はい、私がやりました 与兵衛の調書から 文楽「女殺油地獄」
2018年 02月 20日
ああ、もう観念しました。
覚えている限りのことを話しましょう。
私の名前は与兵衛、間口一間半、しがない油屋・河内屋の倅、ほんとならそこの跡取りになるはずでした。
ほんとなら、というそのほんとがほんとにならなかったことがそもそもの始まりでした。
いやいや、そうではない、実の父親が7つのときに死にまして、番頭が母親と結婚して店を継いだこと、兄の太兵衛と違って私には受け入れにくい家庭となって、わがままをしても新しい父親は遠慮して怒らない、まあ、母も甘やかしてくれたから、いつのまにか悪い友達とつるんでは、、
いや、それも違う、やっぱり私の持って生まれた業でしょうか、何をやっても長続きしない、悪所通いや悪い遊びだけ、金さえ出せばちやほやしてくれる、でもいざとなればからっきし意気地がなくて、敵地に私を置いて逃げ出すような友、こんなの友じゃないですね、とふわふわと、気がつけば23歳、先の見通しもなく、さすがに父も業を煮やして店の後継ぎには妹(はい、父がなした子です)に婿を取って継がすと言い出しました。
後で、これは私を目覚めさせるための作りごとだったと聞きましたが、私は信じた上にますますやけくそになりました。
金さえ出せば、と言いましたが、その金だって無尽蔵に出してもらえるわけじゃない。
あちこちから、筋の悪い借金をして、その返す期限が近づいて、ナニ、借りた金は二百ですが証文は一貫(千)と書け、期限を一日でも過ぎたら一貫返してもらうからッて、ひでェ話です、その上せっぱつまって、そうしなきゃ貸さないというので親父の名前で借りたのです、、期限がきたって自慢じゃないけれど返す当てなんかありゃしません。
叔父が殿様の金を遣いこんだから金を貸してくれといってるなどとオレオレ詐欺みたいことをやってもお見通し、
病気の妹に因果を含め死んだ父親が憑いたふりをさせて「婿取りをやめて与兵衛を跡取りにしろ」と言わせてみたり、猿智慧の悪あがきもみんな空振り、逆におとなしい義父から「今のお前の根性では女郎と所帯をもっても半年もたたずに破産だ」とまで言われて、思わず義父を踏みつけにして、止めに入った妹、その上お袋まで踏んだり蹴ったりの乱暴狼藉、とうとう勘当になってしまいました。
後を振り返りもせずに家を出て(出されて)みたものの、、どうにかならぬか、とあちこちさまよいながら、何となく、、いや、ちゃんと目的をもって、でしょうね、なぜかふだんは差さない脇差を持ったりして、向かいの豊島屋の前に来たのが返す節句のその前夜でした。
五月の節句の菖蒲飾りが軒々にあったことを覚えています。
ちゃんと目的をもって、というのは、金を借りようということ。
ここの女将のお吉さんは私の4つ上、三人の娘を育てているしっかり者ですが、何となく私とは性が合う、どこか可愛がってくれているような、、ちょっといい女とみたらすぐに悪い料簡を起こし、自分で言うのもなんですが、けっこう女に持てる方で、、その浮ついた気分も今となっては仇となりました。
外から様子をうかがっていると、間が悪いことには高利貸しの綿屋が通りかかり、聞きたくもない期限の真綿で首を絞めるような念押し、私はどんどん追い込まれていくような気分、
そこにこんどは、なんと義父がやってくる。
慌てて身を隠して中の様子を聞いていると、あのオヤジ、私を追い出したものの哀れと思って、俺は許すとの伝言をお吉さんに伝え、当座の用にと金まで預けている。
おやまあ、と思っているとこんどはお袋までやってきて、こっちは粽と金を預けて行く。
さすがの私も涙がでましたよ。
涙が出ても、肝心の金が出て来なきゃ、明日はオヤジのところに綿屋が一貫目(今の金で一千万くらい?)返せと談じ込む。
そんなことになっちゃあ、万事休す、跡取りどころか店に戻る事だって絶望です。
なんとかしてお吉さんにお金を貸してもらおう。
豊島屋の中に入るとお吉さんは、「あなたは運がいい、ほらここに八百文(60万円くらい?)と粽がある」と笑顔で言いましたが、私の借金はそんな金ではない、二百匁(150万円くらい)。
困り果てているといえば、お吉さんは貸してくれるか(どこか姉貴のような気もしていたのです)、
それでダメなら色仕掛けでと、けっこう自信をもって迫ってみましたが、「女だと思って舐めると声をたてるよ」とけんもほろろ、これではならじと再び事細かに窮状を訴えましたが、「またまた嘘ばっかり、絶対ダメ」と言われてしまいました。
覚えている限りのことを話しましょう。
ほんとなら、というそのほんとがほんとにならなかったことがそもそもの始まりでした。
いやいや、そうではない、実の父親が7つのときに死にまして、番頭が母親と結婚して店を継いだこと、兄の太兵衛と違って私には受け入れにくい家庭となって、わがままをしても新しい父親は遠慮して怒らない、まあ、母も甘やかしてくれたから、いつのまにか悪い友達とつるんでは、、
