未熟だったか?阿片と大砲による満州国の実験 佐野真一「阿片王 満州の夜と霧」(新潮社)
2006年 02月 05日
この本は、その実験ともいえる「満州国」に憑かれた著者の力作だ。満蒙漢日朝の五族協和をうたって1932年に建国され13年で姿を消した人工国家、そこでは夢の超特急、集合住宅、水洗便所・・さまざまな実験がなされた。敗戦後日本が奇跡的な経済復興・高度経済成長を遂げたのはアメリカの核の傘に入って、経済運営に専念できたからに他ならないのだが、その経済成長は“失われた満州”を取り戻す試みであったのではないか、と著者は言う。日本のグランドデザインは、かつての満州国を下敷きにしていたのではないかと。
この本は満州国を正面から描いたものではない。副題どおり“夜と霧”に蠢くものどもを描く。「里美甫(はじめ)」。1896年生まれ。上海の東亜同文書院に学び、以後中国内に常人には窺い知れない人脈を形成する。中国各地にあったメデイアを国策統合する際に活躍し創りあげた満州国通信社のトップを勤める。「魔都」上海を根城に阿片密売の総元締めとして「阿片王」の名をほしいままにする。大人物だ。何十万人もの中国人を阿片中毒にした大人物だ。
阿片密売による利益は満州国・関東軍の裏資金として使われる。阿片そのものが周辺民族の宣撫工作に使われる。阿片漬けにするのだ。これも国策。東条英機、岸信介、当時の軍部・行政のトップたち、笹川良一、児玉誉士夫といった魑魅魍魎が登場する。東条などは「王」から小遣いをもらう。身の回りに“男装の麗人”がいて・・「右手のすることを左手に教えるな」という徹底した秘密主義の壁に阻まれながらも執念深く真相を追求する著者が明らかにするのは満州国経営のおぞましい裏事情だけではない。
戦いすんで日が暮れて・・つわものたちが迎えた戦後日本社会、やがて来る高度経済成長のなかでの更なる苦闘。つまるところはひっそりと死んでいった満州の裏のシテたちのあまりにも寂しいありよう。それはそのまま戦後日本の虚しさなのだ。「巨怪伝」「東電OL殺人事件」「カリスマ」・・と戦後の光と闇を、そこに蠢く人びとの闇と哀しさを書き続けてきた著者のひとつの到達点だ。
「愛大が『東亜同文書院大旅行誌』復刻」『中日新聞』愛知版2006年5月12日付 これまで数少ない現物かマイクロフィルムでしから閲覧できなかったものが復刻されました。現物よりも大判になりとても読みやすいのが特徴。 自分で購入するには高価な代物ですが、図書館に購入希望を出せば買ってもらえそうなお値段というのが、実は一番の特徴だったりするのかも。... more