が勝っていたら」とか、「本当は強かった日本軍」などという、日本陸海軍礼賛論がまたぞろ首をもたげている。
そういう論がいかに実際を知らないバカげた空想・幻想の論であるかは本書を読めばグ~の音も出ないほどに打ちのめされるはずだ。
なんせ、「強く」もなんにも、敵と戦う以前に味方のなかで狂ったり病気になったり殺されたりしていたのだから。
— 僕は日大のアメフト部選手の中に監督を非難する声が上がっているのを、、、
遅すぎじゃね?
彼がああやって一人で記者会見に臨み、日本中の賞賛を浴びてから、、では、全く遅すぎで むしろみっともない
で、一部。ではなく、全員彼を擁護するべきじゃね?
重ねて言うけど、もっと早い時期に。
ここにも周りの様子を見てから、おずおず立ち上がる日本の情けない体制を感じます
、、根性ないなら、友情ってやつも持ち合わせていないのでしょう
そう言うものを育てる土壌を果たして彼らは持っているのか
疑問です
それとも愚問でしょうか? 苦笑
こう言うのが、ぞろぞろいるから、当選するアホな政治家が後を絶たない
日本のあちこちで起きているであろう、同じ様な “歪んだタテ社会” に対して溜まっていた鬱憤が、この一件を機に、一気に噴き出している感があります。
日本の悪しき縮図を目に見える形で炙りだしたという点で、宮川君の会見はとても意義あるものでした。
しかしながら、あの会見を、日大コーチ陣の責任を問うためだけのものとして捉えているような、そんな論調も少なからずあるのが僕には気になります。
いずれ監督らには処分が下されて、国民は溜飲を下げ、やがてマスコミも報じなくなり、そして日本の歪んだタテ社会は何も変わらないまま・・・
どうもそんな予感がするのです。
気がついてみれば、彼らが世界に蔓延して独裁者を創り出していますね。
ほんとうはそういう人たちを窘めるべきエリートが真っ先にそうなってしまった。