いや、それも違う、やっぱり私の持って生まれた業でしょうか、何をやっても長続きしない、悪所通いや悪い遊びだけ、金さえ出せばちやほやしてくれる、でもいざとなればからっきし意気地がなくて、敵地に私を置いて逃げ出すような友、こんなの友じゃないですね、とふわふわと、気がつけば23歳、先の見通しもなく、さすがに父も業を煮やして店の後継ぎには妹(はい、父がなした子です)に婿を取って継がすと言い出しました。
後で、これは私を目覚めさせるための作りごとだったと聞きましたが、私は信じた上にますますやけくそになりました。
金さえ出せば、と言いましたが、その金だって無尽蔵に出してもらえるわけじゃない。
あちこちから、筋の悪い借金をして、その返す期限が近づいて、ナニ、借りた金は二百ですが証文は一貫(千)と書け、期限を一日でも過ぎたら一貫返してもらうからッて、ひでェ話です、その上せっぱつまって、そうしなきゃ貸さないというので親父の名前で借りたのです、、期限がきたって自慢じゃないけれど返す当てなんかありゃしません。
叔父が殿様の金を遣いこんだから金を貸してくれといってるなどとオレオレ詐欺みたいことをやってもお見通し、
病気の妹に因果を含め死んだ父親が憑いたふりをさせて「婿取りをやめて与兵衛を跡取りにしろ」と言わせてみたり、猿智慧の悪あがきもみんな空振り、逆におとなしい義父から「今のお前の根性では女郎と所帯をもっても半年もたたずに破産だ」とまで言われて、思わず義父を踏みつけにして、止めに入った妹、その上お袋まで踏んだり蹴ったりの乱暴狼藉、とうとう勘当になってしまいました。
後を振り返りもせずに家を出て(出されて)みたものの、、どうにかならぬか、とあちこちさまよいながら、何となく、、いや、ちゃんと目的をもって、でしょうね、なぜかふだんは差さない脇差を持ったりして、向かいの豊島屋の前に来たのが返す節句のその前夜でした。
五月の節句の菖蒲飾りが軒々にあったことを覚えています。
ちゃんと目的をもって、というのは、金を借りようということ。
ここの女将のお吉さんは私の4つ上、三人の娘を育てているしっかり者ですが、何となく私とは性が合う、どこか可愛がってくれているような、、ちょっといい女とみたらすぐに悪い料簡を起こし、自分で言うのもなんですが、けっこう女に持てる方で、、その浮ついた気分も今となっては仇となりました。
外から様子をうかがっていると、間が悪いことには高利貸しの綿屋が通りかかり、聞きたくもない期限の真綿で首を絞めるような念押し、私はどんどん追い込まれていくような気分、
そこにこんどは、なんと義父がやってくる。
慌てて身を隠して中の様子を聞いていると、あのオヤジ、私を追い出したものの哀れと思って、俺は許すとの伝言をお吉さんに伝え、当座の用にと金まで預けている。
おやまあ、と思っているとこんどはお袋までやってきて、こっちは粽と金を預けて行く。
さすがの私も涙がでましたよ。
涙が出ても、肝心の金が出て来なきゃ、明日はオヤジのところに綿屋が一貫目(今の金で一千万くらい?)返せと談じ込む。
そんなことになっちゃあ、万事休す、跡取りどころか店に戻る事だって絶望です。
なんとかしてお吉さんにお金を貸してもらおう。
豊島屋の中に入るとお吉さんは、「あなたは運がいい、ほらここに八百文(60万円くらい?)と粽がある」と笑顔で言いましたが、私の借金はそんな金ではない、二百匁(150万円くらい)。
困り果てているといえば、お吉さんは貸してくれるか(どこか姉貴のような気もしていたのです)、
それでダメなら色仕掛けでと、けっこう自信をもって迫ってみましたが、「女だと思って舐めると声をたてるよ」とけんもほろろ、これではならじと再び事細かに窮状を訴えましたが、「またまた嘘ばっかり、絶対ダメ」と言われてしまいました。
堅物で面白みのない旦那が私とお吉さんの仲を疑ったので機嫌を直すのに大変だったなど云われると、お吉さんに惚れていたのでしようか、どんなふうにして旦那と機嫌をとったのかなどと、思いがけない嫉妬の焔でしょうか、それとも勝手に仲間だと思っていた仲間から外された、裏切られたという感じでしょうか、何かがちくと胸を炙ったような、と同時に思ったよりはるかにしっかり者のお吉さんの壁にガツンと頭をぶつけた思いもしました。
息がつまって、目の前が白くなるような瞬間があって、ふいに
そのために持ってきたかと言われればそうだったのかもしれない、でもこの瞬間までは持ってきたことを忘れていた脇差が右手に握られていたのです。
「借りません」と言って、たまたま(なのかどうかも、今となっては我ながらわかりません)持っていた樽に油を入れてくれと頼み、後ろから回り込んで、、と、油の面に刀が光ったのでしょう、お吉がびっくりして「何よそれ!眼が座って恐ろしい顔、(後ろに隠した)右手をだしなさいよ」あわてて左手に持ち替えて「何でもない何でもない」と言いましたが、「ああ、気味が悪い、そばに来ないで!」後じさりしながら逃げるそぶり、「何が恐ろしいの」と追いかけると「誰か来て!」と一声喚きました。
飛び掛かって掴みかかり「声を出すな」といいざま喉笛をグッと刺しました。
お吉さんは苦しみ悶え、「今死んだら小さな子供たちが」とか「声を出さないから」とか「お金は好きなだけもっていけ」「助けてちょうだい」などと、いろいろ言っていましたが、私はもう夢中で、「死にたくないはずは尤も、娘が可愛いなら俺もオヤジの可愛いい子だ、親父のために金が要る、諦めて死んでくれ、南無阿弥陀仏」などと口に出して言ったやら、心の中で言ったやら。
引き寄せて右から左の腹に刺して抉り、抜いて切りつける、急に風が吹いてきて、あれはお吉さんを迎える冥土の風だったのでしょうか、パタパタと門の幟の煽られる音が聞こえたと思ったら、店の火が消えて真暗闇。
お吉が撒いたらしい、あたり一面油まみれ。
油と流れる血でぬらぬら、踏んでのめって滑って転び、全身血潮を浴びて自分の顔が真っ赤、まるで赤鬼のように角を立てていたのが、暗闇の中で見えたのは、あれは心が見たのでしょうか。
どこにどう逃げているのかよく見えないままに、手探りでお吉さんらしきものを追いかけ、捕まえ、立つ転ぶ這う、売り場から座敷まで修羅場・地獄は続いたのです。
私はもう、お吉さんを切っているのか自分を切っているのかはっきりしない、やみくもに突き立て刺し込み抉っていました。
はっと気がついて、あのしっかり者のお吉さんがぼろきれの様になって果てているのを見て、ぞっとして、膝がしらがガタガタ震えだし、飛び出しそうになる心臓を押し下げて、隣の部屋に吊ってある蚊帳を覗いてみたら、幼い子供たちが私を睨んでいるようで、またもやぶるっと震えました。
お吉さんがもっていた鍵がガラっとなる音を雷の落ちてきたのかと思う始末です。
はい、あんなことをして、我を忘れていたようでも、忘れていなかったのは金、お吉さんが持っていた鍵を使って戸棚から580匁を盗み取りました。
鍵ですか、栴檀の木の橋から川へ投げ込みました。
昨日観た、文楽『女殺油地獄」から私流に殺人犯・与兵衛の自白調書をでっち上げました。
息がつまって、目の前が白くなるような瞬間があって、ふいに
殺すという文字が浮かびました。
そのために持ってきたかと言われればそうだったのかもしれない、でもこの瞬間までは持ってきたことを忘れていた脇差が右手に握られていたのです。
「借りません」と言って、たまたま(なのかどうかも、今となっては我ながらわかりません)持っていた樽に油を入れてくれと頼み、後ろから回り込んで、、と、油の面に刀が光ったのでしょう、お吉がびっくりして「何よそれ!眼が座って恐ろしい顔、(後ろに隠した)右手をだしなさいよ」あわてて左手に持ち替えて「何でもない何でもない」と言いましたが、「ああ、気味が悪い、そばに来ないで!」後じさりしながら逃げるそぶり、「何が恐ろしいの」と追いかけると「誰か来て!」と一声喚きました。
飛び掛かって掴みかかり「声を出すな」といいざま喉笛をグッと刺しました。
お吉さんは苦しみ悶え、「今死んだら小さな子供たちが」とか「声を出さないから」とか「お金は好きなだけもっていけ」「助けてちょうだい」などと、いろいろ言っていましたが、私はもう夢中で、「死にたくないはずは尤も、娘が可愛いなら俺もオヤジの可愛いい子だ、親父のために金が要る、諦めて死んでくれ、南無阿弥陀仏」などと口に出して言ったやら、心の中で言ったやら。
引き寄せて右から左の腹に刺して抉り、抜いて切りつける、急に風が吹いてきて、あれはお吉さんを迎える冥土の風だったのでしょうか、パタパタと門の幟の煽られる音が聞こえたと思ったら、店の火が消えて真暗闇。
お吉が撒いたらしい、あたり一面油まみれ。
油と流れる血でぬらぬら、踏んでのめって滑って転び、全身血潮を浴びて自分の顔が真っ赤、まるで赤鬼のように角を立てていたのが、暗闇の中で見えたのは、あれは心が見たのでしょうか。
どこにどう逃げているのかよく見えないままに、手探りでお吉さんらしきものを追いかけ、捕まえ、立つ転ぶ這う、売り場から座敷まで修羅場・地獄は続いたのです。
私はもう、お吉さんを切っているのか自分を切っているのかはっきりしない、やみくもに突き立て刺し込み抉っていました。
はっと気がついて、あのしっかり者のお吉さんがぼろきれの様になって果てているのを見て、ぞっとして、膝がしらがガタガタ震えだし、飛び出しそうになる心臓を押し下げて、隣の部屋に吊ってある蚊帳を覗いてみたら、幼い子供たちが私を睨んでいるようで、またもやぶるっと震えました。
お吉さんがもっていた鍵がガラっとなる音を雷の落ちてきたのかと思う始末です。
はい、あんなことをして、我を忘れていたようでも、忘れていなかったのは金、お吉さんが持っていた鍵を使って戸棚から580匁を盗み取りました。
鍵ですか、栴檀の木の橋から川へ投げ込みました。
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doremi730 at 2018-02-20 23:21
自白調書、素晴らしい出来です!!!
一気に読みました(^^)v
一気に読みました(^^)v
0
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jarippe at 2018-02-21 06:45
saheiziさんは 凄いなー!!
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saheizi-inokori at 2018-02-21 08:28
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saheizi-inokori at 2018-02-21 08:32
> jarippeさん、遊びです。
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mama
at 2018-02-21 09:35
x
わー。おみごとですねえ。いろんな感情が浅くて、ふっと浮かんでは消える、浅はかなまま動き出す与兵衛の様が伝わってきます。
与兵衛がお吉に惚れていたかも、というのは、書き入れなくて正解なような気がしますね。
与兵衛がお吉に惚れていたかも、というのは、書き入れなくて正解なような気がしますね。
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ikuohasegawa at 2018-02-21 09:48
与兵衛完落ち。素晴らしい。
自白させるのに途中で「天丼でも食うか?」って・・・いいませんね、代理調書ですものね。
自白させるのに途中で「天丼でも食うか?」って・・・いいませんね、代理調書ですものね。
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saheizi-inokori at 2018-02-21 11:06
> mamaさん、そうですね、そうかもね。
まあ、このままにしましょう。
まあ、このままにしましょう。
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saheizi-inokori at 2018-02-21 11:07
> ikuohasegawaさん、だから「でっち上げ」だって。
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ほめ・く
at 2018-02-22 03:52
x
いやー、お見事です。
私もこの舞台を観て、背景がとても近代的だと思いました。今でも日常的に三面記事に類似の事件が報道されています。
与兵衛とお吉の関係ですが、擬似姉弟ではなかったかと思います。与兵衛からすれば唯一甘えられる相手がお吉だったのでしょう。それがまた悲劇にもつながっていた。
私もこの舞台を観て、背景がとても近代的だと思いました。今でも日常的に三面記事に類似の事件が報道されています。
与兵衛とお吉の関係ですが、擬似姉弟ではなかったかと思います。与兵衛からすれば唯一甘えられる相手がお吉だったのでしょう。それがまた悲劇にもつながっていた。
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at 2018-02-22 04:01
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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saheizi-inokori at 2018-02-22 10:20
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sheri-sheri at 2018-02-24 16:38
ああ!情念の世界!
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saheizi-inokori at 2018-02-24 20:53
> sheri-sheriさん、情念、というとかっこいいようですが、だらしない若者の衝動的殺人とみれば現代にも頻発しています。
by saheizi-inokori
| 2018-02-20 17:07
| 能・芝居・音楽
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Comments(13)